第2話 たった三人の別動隊

(なんでこんなことに…)


 結局、ミラも同行することになってしまった。

 アルは今でも”先生”という感じがして逆らえないところがある。


(なんとかミラを守りながら戦うしかないわね)


「ヴァレ!俺はこれから東門に戻る!別動隊の三人は南城下を移動中だ!飛竜が追跡してるから、近くまで行けば分かるはずだ!」

「分かったわ!アルも気を付けてね!終わったら助けに行ってあげるから!」

「フッ!頼もしい限りだな」


 アルは軽く笑うと馬にまたがって駆けて行った。

 アタシも馬で南城下へと向かう。


「ねぇ、ミラ!アナタ、魔法は使えるの?」

「…いえ、使えません」


(…やっぱりムリか)


 アタシの魔斬撃の飛距離はそれなりにある。

 だから、ミラがアタッカーでも問題はない、いや、むしろ相性は良いと言える。

 しかし、敵の能力が未知数であることを考えると、出来ればミラには魔法で後方支援をしてほしかった。


「それじゃあ、実践経験は?」

「…実践経験は…ヴァレンティーナ様!監視用飛竜です!」


 飛竜が上空を旋回し、飛竜隊員のライトニング魔法が直下の街を照らしている。


(あの下に敵がいる…)


「ミラ、行くわよ!」

「はい!」


 飛竜を目指して、立ち並ぶ家々を走り抜ける。

 城の南側はほとんどが畑だが、この辺りはそれなりに家が立ち並んでいる。

 辺りの住民はすでに避難したのだろう。

 人の気配はない。


(まぁ、これだけの爆音と悲鳴が聞こえていれば当然か…)


 だが、住民がいないのは助かる。

 もし敵が噂通りの手練れなら手加減なんてしてる余裕はない。


ドガァァァァン!


「うぁあああ!」

「ぐぁあああ!」


 爆発音や悲鳴が聞こえてくる。


「ミラ、近いわ!戦闘では絶対にアタシの側から離れないで!」

「承知しました!」


 そして、


(―いた!)


 血や肉の焼け焦げた匂いが漂う広場の中央に三人のヒト族が立っている。

 周りには、もう彼らと戦う者はおらず、魔王軍の兵士の死体があるだけだ。


(…間に合わなかった)


 死体はざっと数えただけでも二十はあるだろうか。

 ほとんどの死体の手足は欠損している。

 剣や槍ではこんなことにはならない。

 攻撃魔法、それもかなり高位階の魔法によるものだろう。


(…誤報じゃなかったみたいね)


 三人はアルの言っていたとおり、兵士というよりはベテラン冒険者のような格好をしている。

 潜入のためにワザとつけたのだろうか、体中には泥や苔がついている。

 中央に立っているのは、戦士風の痩せたポニーテールの男。

 といっても、華奢なワケではない。

 痩せて見えるのは、その隣にいる女性が大き過ぎるからだ。

 男よりも頭一つ分ほど大きい。

 武器の代わりに先が尖った大きな盾を担いでいる。

 装備から推察するに重戦士だろう。

 最後の一人はフードをかぶった男。

 おそらく、コイツが兵士たちをあんな姿にした魔法使いだろう。

 三人とも戦い慣れているように見えるが、明らかに若い。

 その見た目からはとても500人を倒したようには見えない。

 どこぞの田舎の青年たちといった風貌だ。


ザッ


 筋肉女が前に出る。


「我が名は聖戦士レヴェッカ!勇者アレル、賢者リアンと共に魔王討伐のため参った!我らの目的は魔王のみ、抵抗しなければ殺しは…っ!」


ザンッ!


 アタシが放った黒い斬撃が周囲の光を食いながら飛んでいく。


バシンッ!


 魔斬撃はまだ戦闘態勢に入っていない三人に直撃し、そのまま後方にある木々やら建物やらをなぎ倒していった。

 聖戦士とやらには悪いが、こっちはただの引きこもり。

 残念ながら騎士道精神なんぞは持ち合わせてない。

 不意打上等というやつだ。


(まぁ、こっちは襲撃されてる側。文句を言われる筋合いはないわよね)

 

「ミラ、終わったわ。アルに報告しに行きま…」

「―まだです!」

「嘘!?」


 終わったと思ったのも束の間。

 土煙の中から光る球体が現れる。


(まさか、あれって…“マジックシールド”!?)


 記憶が正しければ、自分の生命力を魔結晶化して攻撃を弾く防御スキルだ。

 しかし、自信はない。

 はじめて見たのだから。

 この情報ですら、魔王記の中で伝説のように語られていたものである。


「戦意あり!ってことでいいんだな?」


 筋肉女が怪しく微笑する。

 

(うぁぁ、見るからに戦闘狂って感じね…)

 

 しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。


「ミラ!魔法が来るわ!!」

「はい!」


 詠唱を終えたフード男がアタシたちに向かって手をかざす。


『偉なる眼!』


 男の叫びに応え、男の手の平に二つの光る目が浮かび上がる。

 そして…


ビュィィィィン!


 目から放たれた赤い二つの光線がまっすぐ伸びてくる。


(狙いはミラか!)


 咄嗟にアタシは斜線上に滑り込み、光線を魔剣で受け止める。


「―あっぶないわね!ミラ、下がって!」


 しかし、


「なっ!」


 二つの光線はランダムに動き回りはじめた。


「きゃっ!」


 ブレた光線がミラの腕をかすめた。


「ミラッ!」

「だ、大丈夫です!気にしないでください!」

「こんのぉ!アタシが唯一話せるメイドに何してくれてんのよ!!」


ザンッ!

ザシュン!


 アタシは二閃の斬撃をフード男に向かって放つが、すぐに筋肉女がマジックシールドを展開する。


バチンッ!


 先に到達した一閃目はシールドに弾かれ、上空に消えてしまう。


(まぁ、ムリよね…)


 いくらミラを傷つけられて感情的になっているとはいえ、一度防がれた攻撃を繰り返すほど、アタシもバカではない。

 一閃目はあくまで筋肉女にマジックシールドを展開させるためのモノ。

 続く二閃目は一閃目よりも遅く、余裕で避けられてしまうスピードだが、マジックシールドを展開した筋肉女はそのまま二閃目も受けるつもりのようだ。


(やっぱり…)


バシュン!


 遅れて到着した二閃目の斬撃は見事にマジックシールドを叩き割り、そのままフード男の片腕を切り取った。


「ぐぁぁぁぁ!」


 フード男の叫び声が広場に響く。


(よし!)

 

 なぜ二閃目の斬撃はマジックシールドを貫通できたのか。

 それは二閃目が通常の魔斬撃とは違う、『魔重斬撃』だったからだ。

 この魔剣ドロティアは生命体だと話したが、魔剣はアタシの念話に従って魔力を斬撃化してくれる。

 アタシが二閃目を放った際、アタシは「強く、重く」と願い、魔剣はアタシの意思に応え、通常よりも攻撃力と破壊力の高い斬撃を生み出してくれたのだ。

 代償として、斬撃は普通なら簡単に避けられてしまうほど遅いものになってしまうのだが、アタシは筋肉女は避けないだろうと踏んでいた。


(あのシールド、やっぱり定数型スキルみたいね)


 定数型スキルとは、簡単に言えば、一回使ったら一定時間が経過するまで解除できないスキルのことだ。

 ちなみになぜ定数型スキルと気づいたのかと言えば、筋肉女がマジックシールドでアタシの奇襲攻撃を防いだ際、こっちは何もせずに立っていただけなのに、アイツはずっとシールドを展開したままだったからだ。

 相手はアタシを魔王だと気づいていないのだから、さっさとアタシたちを倒して魔王城に乗り込みたいはずなのにである。


「くっ!『安らかな癒しを』!」


 フード男は急いで治癒魔法を施しているが、せいぜい止血が限界のはず。

 切断された腕を瞬時に直せるような魔法はない。

 元通りになるには数日はかかるだろう。


(うしっ!)


 見たこともない高位の魔法やスキルに面食らったものの、勝利の糸口は見えてきた。


「ヴァレンティーナ様!さすがです!」

「ありがと、ミラ!魔法使いを負傷させられたのは大きいわね。このまま、勝つわよ!」

「はい!」

「ところで、腕は大丈夫?」

「軽い火傷ですので戦闘には支障ありません!」


 魔法に焼かれた部分が赤黒く焦げている。

 まったく軽い火傷には見えないが、この程度なら後で軍医に治療魔法を施してもらえばすぐに治るだろう。


(よかった…)


 でも、今はそれどころではない。

 アタシがフード男の腕をぶった切った時、勇者と呼ばれていたポニーテール男が土煙の中に姿を消していたからだ。


(―後ろか!)


 後方からの殺気を業呪の鎧によって極限まで高められたアタシの気配感知を読み取った。


ガギン!


「ぐっ!」


 地面を滑るように突っ込んできたポニーテール男の攻撃を何とか受け止める。

 気配感知で来ることは分かっていたものの、このスピードだと鎧の身体強化がなければ、体の反応が間に合わなかっただろう。


ガチガチガチ


 男と剣を交えたまま、鍔競り合いになる。


「これを止めんのかよ!チビ女!」

「な、なによっ!アンタだって男にしてはちっさい方でしょ!!」

「っち…うぜー女」


むかっ


「うぜーって!…勝手に襲撃してきておいて、なんなのよ!」


 力に任せて男を押し飛ばす。


「な、なんつー怪力!女のくせに!」

「女、女言うな!アンタも女みたいな長髪のくせに!」


シュッ!


 怒りにまかせて払ったアタシの横薙ぎを男は軽く跳んで避けた。

 着地と同時に男はアタシの襟首を掴み、後ろに引く。


(ちょっと!)


 重心を崩したアタシは男に向かって前のめりに崩れる。


「ぐがっ!」


 待ってましたと言わんばかりに、男の膝蹴りがアタシの腹にめり込んだ、と言っても、悲鳴を上げたのは男の方だが。

 業呪の鎧が男の攻撃力を全て無効化した上に、アタシがワザと相手に突っ込んだからだ。

 

「硬ってぇ!なんて腹してんだ!ほんとに女かよ!」


むかっ


「さっきからなんなの!女、女、女って!戦いに関係ないでしょ!」

「大アリだよ!女が戦いに出てくんな!」

「なっ!アンタのパーティにだって…」


キィィィィンン!

――ッドゥン!


(―何っ!?)


 轟音の方に目をやれば、シールドを構えた筋肉女が大砲から放たれたようなスピードでミラに突っ込んでいた。

 直撃を受けたミラは衝撃で後方に吹っ飛ぶ。


「ミラッ!」


 ミラはすぐに立ち上がったものの、脇腹を押さえたまま足を引きずっている。


(多分、骨がいくつか折れたんだわ…)


 ミラに向かって筋肉女がズカズカと歩いていく。


(まずい!ミラが殺される!すぐ行く…っ!)


ザンッ!


 後ろからの切りつけをなんとか左に飛んでかわした。


(こいつ…)


「逃がさねーよ!」

「邪魔しないでっ!」


ザシュ!ザシュ!ザシュ!


 魔斬撃を三閃放つ。


「おっと!っと!っと!」


 男は憎らしい動きでぴょんぴょんとかわす。


(致命傷は与えられなくてもいい、せめて…ミラを助けに行ける時間だけでも…)


ザシュ!ザシュ!ザシュ!


さらに三閃の斬撃を放つ!


「よっと!っと!っと!」


 斬撃に慣れてきたのか、男の顔には落ち着きさえ見える。


(それなら…)


 アタシは納刀した状態で右手を柄の上に置いて集中する。

 そして、


『魔双閃!』


ザッ!


 魔斬撃を放った直後、アタシは剣を振り切らずに素早く納刀し、


ザッ!


 さらに斬撃を放つ。

 ほぼ同時に放たれた二つの斬撃がクロスしながら男を襲う。


「おっ!っぐあ!」


 男はなんとか一閃目をかわしたものの、続く二閃目が男の腹をえぐった。

 この魔双閃は魔重斬撃とは逆に「早く、軽く」と意思を込めて放つ高速の斬撃。

 ただ、早くなった分、威力も普通の斬撃よりは落ちてしまうという欠点もある。

 実際、ポニーテール男も致命傷には至っていないようだ。


『アレル!』


 筋肉女とフード男が叫ぶ。


「痛ってぇ!この女やべーぞ!無詠唱で斬撃魔法を連発で撃ってきやがる!それも―うっ!」


キン!


 アタシが放った魔斬撃がポニーテール男の持つ剣を弾き飛ばした。


(悪いけど、さっさと終わらせないとミラがやばいの!)


「終わりよ!!」


(ーえっ!?)


 トドメの斬撃を放とうと構えた瞬間、ポニーテール男の左手に蒼い雷が纏っていることに気づいた。


『神雷魔法カムイ』


バリバリバリバリ!


 蒼い雷は五つの竜に姿を変え、こちらに向かってくる。

 私の鎧には完全魔法耐性がある、


(けど、この蒼い雷…なんかヤバい感じがする!)


 とっさに上空に飛び上がり、蒼い雷の竜を回避する。


「逃がすか!クソ女!」


 ポニーテール男が指を動かしながら左手をひねる。

 蒼い竜は男の指に従うように空中を泳ぎながらアタシを追ってくる。 


(―早い!やばいっ!)


「きゃあああああ!」


 直撃と同時に全身に激痛が走る。

 飛行できなくなったアタシはそのまま地面に激突する。


「っく!」


(鎧で守られてるはずなのに、なんで痛みが…)


 魔力はまだ十分あるはずだ。

 なのに、なぜか鎧が機能していない。

 しかし、今はそんなことを考えている暇はない。


(待っててミラ、すぐに…あれ…動かない…)


 立てない。

 力を入れても足が動かない。

 足だけではない。

 体全体が動かないのだ。


(麻痺効果?鎧には完全麻痺耐性があるはずなのに…なんで…)


 体に力が入らず、アタシは横たわったまま動くことが出来ない。


「はい、終わりー♪」


 ポニーテール男が剣をクルクル回しながら近づいて来る。


(くそっ、動けっ!動けっ!)


 叫ぼうとするが、声すら出ない。


「ゴブリンほどの身長に、飛ぶ斬撃…あなたが魔王だったんですね」


 フード男も近づいてきた。

 しかも切断したはずの腕がもう再生してる。


(…嘘でしょ?…それよりもミラは!?)


 ミラを探そうとするが、首が動かない。


「じゃーな!ザコ女♪」


(…こいつ…絶対…殺して…)


ズンッ!


 頭に響く重たい音と共に私の視界が転がった。

 いや、転がっているのは私の頭だ。


(…アタシ、死ぬのね…)

(…そっか…もう読めないんだ…)


 死の恐怖よりも、「ヴァニアとジュミオ」の最終巻をもう読めないことに気づき、悲しさが溢れてくる。


(ごめん…ミラ…)


(ごめん…豆蔵…)


(…)


(…)

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