今日も魔王様は殺される:魔王特権で引きニートしたいだけなのに、何回死に戻っても死亡ルートしか見つからない!

ソモコ・モコ

第1話 王国軍の襲撃

「くうううぅぅぅ!」


 アタシは自室のベッドの上で身をよじりながら悶えている。

 ヒト族の大人気恋愛小説「ヴァニアとジュミオ」を胸に抱きしめながら。


(早く最終巻が見たいぃ!見たいが過ぎて死ぬぅ!)


 こんな醜態をさらしてはいるけど、アタシ、ヴァレンティーナ・セレモーヴィエはこう見えて一応魔王をやっている。

 魔王といっても、まぁ、見た目はヒト族とほとんど変わらない。

 母がヒト族というのもあるが、我がセレモーヴィエ家は魔族と言えど、元々、見た目はヒト族とそれほど変わらないらしい。

 せいぜい目が赤いのと髪が白いことくらいだ。 


「…うぉぉぉ…」


(なんか外が騒がしいわね。こんな夜遅くに何してんのかしら…)


 それで、アタシが魔王になった理由だけど、歯向かう魔族たちを力でねじ伏せ、実力で魔王にのし上がった!、というワケではなく…

 たまたま父上が魔王で、たまたま兄妹の中で一番魔力が高いという、たまたま過ぎる理由だけで、父上の死後、まだ十四歳という若さで、無垢で純真なアタシが魔王になってしまった。

 もちろん、初めてそのことを伝えられたときは、


「アタシみたいなひきこもり女が魔王!?チビで、童顔で、恋愛経験ゼロで、ダサくて、チビなアタシが魔王?あと、チビなのにぃ!?」


 っという感じでコミュ障特有の”早口驚き”を爆発させてしまうくらい驚いたが、まぁ今では何気にこの魔王という職業(?)は天職なんじゃないかと思いはじめている。

 というのも、まず働かなくていいし、思う存分引きこもれる。

 そして、な・に・よ・り・も、


(本来なら違法書籍であるはずのヒト族の小説が読めてしまうのだ!)


 これがどれぐらいスゴイかと言うと、例えば、普通の魔族が公共の場でポケーっとヒト族の本を読んだりしようものなら即逮捕。

 身分にもよるが、十年は牢屋にぶち込まれることは間違いない。

 そもそも、ヒト族の本に限らず、本は安いものでも十冊で家が一軒建つと言われるくらいの値段がする。

 まぁ、全部手書だし、貴族しか買わないので、それぐらいの値段がしても当然とも言える。

 そういう意味でもアタシはセレモーヴィエ家に生まれて幸運だったと思う。

 危うく人生の99%を無駄にするところだったのだから。


(本のない人生なんて、アタシには考えられない)


 言わば、一度もフンを転がすことなく死んでいくフンコロガシのようなものだ。

 そんなものフンコロガシとは言えまい。


(そんなもの、ただの倒立の上手い虫だ!)


 とゆーことで、この魔王特権を手放したくないアタシは、この魔王という全然可愛くもない、モテる気配も全くない職業をやめられないというわけだ。

 ちなみに、魔王が働かなくていいというのは、アタシが仕事を頼まれても、のらりくらりと仕事から逃げているだけだったりするのだけど。

 まぁ、魔王には労働者を守る法律は適応されないのだ。

 自分で自分を守るしかあるまい。


(はっ!この凍えるような視線…)


 小説に夢中になって、メイドが横にいるのを忘れてしまっていた…

 たった今まで本を抱きながら悶えていた私を、ゴミ虫が食べるゴミを見るような目で蔑んでいるのはメイドのミラだ。


(確かに、相当恥ずかしいことしてたな、アタシ…)


 ジト目で冷ややかな視線を送ってきてはいるが、エルフ族のミラの場合、それでさえ美しいと思えてしまう。

 青みがかったツルツルの黒髪は、腰まで伸びているのに不思議と清潔感がある。

 見た目の美しさだけでなく、料理も上手で、この数年はミラの作った料理以外は口にしたことがない。

 まぁ、控えめに言っても、一分に一回くらい羨ましく思うが、アタシはミラのようにはなれないと、一分に一回くらい再認識している。

 たぶん、アタシは生まれた時にステータスを魔力に全振りされてしまったんだろう。


(何やってんだ創造主!仕事しろ!ひきこもってんのか!)


「ちょっと、ミラ!そんな顔しなくたっていいでしょ?アタシだって、恋多き年頃の娘よ?恋愛小説にキュンキュンしたっていいじゃない」

「恋多き年頃の割りには、行動範囲がベットの上だけのようですが?枕にでも恋しているのでしょうか?」

「悪かったわね!今は準備中よ!小説で模擬戦してんのよ!」


 ミラはアタシにとって、貴重な存在である。

 友達のいないアタシがこんな風に話せる唯一の存在であり、引きこもりに忙しいアタシのために、ヒト族の街まで本を買いに行ってくれたりと、他のメイドには頼めないような仕事も色々してくれている。


「ところで、ヴァレンティーナ様、少し外が騒がしいようです。私、少し様子を…」


ドンッ!ドンッ!ドンッ!


 突然、部屋のドアが激しくノックされる。


(え、何?こんな夜更けにいったい誰よ…)


 こんな時間の訪問者は珍しい。

 特にこんなに激しくノックされたことは昼間でもない。

 ミラがドアを開けようと近づくが、その前にドアは勢いよく開け放たれた。


「―邪魔するぞ!ヴァレ!…緊急事態だ!」


 ズカズカと入ってきたのは、フルプレートメイルに身を包んだ軍団長のアルだ。

 白髪が混じり始めているものの、その声や動きは若々しく、軍人らしい荒々しさがある。

 皮膚は赤く、オーガ族特有の龍骨でできた民族鎧をまとっている。

 父上の代から魔王軍を指揮してくれていて、小さい頃はよく剣の稽古や軍事に関する知識を教えてもらった。

 そのせいもあってか、魔王になった今でも先生と生徒のような関係が続いている。


「ど、どうしたの?」


 アルは走り疲れたのか、息を整えながら話し始める。


「…ド軍の襲撃だ!…すぐに戦闘の準備をしろ!」

「…え?ド軍の襲撃!?どういうことよ!?」


 ド軍というのはヒト族の国家、ドラヴァー王国の軍のことだ。

 ド王国とはたまに小競り合いなんかが起こるものの、ここ数百年、攻め込んでくるなんてことは一度もなかった。


「理由は分からんが、もう城門までド軍が来ている。敵兵が多すぎて、東門も長くは持たんだろう。このままでは落ちるのも時間の問題だ…」

「…」

「おい、聞いているのか!」


 あまりに唐突すぎる出来事に、アタシはフリーズして口をパクパクするしかできない。


「ドヴィー様とロコ様は何をしているのですか?」


 そんなアタシの代わりにミラが話を続けてくれた。

 ドヴィーとロコというのは、我が魔王国の属国の国王たちである。

 二人は、慣例に従って魔王国の幹部も務めているのだが、政治に興味がないアタシに代わって、政務を処理してくれている、ありがたい存在だ。

 

「それがな…昨夜から領内で魔獣が大量発生していてな。ドヴィーは討伐軍を率いてその対処に向かっている」

「魔獣っ!?そんな話、聞いてないわよ!?」

「俺は知らん。多分、お前に報告しても意味がないと思ってるんだろ…」

「うっ…」


 これはアルの言う通りだと思う。

 はじめの内は逐一報告をもらっていたが、結局、ドヴィーたちに任せるだけなので、いつの間にか何も報告が来なくなった。


「ロコは早朝に獣王国ガヴィンティスに出立したきり連絡が取れていない…」

「なっ!」


(ドヴィーはともかく、ロコは何やってんのよ!連絡がないって何!見た目がネコだからって、ネコみたいにいなくなるな!)


「それで、アタシにどうしろってワケ?」

「お前には城内に突入した別働隊の対処を頼みたい」

「別動隊?アタシ一人で?いくらなんでもアタシのこと買い被りすぎじゃないの?」

「ああ、だが別動隊と言っても、三人だけらしいんだ」

「三人?城内にも兵がいくらかいるでしょ?なんで、たった3人を対処できないのよ?」

「俺も直接見てないから分からんのだがな、かなりの手練れらしい。城内の兵士ではまったく歯が立たず、もうすでに五百人以上の犠牲者が出ているようだ」

「たった三人で、五百人!?ドラゴンでも暴れたのかって数じゃない!それ、本当なの?」

「まぁ、突然のド軍の襲撃で軍全体が混乱している。色々尾ひれがついている可能性はあるな…」


 地の利がない敵の城にたった三人で突っ込んできて、五百人もの本職の兵士を倒すなんて、実力云々の前に、頭がおかしい。

 土地勘がない上に、罠や伏兵のリスクもあるのだ。

 

(やっぱり、アルが言うように情報が錯綜してるのかも)


「…それで、その三人の特徴は?」

「男女の剣士が一人ずつ、あとはフードを被った魔法使いの男が一人だ。三人とも王国兵には似つかわしくない格好らしい。それと…」

「…それと?」

「男の剣士は神雷魔法を使うという報告がある…」


(神雷魔法?電撃魔法ではなく、神雷魔法?初めて聞いた言葉ね…)


「神あるいは、勇者のみが使用できるとされる魔法です」


 クエスチョンマークを頭に刺しているアタシを察してミラが教えてくれた。


(…ん?神って言った!?)


「神なんて!…七千年前の神魔戦争で消えたはずじゃ!?」

「あぁその通りだ。そもそも、神が現れたのなら、もう戦いは終わっているさ。大方、さっきも言ったように、ビビった奴等の噂が独り歩きしているんだろう。戦場ではよくあることだ」

「そ、そうよね…」

「お前の性格はよく知っているからな、こんなことをしたくないのは分かるが、この城で一番強いのはお前だ。すまんが頼む。それに俺はこれだしな…」


 そう言って、アルは右手を振る。

 正確には二の腕を振った。

 肘から先にはあるはずの手がないからだ。

 アタシが生まれる前、アルは作戦中の事故で左手を失っている。

 それ以来、アルは前線で戦えなくなったが、元々管理者としての才能の方が高かったようで、指揮官になってからメキメキと出世したらしい。


「ヴァレンティーナ様。私は反対です!神雷魔法はただの噂だとしても、たった三人で五百人を倒した敵に一人で向かうのは危険すぎます」

「っち」


(アルの舌打ちが聞こえたよーな…)


「あのなー、ミラ、お前の言ってることは間違ってねぇよ。だが、他に何か方法があるのか?それに、五百人ってのも誤報の可能性があるんだ!」

「…」


 明らかにアルの口調が変わった。

 この二人は仲が悪い。


「ミラ、ありがとね!でも、私は大丈夫だから!」


 緊張した空気に耐えられなくなって、つい口走ってしまったが、正直、アタシは戦闘にはちょっと自信がある。

 実際にはアタシ自身は魔力が高いだけで、魔法は使えないし、剣もそんなに強くない。

 けれど、私にはアレがあるのだ。

 部屋の奥から禍々しいオーラを放っている、


(”魔剣ドロティア”と”業呪の鎧”…)


 神魔戦争で神を裏切り、魔族のために戦ったとされる堕天神ルーシアが身に着けていた魔王装備だ。

 そして、この魔剣と鎧はどちらもチート級の力を装備者に与えてくれる。

 まず、魔剣ドロティアは魔力を飛ぶ斬撃として放出する。

 これは無詠唱で魔法が使えることに等しく、その威力も高位階魔法レベルだ。

 一方、業呪の鎧は完全物理防御と完全魔法防御、さらに、完全状態異常耐性を与えてくれる上に、飛行能力やいくつかの身体能力強化も得られる。


(ね、チート級でしょ?)


 しかし、ちゃんと代償もある。 

 生命体でもあるこの装備は、チート効果を与えてくれる代わりに装備者から大量の魔力を奪うのだ。

 そして、この大量の魔力というのが尋常ではない。

 常人が装着すれば、一瞬で魔力がゼロになってしまう。

 特に鎧は受けたダメージを魔力で相殺するため、ダメージを受ける度に、魔力がどんどん食われる。

 そのため、常人はこの鎧を装着することすらできない。

 しかし、ルーシアの子孫、つまり、セレモーヴィエ家の人間であれば、生まれながらに尋常ではない魔力を持っている。

 つまり、セレモーヴィエ家にしか使えないチート装備なのだ。

 これが、鍛錬が嫌いで魔法も使えないアタシが、魔王国最強でいられる理由だ。

 そして、兄上を退けてアタシが魔王になった理由でもある。


「ミラ!魔王装備をつけるわ!手伝って」

「…かしこまりました」


 ミラはまだ納得いっていない様子だが、仕方なく手伝ってくれた。

 ちなみに、鎧はコルセットのような形をしているが、この形状には意味はなく、鎧がカバーしていない顔や手足も鎧の魔法が守ってくれる。


「はぁ…」


 魔王装備を装着すると共に強い倦怠感が起こる。


(魔力を食われるこの感覚、やっぱり慣れないなー)


 魔剣を腰に下げ、アルと一緒に急いで部屋を出る。


「お待ちください!ヴァレンティーナ様、私も同行させてください!」


 いつの間にかミラも腰にククリ刀を下げている。


「ちょっと!アンタが剣の稽古をしているところなんて見たことないわよ!」

「邪魔にはなりません!連れて行ってください!」


 ミラの気持ちは嬉しいけど、今回は敵の素性がまったくわからない。

 ミラを守りながら戦うのは非常に不安だ。

 それに、もしミラに何かあればアタシはめちゃくちゃ困る。

 ミラ以外のメイドが家事をするなんて想像するだけで、胃液が逆流しそうだ。


(よし、断ろう…)


「ミラ、気持ちは嬉しいけど…」

「おい、口論している暇はないぞ!本人がそう言っているんだ、そいつも連れていってやればいいだろう!」

「ヴァレンティーナ様、急ぎましょう!」

「え…」


 アタシの意見は聞きいられず、ミラを伴って部屋を出る。

 ド軍の謎の別動隊と戦うために…

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