声劇_化け猫おくる【最小編成 1:2:1】【推奨編成 2:2:1】【最大編成 3:3:2】【70分】
【画面右上の「ぁあ(ビューワー設定)」から、組み方向を縦組みにすると読みやすいかと思います】
利用規約はこちらです。ご了承頂いた上でのご利用をお願いいたします。
https://kakuyomu.jp/works/16817139555946031744/episodes/16817139555946036386
【あらすじ】
「事が終わるまで、嘘の内容はきみにも明かせない」
結婚して数年、行商帰りの夫が「化け猫さんを買いたい」と言う迷子の子供を連れてきた。しかし妻にしてその化け猫、ユエは子供を見るなり「この子、幽霊だ」と言い放つ。
子供の霊を送り出すため、夫妻、幽霊、猫の目、耳長馬での道行きが始まったが、妻はひとつ、嘘をつく決心をしていた。
「いままで」を失う宿命を持った化け猫と、「これから」を望めない幽霊と、それを見守る二人の話。
【概要】
カギカッコ無し:語り
カギカッコ付き:セリフ
ユエ、リールー、クォン以外の役に語りはありません
叫び演技あり
ユエ、
泣き演技あり
ホァ、父親
愛の囁き演技あり
クォン、ユエ
編成例【1:2:1】4名
ユエ 女性
リールー 不問
クォン/父親/大将 男性
ホァ/女将/
編成例【2:2:1】5名
ユエ 女性
リールー 不問
クォン 男性
父親/大将/
ホァ/女将 女性
<約15000文字 70分目安>
【登場人物】
★ユエ:女性
シリーズ主人公。名前の意味は「月」。右目に猫の魂を、子宮に魔女の魂を抱える。魔女の魂によって実質的に不死身だが、死の淵から還るたびに思い出を喰われて過去を無くしていく。西の故郷では魔法使いであり、流れ着いた東の国で現地の
本作中の年齢は24歳。クォンを「きみ」と呼ぶ。
語りとして、状況、心情描写の一部も受け持ちます。
★リールー:性別不問
ユエの右目にして相棒である、王族猫の眼球。もともとはユエの使い魔であった。見聞きしたものを覚えておくこと、ユエに猫の力を与えること、ユエの話し相手になることが主な仕事。クォンに対しても好意的。語りとして、状況、心情描写の一部も受け持ちます。
★クォン:男性
ユエと結婚した行商人の男。名前の意味は「強い」。ユエのような特別な力は何ひとつ持ち合わせていないが、家と耳長馬を持っている。好物は苦瓜。本作中の年齢は23歳。結婚してもうすぐ三年、平麺も上手に作れるようになった。
語りとして、状況、心情描写の一部も受け持ちます。
(父親、大将と兼ね役可)
★ホァ:女性
少女の幽霊。名前の意味は「花」。父親と二人暮らしをしていたが、父が猿に憑かれたようになり、化け猫さんに治してもらおうとガイドン
(名前の発音は「ホア」で問題ありません)
(女将、
★父親:男性
ホァの父親。25から30歳ぐらい。出番は少ない。
猿に憑りつかれたかのような奇行をとった時期があり、ホァがユエを尋ねる原因となった。現在は元通りの態度で、帰らぬ子供を心配している。
(クォン、大将、
★
ゼンビェンヴァン。猿のモノの怪。終盤に少しだけ登場。
(ホァ、または父親と兼ね役可能)
★大将:男性
序盤に少しだけ登場。ガイドン
年齢は、若くても年長者でも可。すごい歳の差夫婦かもしれないし、すごい姉さん女房かもしれない。
(クォン、父親と兼ね役可。リールーが男性である場合、リールーも兼ね役可)
★女将:女性
序盤に少しだけ登場。ガイドン
ユエを17歳ぐらいだと思っており、若くて可愛らしい奥さんだと思っている。
年齢は、若くても年長者でも可。すごい歳の差夫婦かもしれないし、すごい姉さん女房かもしれない。
(ホァと兼ね役可。リールーが女性である場合、リールーも兼ね役可)
【特殊単語】
ズオウカン:吸管酒。イントネーションは指定ありません。甕の中にもち米ともみ殻を詰め、バナナの葉で密封して発酵させ、竹の管をさして底にたまったアルコールを吸って飲むお酒。ほんのり甘い。
とっと:父親のこと。
ガイドン
竹編み壁:たけあみかべ。竹を組んで作った壁のこと。
【その他】
今までのものと異なり、声劇台本置き場の形式に寄せて書いています。
原作:「化け猫おくる」
https://kakuyomu.jp/works/16818093089352921941
よろしければ、原作の方もお読みいただき、応援、評価などいただければ幸いです。
(以下本編)
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クォン:行商でとある地方のズオウカンって酒を仕入れまして、ガイドン
クォン:「♪ズオウカンの
ホァ:「とっと」
クォン:「♪久方ぶりになぞってみたい、笑う鼻には小じわがよってぇっ、」
ホァ:「(ベソかいてる)とっとぉ」
クォン:「うん?」
ホァ:「とーっとぉ……!」
クォン:振り返ったら七歳だか八歳ぐらいの女の子が泣いてましてね。ところどころ擦り切れた
クォン:これでうっかり河に落ちたり、密林の奥に迷い込んだりしたら大変ですし、ここはクォンお前、妻に胸を張れない男であっちゃあいけないぞと思って聞きました。
クォン:「小さいお嬢ちゃん、どうしたんですか? お父ちゃんとはぐれちゃいましたか? いったいどちらへ?」
ホァ:「お、おら、ガイドン
クォン:「おや。私もガイドン
ホァ:「え、いいのか
クォン:「まあ構いませんよ。お嬢ちゃんの足じゃあ、
ホァ:「ん、おら、約束する」
クォン:「はい。じゃ、乗せますよ。よっ、こら、せ。はい。この辺にでも座っててください。(荷車、動き出す)しかしはるばるガイドン
ホァ:「とっとは……家におる。出かけられんから、おらがお使いに出たんだ」
クォン:「そりゃ、また……。
ホァ:「化け猫さん」
クォン:「ばけねこさん」
ホァ:「とっとは、モノの怪に憑かれたんだ。ほいで、ガイドンにおる化け猫
クォン:「化け猫さんは……売りものではありません」
クォン:「そのひとは私のお嫁さんです」
0:転換 ガイドン
ユエ:「
大将:「おやおや奥さん気前がいいね。なんか良いことでも?」
女将:「やだよあんた、決まってるじゃないか(大将を小突く)クォンさんが帰ってくるんだよ。ねー、ユエちゃん」
ユエ:「そうなんですよ。だから好物を買っといてあげたくて」
大将:「かー!」
ユエ:「えへへ」
大将:「かー!!」
女将:「じゃあユエちゃん、苦瓜に
ユエ:「百九十!」
女将:「百九十、売った! 持ってきなー!」
ユエ:「ありがとう
大将:「……かー!」
女将:「いつまでかーかー言ってんだい! ユエちゃん、まいどねー!」
0:ユエ、家路につく
ユエ:「――ねえリールー。クォンは今日中に着くかな。明日になるかな」
リールー:「さて、どうだろうか。商談の進み具合にもよるのだろう?」
ユエ:「うん。会うの、久しぶりだ」
リールー:「今日が七日目」
ユエ:「明日は八日目。わたしがセミなら死んじゃうとこだ」
リールー:野菜のかごを抱えてユエが家へと向かっている。私の視界の揺れ具合や、視野の隅にうつる足の運びで、ユエがずいぶんと
リールー:しばらくして私は、見慣れた男と
リールー:私はユエの右目である。右目にはまった猫の目である。よって、私がその男に焦点を合わせれば、当然のことながら
ユエ:「あ!」
リールー:ユエにも見える。
ユエ:「(大きく手を振る)クォーン! おかえりー!」
リールー:籠を手に、ユエが走る。一晩を過ごしたモノの怪の腹のなかで共に暮らそうと口説かれ、
リールー:西方の異国から来たという意味でも、猫の目を右目に持つという意味でも異人であるユエを、このクォンという男は本当に好いているようだ。
リールー:ユエが夫を見て、耳長馬を見て、馬の引いている荷車を見た。
リールー:「おおっと?」
ユエ:「クォンんんんん……! この子どこで拾ってきたの……!」
クォン:「いやいや、ユエさん聞いてください。最初は迷子だと思ったんですよ。それで声をかけたんですけど――」
ユエ:「違う違う。そういうことじゃないんだよ。クォン、この子、幽霊だ」
0:転換 ユエ、鉄鍋(中華鍋)で炒め物をしている
クォン:家に着いて、
ユエ:「幽霊っていうのは、生きてた頃の本人とは違う。どれだけ似ていても、本人じゃない。例外はあるけど……とにかくクォンについてきた女の子の幽霊も、元になった子とは別のものって考える」
クォン:「なるほど」
ユエ:「クォン、ご飯炊けたか見て」
クォン:「はい。お、鶏めしですね!」
0:ユエ、クォン、飯釜から昇る湯気を鼻で吸う。ホァ、ぽそぽそと「おら、化け猫さんを買いてえんだ」と繰り返している。
ユエ:「ん、いい匂い。えっと、それで――ご遺体があったらね、それをちゃんと弔えば解決なんだ。でも今回は無いから、幽霊に『死んだ』ってことを理解させるのが次の手になるよ」
リールー:ユエが
ユエ:「でも、幽霊に言って聞かせるのは無理だからさ」
ホァ:「おら、化け猫さんを買いてえんだ」
クォン:「そうなんですか?」
ユエ:「うん。だって『あなたは死んでいます。生きていると思うのは全部気のせいです』って言われて納得する? 『そっか! 死です! さよならこの世!!』とはならないよね」
ホァ:「おら、化け猫さんを買いてえんだ」
クォン:「どうですかねえ。自分の死んだ姿を見たら……あ、でもそれが無いんでしたね」
ユエ:「そう。だから、言葉じゃない方法で『死ぬんだ』ってことを理解させる。……例えば、特別な棒でぶったりとか、『猫の爪』を使ったり、とか」
リールー:話す間にも、クォン殿が居間に大判の
クォン:「それはさすがに……」
ホァ:「おら、化け猫さんを買いてえんだ」
クォン:「かわいそうですよ。ねえユエさん、本当にあの子は幽霊なんですか? 荷車に乗せる時も触りましたけど、冷たくもなんともなかったですし」
ユエ:「わたしは見ればわかるし、触ってもなんともないのは、わたしのお守りを持ってるからだよ。あの子はきみから生気を取れない。お守り絶対外さないでよ」
クォン:「ああ……(お守り袋を眺める)」
リールー:ユエがつやつやした炒め物を大皿に移し、じゅじゅっと鉄鍋を洗った。
ホァ:「おら、化け猫さんを買いてえんだ」
ユエ:「――気持ちはわかるけど、クォン、その子は幽霊で本物の子供じゃないんだ。きみに取り憑かせっぱなしにはできないし、『
リールー:「まあ、待て。悪霊ならともかく、子供の幽霊を力ずくで送るのはクォン殿には辛かろうよ。遺体や遺品を見つけるなり、未練に答えを出すなり、まだやりようはあるのではないか?」
ユエ:「うーん。わたしは、さっさとやっちゃいたいんだけどね……」
クォン:「ユエさん、右目殿はなんて言ってますか?」
ユエ:「まだやりようはあるんじゃないかって。わかったよ、クォン、リールー。穏便に送り出すやり方で、がんばってみよう」
クォン:「ごめんよ、ユエさん。私が迂闊でした」
ユエ:「そんなことない! 道で子供が泣いてて、迷子だと思って声かけたんでしょ? 今回がたまたま人の子じゃなかったってだけで、きみのそういう優しいところ、わたし……好きだし」
リールー:「目が逸れたが?」
ユエ:「う、うるさい」
クォン:「ユエさーん?」
リールー:私はクォン殿に目をむけた。
ユエ:「ちょっ、リールー、恥ずかしくて目を逸らしたのに。もう。右目!」
クォン:「私の嫁かわいいですね」
ユエ:「もう!(小突く)」
クォン:「あいた」
ユエ:「(深呼吸)(ホァへ)きみもおいで。一緒に食べよう」
0:転換
ユエ:生きている人間と同じに扱う。そうすれば、幽霊は
ユエ:幽霊は実際の食事をできない。でも、わたしたちが食べ終わるころに「もういい?」て聞いたら、ちいさく「ごちそうさまでした」って帰ってくる。さて。
ユエ:「じゃ、クォン、この子に出したのも食べちゃって。残しちゃだめだよ」
クォン:「はいはいユエさん」
ユエ:「じゃあ、お嬢さん。まずはきみの名前を教えてくれるかな」
ホァ:「おら、ホァっていう」
ユエ:「うん。いい名前だね。いくつになったのかな?」
ホァ:「やっつだ」
ユエ:「前歯、生え変わるとこなんだね。抜けるとき痛かった?」
ホァ:「わかんねえ。おら、よく覚えてねえや」
ユエ:「そっか。それじゃあね、ホァ。わたしの名前はユエ。モノの怪をやっつけるのが得意な
ホァ:「おら、
ホァ:「めしも魚も、炊きもせん焼きもせんでそのまんま喰うし、おら、困っちまって、煮炊きして飯食おうって頼んでみたんだけどな、火ぃ起こせんくなってて。おらが火をおこしたら、怖がって釜の水こぼすような始末なんだ」
ホァ:「酒も、急に匂いが嫌だって言い出して、せっかく仕込んだズオウカンも捨てちまったんだ。とっと、普段あんまり喋らんけど、酒飲むと機嫌よくなって、たくさん遊んでくれるんだ。ほだから、おらも、酒の匂い好きだったんだ」
ユエ:「そう。お父さんのことで、おかしい所は他にあった?」
ホァ:「おら……」
クォン:「(ユエに)つらいなら、無理に話さなくてもいいんじゃないですか?」
ユエ:「だめ。全部話してもらわないと、余計な危険を背負っちゃう」
ホァ:「あのな。とっとな、また家を出てったんだ。そんときは村の大人たちにも探すんを手伝ってもらって、でも見つからんくて。次の朝には帰ってきたけど、いったい何をしとったのか、みんなでとっとに聞いたんだよ。ほしたら、とっと、とっと、
ユエ:「笑った? それは、どんなふうに?」
ホァ:「ひひひ、って。まるで猿みてえに、ひひひ、ひひひひひ、ひひひひひひ、ひひひひひひ。ほいで、なんも喋らんくなって、
クォン:(ため息)
ユエ:「わかった。ありがとう。よくわかったよ。きみのお使い、引き受けた。今日は遅いからもう寝よう」
0:転換 寝る前
クォン:「やりきれません」
ユエ:床に敷いたゴザの上で、ホァが寝息を立てている。クォンが、そのお腹に薄い掛布をかけていた。幽霊が寝冷えしたりはしないけど、それでも無視できない人なのだ。
ユエ:お使いの途中でホァが行き遭ったのは、なんだったのだろう。野犬か、野盗か、道を見失って帰れなくなったか、それともモノの怪に行き遭ったか。いずれにせよ、ホァは弔いを受けられず、魂がこの世にとどまり、クォンに会うまで街道を歩き続けていた。
ユエ:父親を思わせるズオウカンの匂いが小さな縁。探し求める「化け猫さん」の夫であることが大きな縁。ホァがクォンに取り憑いたのは必然だ、とさえ思う。
クォン:「私には、ホァちゃんはただの子供にしか見えません」
ユエ:「……難しいと思うけど、あんまり情を移さないようにね。ホァはもう、この世のものではないし、わたしはその子を『
ユエ:クォンが寝台に上がってくる。お揃いの
クォン:「……穏便に送り出すのは、なんとかなりそうですか? もし、ユエさんに危険があるなら、気にせずやってしまってください」
ユエ:「大丈夫だよ。ホァの話で、モノの怪の見当はついた。元通りのお父さんに会わせてやるのは難しくないと思う。心残りが無くなれば、あの子も『
クォン:「なんですか?」
ユエ:「わたしは、ホァに嘘をつくことになる。事が終わるまで、嘘の内容はきみにも明かせない」
クォン:「私に明かせないのは、ユエさんが危険を背負い込むためですか?」
ユエ:「違うよ。内容を明かしてもわたしに影響はない。でも、きみに内容を明かせば、送り出しが失敗する可能性が出てくる。そしたら、猫の爪を使わなきゃならなくなるからさ」
クォン:「つまり、知れば、私は何かに気を取られてホァちゃんに嘘が露見するとか、そういう事ですか?」
ユエ:「そうだね。だから幽霊の事はわたしに任せて」
クォン:「わかりました。呪い師ユエさんにお任せします」
ユエ:クォンが、わたしの左手を取った。
クォン:「あの、ユエさん。ホァちゃんの事があって言いそびれてたんですけどね」
ユエ:「うん?」
クォン:「苦瓜と
ユエ:「ふふん。八百屋の女将さん、オマケしてくれたよ。鶏めしの残りは、明日おかゆで食べよ……わ(抱き寄せられた)」
クォン:「ユエさん」
ユエ:「耳元で声出されるの、くすぐったいよ……なに?」
クォン:「声、出しちゃだめですよ」
ユエ:「! ……(忍び笑い)きみは、急にそういうこと言うよね。って言ってる間に
0:転換 翌日の道中
リールー:翌日。出発したのはクォン殿が運んできた酒を納品し、もろもろの準備を済ませ、正午をだいぶ過ぎたころとなった
ユエ:「よろしくモンチャン(モンチャンの首にハグ)」
ホァ:「もんちゃん? この馬っこの名前か?」
クォン:「そうですよ。ほら、尻が白いでしょう」
ホァ:「ほんとだ! モンがチャンだ!」
クォン:「おっと。ほらほら、荷車から乗り出したら落っこっちゃいますよ」
ホァ:「
ユエ:「だめだよ、ホァ」
ホァ:「でも……ユエ姉さん」
ユエ:「脅かすと危ないから、触っちゃだーめ」
リールー:モンチャンがベェヘーヒェ! と甲高く鳴き、ホァが尻餅をつく。
ユエ:生者として扱っているからか、今日はずいぶんと活動的で機嫌がいい。しかしホァは幽霊だ。触れた生き物から生気を吸ってしまう。影響は小さいけれど、
リールー:「それにしても、かなり
ユエ:「そうだね。きっと、発生したばかりなんだ」
クォン:「ユエさん、疲れたら馬引くの代わりますからね」
ユエ:「うん。よろしく」
リールー:物理的な意味でも、生気の吸収を受けないという意味でも、ホァに問題なく触れるのは、ホァに憑りつかれていて、かつお
クォン:ホァちゃんもしばらくは大人しくしていましたが、そのうち荷車の上をうろちょろしたり、ユエさんの荷物を開けたがって止められたり、荷車の車輪を上から覗き込んだりしていました。
ホァ:「なあ、ユエ姉さんは人間なのか?」
クォン:「あーっとぉ」
ユエ:「どう思う?」
ホァ:「んーーーーーわかんねえ。でも、毛の色も肌の色も
ユエ:「そうだよ」
ホァ:「ほしたら、姉さんもモノの怪だったりするんか?」
クォン:「おおっと」
リールー:「(だいたい同時に)おやおや」
ユエ:「だったら、夜中にきみを食べちゃうかもね」
ホァ:「ひ……(固まる)」
ユエ:「あれ……? 嘘だよ。食べたりなんかしないよ」
リールー:「情を移さぬ方が良いのだろう?」
ユエ:「そうだね。そうなんだけどさ」
ホァ:「なあ、誰としゃべっとるん?」
ユエ:「ん? 右目と」
ホァ:「しゃべるのか!? 猫の目しゃべるのか!?」
ユエ:「しゃべるっていうか、目の中で、ぶるぶる震えると、頭で音になるって感じで」
ホァ:「聞きたい! 聞きたい聞きたい!」
ユエ:「いやでも、わたしにしか聞こえないから」
ホァ:「ほしたら、おらの耳を姉さんの目にくっつけたら、聞こえるんでねぇか!? なあ、ユエ姉さん、試してみてええか」
ユエ:「それはちょっと、ダメ」
ホァ:「なんでだぁ!?」
ユエ:「なんでって、それは……」
ホァ:「なんでぇ。なぁちょっとだけでええから、試さして欲しいー!」
ユエ:「だめ!」
ホァ:「……(しゅん)」
ユエ:「……(やっちゃった感)」
クォン:「ホァちゃんホァちゃん、ユエさんね、右目殿がとっても大事なんですよ。ホァちゃんも目を触られたらいやですよね?」
ホァ:「目。目を触るんは……いやだ。さわったら痛い。……ユエ姉さん、ごめんな」
ユエ:「いいよ。わかってくれれば」
リールー:ホァがはにかむように笑った。
ユエ:わたしは、びっくりするほどほっとした。顔も緩んでしまうぐらいだった。同時に、わたしは、腹をくくった。
0: 転換。ガノイの荘園近郊
ユエ:クォンの道案内で歩みを進めていく。ホァがうとうとし始めたというので、馬引きを交代した。出発が遅かったから、到着は夜になる見込みだとクォンは言う。いつもなら大した事ないはずなのだけど、子供連れだとひどく長く感じる。
クォン:「ユエさんに出会う前ですけど、ホァちゃんの村に行ったことありますよ。良い米粉を作るところです。モノの怪退治と引き換えで、今年の粉の買い付けにひと噛みできたら嬉しいんですがね」
ユエ:「それなんだけど、退治するモノの怪はいないと思う。たぶん何事もなく終わるよ」
クォン:「あれ? いろいろ準備されてたんで、私てっきり
ユエ:「ごめん、ないはず。いつもどおりに準備しただけ」
クォン:「あっりゃあ、残念……」
ユエ:「ごめん」
リールー:「なあユエ。この辺り、見覚えがないか」
ユエ:「ほんとだ。クォン、ここってどの辺り?」
クォン:「どこ、というほどの所でも……。強いて言えば、ガノイの荘園が近いですかね」
ユエ:「ガノイ!」
リールー:「ガノイか!」
クォン:「ええ。たしか、だいぶ前に人喰いのモノの怪で何人もやられたところですよ。そうだ、あれもたしかユエさんに初めて会った年で……あれ、もしかして?」
ユエ:「そう! そのモノの怪わたしが喰ったの。懐かしいな」
クォン:「それ懐かしむ事あるんですね」
ユエ:「モノの怪喰ったのが懐かしかったんじゃなくて」
リールー:ユエはモノの怪を喰う。
ユエ:正確には、子宮に宿る居候のために喰う。居候はわたしが故郷を離れた原因でもあり、今まで死なずにいられた要因でもあり、もっとも恐れる対象だった。
クォン:ユエさんの子宮には、魔女の魂が寄生しています。
リールー:魔女の魂が飢えれば、ユエは魂を
ユエ:宿主のわたしが死に瀕すれば魔女の魂は目を覚まし、わたしは生かされ、思い出をなくする。
リールー:クォン殿と出会う直前にユエは、ガノイの荘園でモノの怪を退治した。その時、犬の
ユエ:なくした思い出のことはリールーから聞いたけれど、わたしは喪失感すら覚えることができなかった。もし、わたししか知らない思い出をなくせば、なくしたことさえ気づかない。
わたしは、クォンをなくすことを、ずっと恐れている。
リールー:密林を割って通る道は分岐して、見覚えのある道は遠ざかっていった。
ユエ:「あの時はね、自分に家族ができるなんて思ってなかったな」
クォン:「私はあの時から一目惚れでしたよ?」
ユエ:「最初に会ったとき、わたし、そっけなかったよね。変なひとだなぁって思ったよ」
クォン:「それで翌々日にまた会いましたね。まさか行商帰りに将来のお嫁さんに会えるとは、何があるかわからないもので。懐かしいですねえ」
リールー:ユエが荷車からひらりと飛び降りた。
クォン:私は、前方に何か出たのかと目を凝らしました。
ユエ:わたしは平笠を外し、すこし背伸びして、夫の頬にキスをした。
ベッヘェーヒェ! とモンチャンが鳴いた。わたしはその鼻先にもキスをして、また荷車へ飛び乗った。
クォン:「(ユエに)あの……ユエさん、急に来ましたね」
リールー:「(ユエに)うむ。急に行ったな」
ユエ:わたしは、一緒に懐かしめる人が、たまらなく愛おしい。
ユエ:見下ろせば、小さく丸まって、幽霊のくせにくぅくぅと寝息を立てるホァがいる。この子の事を、いまここにいるこの子の事を、右目と夫と三人で懐かしむ時が来るのかもしれない。わたしはそう思ってしまった。
ユエ:「まいったね、リールー。情が移っちゃった」
リールー:「私としては、悲しむべきか、喜ぶべきか」
ユエ:「安心してよ、後悔しないから」
ユエ:「幽霊が本人ではないっていうのが、ほんとうに本当だとしても、わたしたちはこの子に会ったんだなって、いま思ったんだ」
ユエ:「昨日は大人しかったから、こんな元気がいいとは思わなかったよ。人見知りしないし。素直だし。いい子なんだね。生きてた頃とは違うんだとしても、わたしは、この子がいい子だと思った」
リールー:「うむ」
リールー:私は思う。
リールー:いま話しているユエは、私が十年ほど前まで使い魔として仕えた娘とは違うのだ。すでに昔の彼女ではなく、もう昔の彼女でもなく、しかし、いま、素直に心情を打ち明けてくれているこの娘を、私は好ましく思っている。これからを見ていきたいと思っている。
ユエ:「これからが」
リールー:私の視界が突然に曇った。ユエの奥歯の
ユエ:「(深呼吸)……この子には、この子としての『これから』は、もう、あんまりないからさ。だからそれが穏やかであるように、最後までしっかりやるよ。見ててね。リールー」
リールー:「任された」
リールー:私の視界が動いた。耳長馬の白い尻と、クォン殿の背中の震えが見えた。
リールー:「ふむ。泣いておるなぁ」
ユエ:「クォーンーん?」
クォン:「泣いてませんよ。泣いてません」
リールー:ユエが再び飛び降り、クォン殿に近寄る。背中をさする音が私にも聞こえる。ユエは気づいておるだろうか。クォン殿を見るとき、私の視界はいつも、ほんの少し明るくなる。
ユエ:その夜、わたしたち予定通りホァの村についた。
0:転換 夜。ホァの村。
リールー:満点の星空、細い月が西にかかっていた。
クォン:私はホァちゃんの手とモンチャンの
ユエ:わたしの
クォン:ホァちゃんは今にも走り出しそうにそわそわし、ちらちらと私やユエさんの顔を
ホァ:「なあユエ姉さん。とっとに悪さしたモノの怪は、ほんとにおらんのか?」
ユエ:「大丈夫。いないよ。もしいても、わたしがすぐにやっつける」
ユエ:「きみのお父さんは猿の怪に
ホァ:「うん……でももし、とっとがまだ変だったら……」
ユエ:「だから、わたしが先に会って確かめる。治ってなかったら治るまで一緒にいるから。大丈夫。信じて」
クォン:ユエさんがホァちゃんの細い肩にさわりました。
ユエ:指先がぞくりとして生気が抜かれる。
ホァ:「姉さん手ぇ
ユエ:「あれ? そんなに」
ホァ:「大丈夫か? 熱あるんでねえか?」
ユエ:「大丈夫だって。ほら、案内よろしくね」
リールー:ホアに連れられて村をしばらく歩く。家から顔を覗かせた者も数名あったが、近づいてきたり、話しかけてきたりした者はなかった。
ユエ:こちらの人間に言わせれば、わたしは病的に色が薄い。さらに今は、平笠から
ホァ:「あれが、おらん
クォン:
ユエ:「じゃあ、見てくるからここで待ってて。提灯を振って合図したら、来てね」
クォン:「気を付けてください」
ホァ:「ユエ姉さん……」
ユエ:「大丈夫。モノの怪なんていないから。クォンと待ってて」
クォン:わたしは膝をつき、ホァちゃんの肩をしっかりと抱えて、ユエさんを見送りました。ホァちゃんの肌は、温かくも冷たくもありませんでした。
ユエ:「ごめんください」
ユエ:「ごめんくださーい!」
リールー:「留守か?」
ユエ:「ううん。人の気配があるよ」
リールー:戸が開いた。クォン殿よりも背が高く、胸板が分厚く、日焼けの濃い男がいた。下がり気味の目元や上向き気味の鼻にホァの面影が見て取れるが、表情には警戒の色がありありと見える。その右手の菜切り包丁に、私は焦点を合わせた。
ユエ:「夜分に申し訳ありません。わたしは、ガイドン
父親:「……入れ」
0:転換 室内
ユエ:平笠を外し、父親の出したロウソクに提灯の火を分けてやり、わたしたちは向かい合って座る。
父親:「おれの、娘は?」
ユエ:「残念ですが、亡くなっています」
父親:「……探しに行ったんだ」
父親:「ガイドン
ユエ:「ご遺体はありません。あの子は、幽霊となってわたしの所に来ました。幽霊となってなお、あなたを助けてほしいとわたしに頼んだのです」
父親:「おおおおおお(声を絞り出す)」
ユエ:「ホァさんを『
父親:「会えるんか? できんのか、そんなことが」
ユエ:「はい。ホァさんが『
父親:「あんた、もし俺をからかっているのなら――」
ユエ:「その時はわたしの首を掻き切ってくれて結構です」
父親:「……会わせてくれ。頼む。会わせてくれ。」
ユエ:「では、わたしと外へ出てください。そこでホァさんを呼びます」
0:転換 前庭
ホァ:(浅くて速い呼吸。緊張している)
クォン:ホァちゃんはずっと身を硬くして待っています。わたしはその肩を抱いたり、背中をさすったりしていました。温かさも冷たさも感じません。しばらくして、向こうに見える戸口に、提灯の灯りが浮かびました。
ホァ:「とっと!! とっとぉお!! とぉっとぉーー!!
クォン:「まだです。ホァちゃん。まだ合図が」
ホァ:「やだぁ! とっといるんだもん! とっとぉ! とぉっとお!!」
ユエ:ホァの悲痛な声が聞こえて、胸が締め付けられる。
リールー:ホァの声は、父親には聞こえない。実体のない幽霊の声は、ただの人間には届かない。
ユエ「……では、呼びます」
クォン:ユエさんの提灯が、ゆらゆらと揺れました。
ホァ:「とっと!」
クォン:ホァちゃんが走っていきます。
ユエ:提灯の灯りが影を揺らす。ぼんやりと頼りない、曖昧な影。その曖昧さに宿るモノに、わたしは語りかけ、魔法を引き出す。
リールー:そのモノから引き出す魔法は、曖昧な存在を
ユエ:「おいでませ、『はさりとわず』」
リールー:影が歪む。ホァの足元から絡みつき、影は瞬時に少女を覆って、色づく。ホァの色に。
ユエ:子供の細い黒髪に。つやつやしたドングリのような肌に。黄色い
ユエ:父親が言葉にならない声を上げて膝をつく。その首に迷子の子供がしがみついた。
ホァ:「うあああああん! ひあああああん! ふあああああん!!」
父親:「ホァ、ホァ、ごめんな。ごめんな! とっとが悪かった、ごめんなぁ!!」
ユエ:わたしはクォンに近寄り、その手を握った。感情に溺れてはいけない。勇気が欲しい。嘘は、つきとおさねばならない。わたしは膝をつき、迷子の頭をそっと撫でた。熱くも冷たくもなかった。
ユエ:「ホァ、もう大丈夫だよ。モノの怪なんていない。
ホァ「おしまい……?」
リールー:目の光が消えた。幽霊の特徴たる、
ユエ:ホァをこの世にとどまらせる縛りがなくなった。「はさりとわず」の魔法が解けていく。曖昧なものをこちら側へ引っ張りこむ魔法は、曖昧でないものには作用しない。
ユエ:
ホァ:「とっとぉ、おら、眠いよ。ガイドン
父親:「おう。おう。寝ちまっていいよ。安心しな、とっとが寝床まで、抱っこして連れてってやるからな。なぁ、ホァ、お前ちっちゃいのになぁ」
父親:「よくがんばったなぁ」
リールー:「よくがんばったものだ」
クォン:「よくがんばりましたね」
ユエ:「よく、がんばったねぇ」
0:転換
クォン:泊まっていけ、という親御さんの申し出を、ユエさんは固辞しました。村から離れたところで、一晩を明かしました。ユエさんの手も腕も頬も温かく、生きている人の熱を感じました。
クォン:「ユエさん、大丈夫ですか?」
ユエ:「うん。あした、ぜんぶ話すね。わたしがついた嘘のこと」
0:転換 翌朝 帰りの道中
リールー:翌日、密林を割って進む道に差し当たったあたりで、ユエは口を開いた。
ユエ:「ホァのお父さんもね、もうこの世にはいないんだ」
クォン:「……え?」
ユエ:「ゼンビェンヴァン。猿の
クォン:「ええ。たしか、幸せな結婚をした夫婦に子供ができたけれど、産まれたのが三匹の猿で、しかもお産を終えたばかりの母親は猿のような吠え声をあげて、子を抱えて密林に消えて行くという話でしたね」
クォン「もう片方は、独り身で老人が一生を終え、
ユエ:「うん。ゼンビェンヴァンは、人を襲い、その皮をかぶり、その人として暮らす。かぶった皮がなじんだら、奇行はおさまる。――結婚式でも唄うでしょ? 『猿ならお前の皮を剥がなきゃならん』」
クォン:「じゃあ、あの父親は偽物じゃないですか!」
ユエ「偽物だけど、本物として生きて死ぬ。それが芝居なのか、心まで成り代わっているのか、わたしにもわからない。わたしは……あのお父さんを本物と扱った。少なくとも猿は、芝居を
クォン:「でも。それは、退治しなくていいんですか?」
ユエ:「しない。それに、あの村の人の何人かは、もう猿だと思う。奇行を取る間、お父さんが一度家を空けたって聞いたでしょ? たぶん……自分の家族か、群れの仲間を呼んだんだと思う」
クォン:「だったら、なおさら……」
ユエ:「クォン。ゼンビェンヴァンにとって、正体を知った人間は敵だよ。だから、わたしは知らないフリをした。奴らと戦いになるのは絶対に避けたかった。依頼も対価も
ユエ:「それに、猿はもう、誰かの家族や友人になってる。誰が猿かわからないのに、疑いをかけて
ユエ:「わたしの目的は、きみに取り憑いた幽霊を
クォン「……」
クォン「ねぇ、ユエさん。もし、私がそのゼンビェンヴァンだったら、どうします?」
ユエ:「猿でもなんでも、わたしは愛してる」
ユエ:「きみが、人でもモノの怪でも、どっちでもいいって言ってくれたみたいに」
リールー:物音がした。
リールー:振り返った視界に、ひとりの少女が茂みから出てくるのが映った。
リールー:黄色の
ホァ:「なあ、
クォン:「ホァ!?」
ユエ:「クォン、下がって」
リールー:「ユエ、このホァは!」
ユエ:「わかってる。わかってるよ――お嬢さん。わたしがその化け猫だよ。きみの村のモノの怪を退治した帰りなんだ。だから、おうちに帰りな。お父さんが待ってる」
リールー:ユエの心臓の鼓動が、私の所まで届く。これは、怒りだ。
ユエ:わたしは願う。このまま立ち去れ。そして芝居を全うしてくれ。これは自分勝手で矛盾した怒りなのだから。――ホァを殺したのは、お前か。
戯子猿:「お前、見た」
戯子猿:「ガ、ガ、ガノイで見た。お前、猫をかぶった。犬のモノの怪、喰ってた。お前、モノの怪に喰われたのに、生き返った。あの娘。強い娘。あの娘」
ユエ:「よせ! 帰って父親と過ごせ!」
戯子猿:「お前の中のあの娘よこせ。あの娘の皮よこせ。お前の中身よこせ。お前の皮もよこせ。お前のかぶった猫の皮、よこせ。よこせ。よこせ。よこせ。お前をよこせぇ!」
ユエ:「クォン離れて!」
クォン:ユエさんが私から跳びすさりました。
リールー:合わせるようにホァの猿が駆けた。速い。
ユエ:
戯子猿:「たらない、たらない、この皮ではたらない!」
リールー:猿が額を指でつかんだ。
ユエ:「見ないでクォン!」
リールー:皮が裂ける。
ユエ:お前、お前、ホァを捨てたな!!
リールー:「いけるぞ!」
ユエ:「んやぁぁぁあああああ!!!」
リールー:密林に猫の咆哮。猫の魔法「
クォン:ユエさんの首から上を真珠色の毛が覆い、口が裂け、牙が覗き、頭に三角の耳がピンと立ちます。
クォン:化け猫ユエが、金と琥珀の瞳をぎらぎらと光らせていました。
ユエ:「芝居を全うできない、半端者のゼンビェンヴァンが!!!」
リールー:ユエが真っ直ぐに跳んだ。
ユエ:猿が横跳びに避け、手を伸ばしてくる。強い力で左腕をつかまれ、引き寄せられる。
リールー:「猫は!」
ユエ:「すり抜ける!」
クォン:ユエさんが左腕をすぽんと抜きました。右手は猿の脇腹に触れていました。
ユエ:「猫の爪は」
リールー:猫の魔法「引き裂く指」。指でなぞった所が、魔法の強さに応じて深く裂ける。猿が飛び退く。もう遅い。魔法は発動している。触れられている状態で動けば、それは指がなぞるのと同じ事だ。
ユエ:「――鋭い」
リールー:空中で、どす黒い血を撒き散らしながら、赤毛の猿が上下に別れた。
0:転換 河原
クォン:河原に出て、私たちは枯れ枝を積み、火を起こしました。
ユエ:(弔いの言葉)「
クォン:煙が立ちます。ゼンビェンヴァンがかぶっていた、ホァちゃんの皮と着物が、燃えて灰になっていきます。
ユエ:ホァの山笠は後日、父親の所へ届けるつもりだ。あの猿は死ぬまで演じきるだろう。
ユエ:ホァの魂も、父親の魂も、
リールー:燃え尽きた炭と灰を川へ流すと、ユエは夫を振り返った。
ユエ:「帰ろう、クォン。お腹すいたよ」
クォン:「お疲れ様です。帰ったら
ユエ:「ほんと? 楽しみ」
クォン:河原から上がって、私はモンチャンの
クォン:モンチャンが一声鳴いて、荷車の車輪が回りだしました。
0:〈化け猫おくる 完〉
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