せんべい缶にジップロックで【一人読み10分】

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https://kakuyomu.jp/works/16817139555946031744/episodes/16817139555946036386


【概要】


終末を目前にした年末、家族を手にかけるために帰省した男の独白。

実際に手にかける場面はありません。

朗読を想定しておりますので、読み手の方の性別は問いません。



<以下本文>


 家族を手にかけるための帰省となった。

 言うまでもなくこれが最後の帰省になるのだと思う。そして、これが今の隠れた流行なのだとも聞いた。世も末だ。

 こんな時に急に帰省を決めたので心配をしていたけれど、幸いにして倉敷まで来ることができた。良かった。

 なけなしの毛布二枚を抱えての徒歩移動も覚悟していたが、インフラ従事者には頭が下がる。

 今や貴重品となったガソリンを使い、家族四人を乗せた軽自動車が駅に待機していた。

 

 例年に比べて冷え込みがきつく、日差しは暗い。頼りない太陽光にぼんやり浮かぶ道を軽自動車が走る。車内は賑やかだった。

 七十を越えた今でも母はハンドルを譲らず、年代物の車載プレーヤーからは往年のポップスが流れる。

 どういうわけか公転軌道を外れた地球が太陽から遠ざかり、世の中はすべて凍り付くことが決まった。

 国が安楽死の法案をスピード可決した今年の初め、私は両親を手に掛けようと考え始めた。別にいつでもよかったけれど、年末年始に倉敷へ帰るのがお決まりだったから、その時が良かろうと、弟と妹にも了解を取った。

 寝ている間に頸動脈を綺麗に絞めれば、苦痛を感じる前に落ちて、もう目覚めないからと、そう説得した。

 やるのは私だ。

 

 灯油は買い込んでおいたからと母はストーブを全開にし、無駄遣いもたまには楽しいと笑った。

 実家にはまだ米があった。味噌と削り節もあった。その他、私たち兄妹が産まれて、家を出るまでのほぼ全てがそこにあった。

 明日は芋を焼こう、と父は言った。庭で取れた芋がまだあると。

 そうだ、いいぞ、明日の話をしてくれ。明日の話をしよう。とりあえずまだ明日はあると、そう思ったまま死んでくれ。

 

 頃合いを見計らって起きだし、音をたてないように自室の戸を開けると、父がいた。一瞬驚きを見せ、おたおたとし、ごまかすように後ろに回した手に麻縄が見えた。


 こんな時にまで。

 地球が公転軌道を外れ、太陽からすさまじい勢いで遠ざかりつつあるこんな時にまで。


 私はもう二十年以上前にあなたの身長を抜いたというのに、あと半年もたたずに地球が凍り付くというのに、こんな時にまであなたは親であろうとするのか。

 私はついに伴侶を得られず、孫の顔を見せることもできず、せめて明日があると信じたままあなたには逝ってほしかったのに。

 年とって、細くなってしまったその腕で、私を殺せるわけないだろう!

 叫び声を上げるかわりに、私は嗚咽おえつを漏らした。

 父は言葉をさがしあぐねておろおろし「ごめん」と謝ってきた。

 違うんだ。謝ってほしいわけじゃないんだ、お父さん。

 階下から「お母さん何やってんの!?」と妹の大きな声がした。

 私の計画は失敗した。

 

 どうやら両親ともに、私と同じことを考えていたらしい。

 凍えよりも先に飢えがくる。そうなる前になるべく苦しめず、穏やかに近しい人の命を奪う。それが今の、おそらくこの国で最後のトレンドだ。

 リビングに家族がそろい、妹がとわらって「ばれちゃったね」と言った。計画が失敗した今、私たちに漂っていたのはさながら「サプライズ失敗」の空気だった。

 そのあとすぐ停電になったけれど、まるで日常の小さなイベントのように蝋燭を探し、弟は昔つかっていたノートの余りを引っ張り出してくると、何か書き始めた。

 「え、あれでしょ、地球が燃え尽きるとか割れるとかじゃないんだったら、紙ぐらい残るんじゃない? ボトルメールじゃないけど、なんも残さないのなんかムカつかない?」

 それを受けて、母はジップロックとせんべいの大きな缶を出してきた。これにしまえと、そういうことらしい。

 そうやって、私たちは毛布をかぶって、ここにある手紙のようなエッセイのような文書をしたためた。疲れてみんなが眠った後、私は行動を起こした。

 この先を詳しく書くのは、勘弁してほしい。

 もし死後の裁きのようなものが本当にあるのだとしたら、私は胸を張って地獄にでもどこにでも行こうと思う。


 私は、みんな愛していた。

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