第15話

 クレイは、一度この場所を去ることにした。

 ただそのときに、一枚のメモを扉の下に通す。名刺ではない。メモだ。

 そして、クレイがその家から離れて少しした時に、サイレンこそ鳴らさなかったが、一台のパトカーがランプを点灯させながら、クレイの側にまでやってくると、そこから降りた警官がいぶかしげな表情をしながら、クレイに近づいてくるのだった。

 「あ~、少しお話を聞かせて頂いて良いですか?」

 ヤンワリと了解を得るような素振りだが、どう考えてもその対応は、次のクレイの一つで変貌しそうなことは、予想が付いた。

 一人の警官はすでに、銃を抜いていつでも撃てるように、それでも銃口を上に向けながら、後ろで構えている。

 「ああ……」

 クレイは特に手荷物を持っていなかった。両手を挙げた状態で、パトカーの側まで連れて行かれると、身体チェックを行われる。

 ポケットの中まで調べられるが、特に怪しいものは持っていない。

 持っていないが出てくるのはマネークリップに留められた紙幣程度で、それ以上の物が出てこない。勿論身分証明書などは、偽造品である。後は身分証明書だ。コレは勿論偽造であるが、住所はどういうわけか、リッキーの宿となっている。

 ボディチェックをしていた、警官が少々珍妙な顔をして首を横に振りながら、その嘘くさい身分証明書を眺めた。

 「知り合いの知人らしい……」

 警官は少々参り気味に両手を挙げてオーバー気味に首を左右に振った。それから銃を構えていたもう一人に、その必要性が無くなったことを、伝えた。

 「携帯……持ってるか?」

 「ん?ああ」

 すると、先ほど何もないと思われていたコートから、どういう訳か携帯電話が出てくる。それは、何時もクレイがダウジングの振り子を取り出したりしているコートの内ポケットからだ。

 先ほど調べたときには何も無かったはずだと思ったが、それでも確かにそれはそこにある。

 「リッキー……解るだろ?」

 警官はリッキーに掛けろと言っているのだ。

 クレイはリッキーに電話を掛けると、珍しく大声を出し、随分ご立腹なリッキーの声が聞こえる。

 理由は単純で、自分を連れて行かないから、そういうことになるのだと、ある意味この街を知らないクレイに対しての、正しい説教であった。

 

 三〇分ほど経ってから、ジョンのタクシーに乗ったリッキーがやってくる。

 ある意味このペアは外せないらしい。

 「よぉクレイ!御前さん、美人でものぞき見したのかい?」

 などと、洒落にならない洒落を言いながら、対向車線からやってきたタクシーのウィンドーを開けて、手を振りながらそんなことを言うジョンだった。

 「ジョン警部……」

 「やめろ!元だ元!」

 警官とジョンはそんな会話をしている。クレイと彼等が繋がっているということに、随分驚いた様子の警官だったが、そうだと解ると、クレイに対する警戒心は、すっかり無くなってしまうのだった。

 「だから、僕を連れいけっていってるのに!」

 リッキーは、ご立腹であった。クレイも別に彼へのチップを嫌ってのことではないのだ。

 如何せん、追いかけている対象が危なく、リッキーをその深層に巻き込むわけには行かないのだ。ただ、ここまで頼りになってしまうと、彼の存在は益々大きくなってしまう。

 そして、ジョンの存在も大きい。

 そして、なぜそんなことになったのか?という経緯を聞く事になるが、要は通報があったらしい。

 ロングコートの怪しい男が、閑静な住宅街を徘徊していると言うことで、その特徴が彼だったのだ。

 そこで、クレイはポケットの中から、パピーの写真を出す。

 ペットの捜索依頼を受けたと言うことで、探偵業の説明だ。

 このあたりでペットの失踪が多いというのは、警官達も知っているようで、若干その事に頭を痛めているらしい。

 「それで一件ずつ?」

 「まぁ……そんなところだ」

 警官を交えて、彼等は円になって、犬一匹に大層な情報交換を行うことになる。

 ただ、アップタウンは中流から上流の人々の住まう受託地であり、山の手になれば、それこそステータス的な意味合いを含めた住まいとなってくるため、あまり治安の低下は望ましくないのだ。

 そう言う意味では、警察も可成り神経を使っている。

 

 「解った。あまり民間との強力というのは、我々としても公に認めるわけにはいかないが、キミの活動を黙認しよう。だが、我々への報告は怠らないように。いいね?」

 「了解……」

 クレイは目深に帽子を被り、渋々それを了解することにする。

 街を自由に動けなければ、抑も今後の活動に大きな支障が出る。そういった意味では、この繋がりは、彼の重要なコネクションとなるのだ。

 ただその時、クレイは尋常ならざる視線を感じ、ふと視線をそちらに向ける。

 一瞬。ほんの僅かな一瞬、視線が合ったのだ。閑静な住宅街の中で、ひときわ静まり帰ったその家の、窓から覗かれた、何とも陰湿でギラついた狂気に近いその視線をだ。

 ただ、錯覚に思えるその一瞬は、クレイが認識していなければ解らない一瞬の間だったが、完全に視線が地分の意識に焼き付いている。

 それに気がついたのは、ジョンである。

 クレイの視線が一瞬自分達から逸れ、体が硬直したことに気がついたのだ。

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