第12話
日が落ち、時間は二十時を回る。
クレイは、ブロードシティの表通りからはずれた、飲み屋街にやってきていた。
そして、相変わらずの服装である。
バーの名前は、ブラッディーマリー。ピンクのネオンが、店名と、カクテルグラスをかたどっており、ピンクに輝いている。
何とも皮肉な名前だ。それをヴァンパイアが経営しているなど、シャレにもならない。
尤も、そのバーは、彼がそうなる前から有るのだろうから、別に自虐的な冗談を言いたいわけではないのだろう。
店の看板には、時間帯貸し切りの札が掛けられている。時間としては夜中の十二時くらいまでと、割と多めに取られている。
誰のための貸し切りなのかを理解しているクレイは、迷いも無くバーに入る。
店はさほど大きくは無かったが、カウンターに数脚、テーブル席が、それでも五つほどあり、店内は落ち着いたジャズミュージックが流されている。
「やあクレイ!」
カウンターには、ソコソコ背の高い白人男性と、カウンター内では、マーチンがすでにシェイカーを降っており、何やらのカクテルを作っている。
「初めまして。エイブラムスだ」
エイブラムスがクレイに手を差し伸べてくるので、クレイは握手で返す。
そのときにエイブラムスは、若干神妙な表情をするが、握手は問題無く交わされる。ただしクレイは手袋をしたままである。
「悪いが……」
「解ってるって。クレイは水でいいんだろ?」
「ああ……」
マーチンは特にそれを不満にも思わず、自慢のカクテルをエイブラムスに出すと、クレイには水を出した。
「で?」
クレイは、早速依頼の内容を求めるのだ。
「あ?ああ。この子がウチの子で、まぁ……パピヨンなんだが……」
エイブラムスは、写真をすっと呈示する。白と黒のツートンカラーで、何ともやんちゃそうなチワワの写真だ。
「パピーかい?」
「ああ、そうなんだ!」
エイブラムスは、たいそう心配そうな声を上げる。先ほどまで落ち着いた様子を見せていたというのに、途端に心配と悲しみで、顔がくしゃくしゃになりそうになるのだった。
家族同然であれば当然である。たかが犬とは、クレイも思わない。
「で?どうやって、見つけるんだい?」
マーチンは、そちらの方が興味津々である。アパートでパピーの安否を語ったはずなのに、何とも軽い反応である。正直それは勘弁してほしいとクレイは思うのだが、コートの内ポケットから、ダウジングの振り子と、アップタウンの地図を用意する。
「ダウジングねぇ。なるほど……」
「そ……そんなので本当に?」
「クレイのは、本物さ!だろ?」
何をそんなにワクワクしているのか?とクレイは思う。それ以上口を滑らせてくれるなと思いつつ、アップタウンの地図の上で、ダウジングの振り子を動かしてみる。
「パピー、どこかで振るえてないかな……」
エイブラムスは生きていると信じて止まないが、動物がそもそも、一所にジッとしているわけではないのだ。仮に何時間もジッとして動かないのであれば、どこかの屋内か、外であれば、動けない状況か、もう一つは最悪の状態である。
一番最悪な状態は、振り子すら反応しない……つまり、悪い言い方をすれば、焼却炉で燃されてしまった可能性というのもある。
昼間に、最悪のパターンの部類を予想したばかりだというのに、マーチンのワクワクした表情としており、それが腹立たしいクレイであった。
振り子は、一つの宅地の上で、クルクルと回り始める。
「ここ……か?ここにパピーが……」
「まぁ……恐らくね。今は……だが」
「そうか!ウチから近いな。でも、どうしてこんな所に……」
「散歩でも、していたのかい?」
クレイは一つ気になる事を訪ねる。
「いや……。なんていうか、やたら吠えるんで、少し外の様子を見ようとしたら、急に走って行ったんだ。追いかけたんだが……。迂闊だったよ」
なぜ、愛犬の興奮に対して、適切な処置が出来なかったのかと、エイブラムスは後悔の念に堪えない様子だった。
「昼間に?」
「いや……」
クレイはなるほどと思った。恐らくエイブラムスは、何か不審者でも外にいたのだろうかと思ったのだだろう。
夜のヴァンパイアは、人間の想像を遙かに超える運動能力をもっており、譬え犬が全力疾走で追いかけたところで、まず追いつけないだろう。
ただ追いつけないだけなら良いのだが、末期症状になっているとすると、その攻撃性は、非常に危険なものとなっているに違いないと、クレイは思うのだった。
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