第9話
諄いようだが、大多数のヴァンパイアは、互いの素性を明かすようなことはしない。下級以下は、自分で収入を得ることもするだろうが、中級以上のヴァンパイアは、誰かを催淫し、催眠し、そこに寄生して生きていくのだ。
そして、宿主を殺すことはしないし、嗜好の対象としても、ヴァンパイアにはしない。その傍らで、人の血をむさぼり生きていくのだ。まさに寄生虫である。
多かれ少なかれ、彼らはそう言う存在である。
クレイは、宿に着く。
ジョンのタクシーで帰ってきたものだから、出迎えたリッキーは少しご立腹である。
街で偶然であったのだから、こればかりはリッキーに呵られたとしても、どうすることも出来ない問題である。クレイとしても、あまり自分の素性を探ろうとしないジョンは、利用出来る人間であるし、今後も付き合うことで、余計な話もせずに済む。
「解った解った。今度はちゃんと御前さんを通すよ」
そう言って、クレイは部屋に戻ることにする。そして、暫くするとリッキーが、夕ご飯を持ってきてくれるのだ。
「チキンステーキね……」
そう言って、クレイはチキンステーキを、一口大に切り分けて、パンとスープと一緒に、床に置く。それはまたもやトランクケースの横である。
そして、彼自身は二つ目のトランクケースから、まるで健康食品のようなスティックを、包まれているフィルムから取り出して、一つ口に放り込み、少し水を飲む。
彼の食事はそれだけだ。
それから、地図の上にダウジングの振り子を翳す。
しかし、それは、日中に訪れたアップタウンではなく、ブロード・エンパイアビルである。
「コイツとやるときには、覚悟を決めなきゃいかんな……ヤツかどうかは謎だが……」
その地図の上では、酷く振り子の針が振れるのだ。それだけ強力な存在が其処にいると言うことである。
それから、何日か過ぎた頃だった。
クレイは街を歩いたり、ダウジングをしたりと、最初に一日意外は、そんな買う道ばかりをしていた。そして、時折見る不審死のニュース。
大手の新聞では見られない、街のニュース誌ならではの、細かなニュースも多い中、矢張り不審死や、行方不明のニュースが幾分か多く見受けられる。
恐らくあまり多く流しすぎると、不安ばかりが広がるため、記載件数は絞られているだろうが、それでも何れ、人々もそれに気がつき始めるだろう。
いや、すでにこの街はクレイが来る前から、不審なニュースが幾分か多かったはずで、新聞のトップニュースになるほどに、状況は悪化していると言って良い。
ただ、ヴァンパイアによる不審死は何通りかある。
一つは、吸血による失血死だ。二つ目は、ヴァンパイア自身の飢餓による死。三つ目はハンターに殺されての死だが、中級のヴァンパイアならば、弾丸で撃たれ死亡すれば、灰になってしまい、痕跡は残らない。
この場合、彼らが社会に認知されている立場であるのなら、失踪事件となるだろう。
認知されていないのであれば、ニュースにもならないだろうが……。
そのとき、クレイの携帯電話のバイブレーションが鳴る。
「なんだ?」
彼の電話の携帯電話を知っているのは、数知れている。そもそも彼が携帯電話を購入したのは、この街に暫く滞在することを決めてからなのだが、それまではオフィスでやり取りをしていた。
居場所を知られかねない携帯電話というツールそのものを、クレイはあまり好んではいないのだが、宿の電話を連絡網に出来るわけもなく、購入した次第である。
そして、それに際して名刺も新調した次第なのだが、この電話がその第一報ということになる。
「ああ……」
ジョンではない。ジョンにも名刺を渡しているが、彼が名刺を渡したのは、例のヴァンパイアカップルだ。
「ああ?あんたかい?俺だよ。マーチン……この前の、ほら!」
それは男の方だった。今さらだが、男の名前はマーチンという。何というかもどかしいしゃべり方だが、自分からヴァンパイアだというのも気が引けているような物言いだ。
彼自身は最下級で、その症状もあまりないのだろう。
尤も彼女と慰め合っているのだから、幾分かは気が紛れているのかもしれないし、そもそも二人がそれを承知で向き合っているのだから、それ自身はクレイにはどうしようも無いことだ。
「アンタ探偵だろ?一寸した依頼があって、いや。俺じゃ無いんだ俺の知人がね?」
「ソイツもヴァンパイアってなじゃないだろうな?」
「いや。違うって。俺だってミランダとじゃなけりゃ、こんな事にはさぁ……解るだろ?」
何とも奇妙な惚気話だ。ちなみにミランダとは、彼の恋人で中級ヴァンパイアである。よもや殺す対象になり兼ねない相手からの依頼だという。いや正式にはそうではないのだが、こんなに人間味を出されてしまっては、逆に気が滅入ってしまう。
「仕事は、夜なんだ。今から一度アパートに来てくれよ!な?」
「アンタねぇ……」
「バーの常連なんだ!それに電話じゃ話しにくいんだ!じゃぁ待ってるよ!」
そう言うと、彼は通話を切ってしまう。こちらの予定などまるで気にしない様子だった。
「世も末だ……」
クレイは、帽子を目深に被り、深い溜息をつくのだった。
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