第8話

 「やれやれ……」

 正直収穫があるとは言えなかった。彼がこの場所を訪れたのは、尤も接近が容易いからだった。隣人に何があってもあまり気にしない、見て見ぬ振りをする、希薄な人間関係。

 粗雑で皆無なセキュリティ。何より、日中に活動が難しい中級ヴァンパイアにとって、安い賃貸は、打って付けなのだ。何より、身分確認もアバウトである。

 溜息をついて、表通りに戻ったクレイが、人並みにあわせた歩幅で、リッキーの宿へと戻ろうとしていた時だった。

 車のクラクションがなり――。

 「おい!クレイ!」

 ジョンである。どうやらこのあたりを流していたらしい。

 「なぁ乗ってかないか!?いいだろ!?」

 彼は相変わらず、渋い声でコミカルに話し、ウインクまでしてくる始末だ。どうやら、客が捕まらないらしい。それにしても声が大きい。あまり注目を浴びるようなマネはして貰いたくない。

 それに、彼にはこれからも街の情報を貰わなくてはならない。電車を乗り継いで、宿へ戻るつもりだったが、クレイは目深に帽子を被り、ふっと溜息をつくと、足を止めた。

 「そう来なきゃ!話が分かるねぇ!」

 ジョンは、路肩に車を止め、後部座席を指差す。

 クレイは、静かに滑り込むようにして、タクシーにに乗り込む。

 「ブロード・エンパイアビルって?」

 クレイは乗り込むなり、ジョンにそう尋ねる。

 「ブロード・エンパイア?逆だぞ?」

 「ああ……いや、聞いただけだ」

 「ああ、なるほど。あそこは、まぁ俺たちみたいな人間には無縁の建物さ。下層はモール。中層はビジネス、上層はブルジョア様のお住まいさ。オフィスだって、そんじょそこらの、三流企業とは無縁のね」

 「ふむ……」

 それだけを聞くと、クレイは項垂れてしまった。

 実はその場所も、ダウジングの振り子が振れた場所でもある。しかし確かに、なるほどとは思ったのだ。セキュリティが高い、高級であるとなると、恐らく人を誑かしながら、甘い汁を吸う手口に慣れている上級のヴァンパイアなら、寝首を掻かれることも無く、安心して過ごせるのだろう。そして、一人で出歩くこともしない。

 これはこれでやっかいだ。尤もクレイは、ハンターでは無く、ヴァンパイアを虱潰しに殺したいわけではない。

 ただ、上級以上のヴァンパイアは、愉悦目的で吸血をするため、それはそれでたちが悪いのだ。上級以上のヴァンパイアが、現在どれほど活動しているかは解らないが、少なくとも始祖と呼ばれるヴァンパイアの、気まぐれの数だけ存在しているのは、確かである。

 

 そして、下級以下のヴァンパイアとなれば、それこそ世界中にどれだけいるか分かったものでは無い。ただ、彼らが言っていたハンター、つまりヴァンパイアを狩る存在もいるために、易々とその素性を現すことも出来ないということである。

 ただ、少なからずこの街での奇怪な事件や、行方不明などは、それに起因するものが、可成りあるに違いないと、クレイは思っている。

 

 「悪いが、アップタウンの方を流してくれないか?それから宿へ……」

 「まいどあり!」

 

 クレイはジョンのタクシーで、アップタウンを方角へと向かう。

 理由は簡単だ。探索の続きである。

 クレイのヴァンパイア捜索に関わるダウジングには、一つ条件がある。それはある程度場所を知っているということだ。

 つまり知らない街の地図をダウジングしたところで、それは起こりえないということである。逆に言えばくまなく探せば探すほど、その精度を上げることが出来るのだ。

 何となく街のイメージと地図が一致していることが条件となるとでもいいのか、道の嗅覚が働いているのか?とまぁ、要はそんなところだ。

 

 今回のヴァンパイアカップルの例は、ある意味そんな場所にヴァンパイアが二人もいたからこその反応だったとも言えた。

 

 問題は、すでに自分の痕跡さえ消すことを忘れたヴァンパイアをどう探すか?ということのなる。日中は、どこかの建物に息を殺して隠れているのか、それとももっと人目の付かないところに潜んでいるのか?ということになるが、とりあえずは日中に動く事の出来ない中級のヴァンパイアの所在を手当たり次第、暴かなければならない。

 そう考えると、先ほどの二人も、矢張りその場で殺しておくべきだったのではないだろうかと、クレイは思う。

 「自分の甘さにヘドがでる……」

 「ん?」

 「いや、こっちの話さ」

 アップタウンを一通り回った後の、二人の会話だった。

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