第7話
クレイはノックをするのをやめ、ドアノブに手を掛ける。
だが、当然のことながら、鍵が掛かっているのである。物騒な都会に住むのなら当たり前の事である。
当然だが、そこでクレイは、ドアノブを掴みながら、何やらブツブツと言葉を発し始める。
そして、再びドアノブを捻ると、容易に解錠出来ており、ドアは開かれる。
立て付けの悪い、今にも軋みそうな扉だが、ゆっくりと開けると、男女はどうやらクライマックスのようだ。
それでもクレイは、恐らく左横が浴室となっているであろう、狭い廊下を通り、そのまま遠慮無く奥まで早足で突き進むと、左壁奥で、夢中になっている男女に対して、懐から銀の短銃を取り出し構える。
型式としては、リボルバーである。
「二人とも動くな!!」
と、突然睦み事の最中に声を掛けられた男女は、驚き、シーツで肌を掻くし、驚きで目を丸くして、口を情けなく開けながら、目深に被られた中折れ帽の奥から二人を冷徹に睨む、ぎょろりとした、クレイの目と合う。
「な!なな!なん……」
恐らく「何なのだ」と言いたい男だが、銃を突きつけられており、言葉が出なくなっている。
〈どっちだ!?男か!女か!〉
クレイは、素早く男女の首筋を見る。
すると男女両方の首筋に、牙を突き刺したような跡があり、そこは明らかに鬱血しており、互いに少し血が流れている。
「両方だと!?」
クレイは、予想外だと言いたげに、交互に二人に銃口を向ける。
二人は共々、自分達は何も悪いことはしていないと、アピールするかのように、肌が露わになるのも変わらず、コミカルなほど大げさに両手を挙げて、無抵抗を示す。
「共食い……か?」
慌ててターゲットを決めかねているクレイの構える銀のリボルバーを見て、男は気がつく。
「アンタ……ハンターか?ハンターなのか!?」
「あ?!いや、違うが!お前等……なのか?」
「待ってくれ!俺たちは……いや、そうなんだが違うんだ!」
お互い。思いもしない状況に、慌てふためいて、会話にならなくなっている。だがクレイには理解出来たことがある、彼はこの状況において、二対一だというのに彼らは、自分に無抵抗なのだ。
「誓え!」
クレイは、唐突にそんなことを言い出す。
何なのかと思ったが、男は怯える女を庇うようにして、唯々頷くのである。恐らく意味は分かっているのだろう。それは感情のある人間としての尊厳で、要するに抵抗しないということを、求めているのだ。
「ふぅ……」
クレイは、中折れ帽の頭を押さえ、緊張の糸が切れたように、一つ呼吸を入れるのだった。
裸のままでは、どうにもならず、男女は服を着て、キッチンテーブルにて、話を聞くこととなる。
男はまず、小指で自分の口を広げて、牙がある事をクレイに見せる。
勿論それは、クレイが要求したことであったことだからなのだが、だとしたら普通は彼らは殺されてもおかしくないのだ。
何故なら彼らは、ヴァンパイアだからだ。
ヴァンパイアといっても真祖から最下級まである。真祖は気まぐれだが呪力も強く、また逆に最下級は吸血衝動はあるものの、ほぼ人間と変わらない。言える事は彼らは闇の眷属であり、夜にこそその力を発揮するのだ。
クレイが銀色の銃を手にしていたことから、自分達を狩りに来たのかとおもったのだ。
何故なら、ヴァンパイアは人間の血を吸い、最終的には彼らの命を奪うからである。抑えきれない吸血衝動に負けて、その快楽に溺れてしまうのだ。
特に中級と下級のヴァンパイアはその傾向にあり、最下級と始祖は、理由は違えど何処まで強烈な吸血衝動に駆られることはない。双方は食事もするし、吸血もする。
「ボクはいわゆる最下級さ……だから、その……」
首を横に振り、吸血をしなくとも生きていけるし、彼は自分と彼女の肩を指差し、互いの血で慰め合っているのだと主張する。
そう、ヴァンパイアは共食いもするのである。
「私は、中級で夜しか活動出来ないわ……」
中級のヴァンパイアは、夜にしか活動出来ない。種族の中で、このクラスが尤もたちが悪いのだ、なぜなら彼は食事はしないが吸血をする。何よりそれが彼らの生命線だからだ。尤も血で縛られた存在で、最も多く存在するヴァンパイだと行っても良い。
このクラスがここにいるということは、少なくとも上級、もしくは最上級のヴァンパイアが一人は存在している可能性がある。
「コイツを知っているか?」
クレイは、セピア色に褪せた一枚の写真を懐から撮りだし、二人に見せる。だが実はこの写真そのものには、とある事情でほぼ意味のないものだったのだ。
ただ、中には長寿である者もいると思われ、微かな期待を寄せてのことだった。
しかし二人は、案の定とでも言うべきか、恐れながら首を振りながら、それを否定する。焦っている様子はない。彼らはクレイが怖いのだ。
「な!なぁ、アンタハンターじゃないんだろ!?頼むよ!!」
彼らは自分達が無害だと、命乞いをしているのだ。
事情は何となく分かる。恐らく男の方が、女をヴァンパイアだと解った上で惚れてしまったのだ。男を眷属にし、尚且つ尤も愛玩に等しい最下級に仕立てたのは、彼が彼女に血を提供するためだ。最下級はその程度しか利用価値がないのだ。
だが、クレイは一枚の新聞記事を出す。
勿論それは猟奇殺人の記事だ。
「違う!彼女じゃない!絶対違う!」
彼はそれでも必死に彼女を庇うのだ。愛とはなんとも強い物だと、クレイは薄っぺらい関心を抱くが、彼の必死さから、彼女が殺人事件の犯人ではないのだろう。
「この街には、どのくらいヴァンパイアがいる?」
「……いや。俺みたいなのは、基本素性を隠すし、人間としての生活はさほど問題がないし……」
と、男は女性の方を見る。
中級の活動は夜だし、日中に出くわすことはまずない。
二人がシケ込んでいたのも、彼女の生活リズムに合わせてのことだ。クレイは新聞記事を戻す。
「アンタを、そんな体にしたのは?」
彼女は大いに首を横に振った。記憶が無いというのか自覚がないというのか?ただ、恐らく何らかの接点はあったのだろう。だとすると、恐らく彼女はその時、催淫状態にあったのだろうし、ヴァンパイアが人の血を吸うときの常套手段でもある。
血を吸われている人間は、死を迎えるその瞬間ですら、恍惚としているのだという。
だが、一人の人間の命を奪いきるほどに、血を吸うのは、末期の吸血衝動を迎えた中級ヴァンパイアの皺だというのが相場であり、それ以上のヴァンパイアとなれば、寧ろ血を吸うことは、嗜好品に近いのだ。
言うなればそう――。
熟成したワインを楽しむようなものだ。そして、血を吸えばヴァンパイア化するというわけでもない。彼らにすればそれは面白半分にすぎないのだ。或いはよほど気に入ったのか?だ。
彼女が、自分の主の記憶が無いと言うことは、恐らく面白半分なのだろう。
彼女の風貌から、仕事の関係は察しが付く。おそらくは夜の蝶といったところか。男の方も肩にタトゥーなどが入っていたことから、恐らくエリートビジネスマンというわけでは無く、昼の職行ではないのだろう。
特になれそめを聞く気にはなれなかった。正直言って、そんな浮ついた話を聞きたいわけではない。彼女がヴァンパイアだと知っていて尚且つ、男もヴァンパイアなのだから、いずれにせよ、互いの身の上を知った上で宜しくやってくれと、クレイは思うだけだった。
ただ、中級のヴァンパイアだけは、放っておけない。彼らは多かれ少なかれ、吸血衝動に負けてしまうのだ。
まず男の血を吸い尽くしてしまうことが、目に見える。
恐らくそうした衝動的な行動が目につき始めた頃に、彼らの言っているハンターに見つかり殺されてしまうのだ。
よって、殺されるのは、大体が中級のヴァンパイアであり、それ以下の存在はひっそりと怯えながら、人間に紛れて生きていくのだ。
「もし、何か解ったら、携帯電話に掛けてくれないか?それがお宅等を売らない条件だ……あと……」
そう言って、クレイは二発の銀色の弾丸をコートの内ポケットから九ミリ弾を取り出し、テーブルの上に転がす。
「アンタは、何れ吸血衝動に苛まれる。一年後か……五年後か……」
クレイは女性の方をギョロリとした三白眼で、見つめるのだった。そしてそれは、死刑宣告のようなものだ。ただ、猶予は与えると言っているだけのことなのだ。
「こんな街だ、銃くらいもってんだろ?」
クレイはそう言うと立ち上がるのであった。現実を突きつけられた、二人は蒼白になり呆然とするあまりだった。
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