第6話

 「ゴメンゴメン!トイレメチャクチャ混んでてさ!!」

 慌ててリッキーが、タクシーへと戻って来るのだった。

 「まぁ今日は日曜日だしな。そういうこともあるさ」

 ジョンはリッキーが遅れてきた理由について特にとがめる様子も無く、慌てて助手席にリッキーが乗り込むと同時に、その場から走り出すのであった。

 

 夕刻になると、クレイは一通り街の観察を終え、リッキーの宿へと戻ってくるのであった。それから夕食を受け取ると、彼は、テーブルに並べられたはずの料理を、何故かひときわ大きなトランクケースの横に置き、彼はテーブルの上に、この街の地図を広げ、細いワイヤーの付いた、銀の振り子を、その上にたれ下げた。

 言わずと知れたダウジングである。

 「レベル2及び、レベル3だな」

 彼はそう言うと、振り子を地図上で動かすと、ある位置で振り子がクルクルと回り始めるのだ。それはブロードシティの裏路地のビルだ。

 「まぁそうなるだろうな……」

 ブロードシティの裏路地には、アパート群がある。表舞台は華やかで、高級アパートもあるが、少し裏に入ると、表のビルよりも低い、古びたアパートも多い。

 元々この町の発展に寄与したはずの建物達であるが、時代が進み文明が進化するほどに、その建物達は時代から取り残され、建築様式も古びて、耐久値も外壁も年々劣化してゆくだけの、落ちぶれたモノと変わり果ててゆくのだ。

 そのうちにそういう建物は、安い宿屋アパートへと変貌し、それに見合った住民層を招き入れ始めるのだ。

 「明日……昼が望ましいな」

 そう言って、クレイはテーブルに広げていた地図に丸を打ち、折りたたむと、壁に掛けていたロングコートの内ポケットにねじ込むのであった。

 それから、再びテーブルの横に戻ると、床に置いていた皿やドリンクをテーブルの上に戻す。ただし、それらは、クレイが手を付けていないにもかかわらず、すでに空になっていた。

 

 翌日のことである。

 クレイは、昨日ダウジングの振り子が示した建物に出かけることにする。ただし、今日は徒歩だ。街の雰囲気は昨日把握したし、地図もある。案内の必要は特にない。

 案内が必要無いということは、リッキーの安定した稼ぎ口が一つ減ると言うことになる。

 このことに対して、リッキーは、若干の不満を見せるが、その前に彼は、クレイの部屋の朝食を片付けなくてはならない。

 それも大事な仕事だ。勿論それだけではなく、宿に泊まっている他の部屋の片付けも行わなくてはならないのだが、リッキーがクレイの世話を積極的に行うのは、自分の連れてきた客だという自負があるからに他ならない。

 「あ~あ……どうやったら、こんな所にマスタード零すんだよ……フローリングとはいえさぁ」

 リッキーは、トランクケースの横に、飛び散っているというか、ポトリと落としたようにこぼれたマスタードを見つけて、少しぼやくのであった。彼は室内に備え付けられているティッシュをひとつまみして、さっとそれを拭き取るのであった。

 そのときに、そのトランクケースには、どういうわけか閉じられた小窓のようなモノがあることに気がつくのだった。

 不思議な作りではあるが、客の手荷物に手を出すことは、彼のプライドが許さない。

 「そういえば、このトランクケースやたら重たいんだよなぁ。何キロ有るんだろう。百キロ花井と思うけど……」

 と不思議そうにトランクケースを眺めて。食器を持ちつつ、部屋の外に出るのであった。

 

 

 ブロードシティの裏路地。

 といっても、メインストリートが現代社会に改修され、道幅も広げられる前は、どこもそれほどかわらかっただろう。

 いや、現実に裏路地と行っても片側一車線の双方向の道路であり、日中は通勤や通学もなく、人気が無いという意味で、都会の居住区だということだが、アパートに詰め込まれた生活の快適性というのは、存外酷いものなのだろうと、クレイは思うばかりだ。

 といいつつも、自分も安宿の一角で、ベッド止まるテーブル、それでもシャワーとトイレはあるが、ワンルームというのが、この街に到着してからの生活環境である。

 この街の狭いアパートに詰め込まれた住人たちは、ほぼ寝起きするためだけに、その場所を使い、補修もされないカビの生えた日の当たらない狭い一室から、毎日の生活を始めているのだ。

 限りなく薄い壁の一枚では、プライベートもままならないのだ。

 昔はさぞ立派であったであろう赤煉瓦造りで五階建ての、ビルの前に彼は今立っている。

 時折ダウジングの振り子を下ろしては、その揺れを確認してみて、彼の確証は何となくそうと繋がったのだが、だからこそ、一つ呼吸を入れて、ゆっくりアパートのステップを登り始めるのだった。

 特に警備などはない。

 そもそも安アパートにそんなモノはない。そして、人を選ばない。入居し、家賃さえ滞納しなければそれで良いのだ。あとは、隣人とトラブルさえ起こさなければ尚良い。

 彼は、建屋内に入って、すぐに右にある階段のに向き、足下の床に書かれているフロアナンバーの数字の上で、もう一度振り子をかざす。

 すると振り子の反応は鈍い。小さくゆっくりと、ブラブラとしているだけなのだ。

 幸いフロアナンバーは、かすれてしまっているが、階段の登り口に書かれており、一つ一つ調べていけばよいだけのことだった。

 一つフロアを上がるごとに、同じ作業の繰り返しで、五回までやってくると、フロアナンバー衲衣で、振り子は大きく揺れ出す。

 「やれやれ……」

 結局最上階まで上らせてしまったことに、若干の嫌気を刺しながら、彼は、廊下の両隣に左右に五つほど並ぶ部屋を見渡す。

 クレイは、安定しない薄暗い白昼色の照明の中、ダウジングをしなが、冷ややかさすら感じる、コンクリート製の床をゆっくりと歩き、どの部屋が目的の部屋なのかと、探りを入れ始める。

 コツン……コツンと、革靴の踵が床に触れる度に、少しだけ反響して、廊下に響くのだ。何とも薄気味が悪い。

 そしてちょうど突き当たりの部屋にまで、足を運んだとき、ダウジングの張りが大きく振れ始め、クルクルと回り始める。

 部屋は左右にあるのだが――――。

 「右……か……左か?いや……右だな」

 クレイは、左右の扉の方に向き、振り子を確認しながら、探しているモノの特定を急ぐのであった。

 右の扉に近づき、ノックをしようとした時だった。微かだが、男女の機微の声が聞こえ始めるのだった。

 「勘弁してくれ……真っ昼間から……」

 クレイは、普段から目深に被っている帽子を、より目深に被るのであった。

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