第5話
クレイは、重たげなロングコートの内ポケットから、何度も見倒したであろう、縦長に折られた新聞記事を取り出す。それから、背に向いていた記事を自分の方へと向け直すのだった。
「それかい?アンタが気にしてるの……」
ジョンは他意は無かったのだ。クレイがこの街を気に入るかどうかという点において、確かにそのニュースはあまり良くない。リッキーも気にしていたことだ。
だから、特段クレイに詮索をする気は無かったのだが、クレイはうかつだったと思い、少しだけ帽子を目深にかぶり、ジョンからの視線を切った。
それが逆に、悟られる原因になってしまい、ジョンとの会話は少し止まってしまう。リッキーの宿もブロードシティにあるのだから、気にならないわけでもないと、ジョンは思ったのだが、それ以上は口にしがたかったが、それでも漸く一言口にする。
「まぁリッキーの宿は、ここいらにある宿の割には、価格も条件も良心的さ。シャワーもあるし、食事もそこそこさ」
「やけに、奴さんの肩を持つんだな……」
クレイは相変わらず目深に帽子をかぶったままだったが、会話には乗った。都合が良かったのだ。新聞のことから、話題が逸れることに。
「いやぁ、コイツを転がす前にな?ヘマやっちまって。世話んなったんだよ」
「ヘマ……ねぇ。」
クレイは新聞にただジッと目を通すが、ニュースペーパーが変化するわけでもない。
「タクシードライバーをやるって事は、この街にも随分詳しいのか?」
それはクレイにとって大事な事だったのだ。なにせ彼はこの街のことを全く知らない。智頭を眺めてみても、立体的にそれを知ることが出来るわけではない。だから、今日は町並みを拝見することにしたのだ。
すると、今まで和やかだったジョンは、目をつぶり若干だが、感傷的な様子で、フフフ……と、肩で小さく笑うのであった。
ミラー越しに映る目元が、なんとも哀愁に満ちているのが解る。
クレイが、ミラー越しに彼の様子をうかがおうとしたのは、まさに彼が小さく笑ったからだ。
「まぁ、お互い話せないことはある!違うかい?」
すると、ミラー越しの視線を感じたのだろう、キラリと光るブラウンの瞳で、クレイに視線を合わせ、いつも通り和やかな表情を浮かべる。だが、目の輝きだけは、タダのしがないタクシードライバーではなかった。
「やれやれ……」
クレイは呟く。上手く話をまとめ上げられてしまったと思ったのだ。
ただ、中々の観察眼であると、感心はした。彼は人間観察を怠るタイプの人間ではないようだ。治安の悪い街の案内人としては、十分利用出来ると思ったのだ。
そう思ったクレイは、またもや内ポケットから名刺を出す。
「クレイ探偵事務所……クレイ=ドールマン……、ロードストン……ボウストリート28……」
ジョンはクレイの出した名刺を見る。
「ああ!アンタ探偵さんなのかい。それでかい!ああ、なるほど!」
やたらと大きな関心を寄せて、ジョンは感嘆の声を上げる。クレイがやたらと市場を知られたがらなかったことと、神経質なほどに視線を合わせたがらなかった理由を知った。
だが、探偵ならば、悟られるべきで無いときは、それなりに怪しまれないようにすべき部分はそうすべきであり、そう言う意味では、クレイは一流ではないし、公的な調査員だったとしても、怪しまれやすい行動を取っている。一流とは言えないと、ジョンは思った。
ただ、クレイが名刺を差し出したと言うことは、少なくとも彼は二人は若干の信頼関係を得たといって良いのだと、ジョンは理解する。
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