第2話
軈てタクシー乗り場へと到着する。
クレイはリッキーに任せることにした。その間、帽子を目深にかぶり、他人と視線を合わせないようにしている。
リッキーはなにやら、一人の運転手と会話をしている。タクシードライバーの柔やかな表情から、二人はそれなりに顔見知りらしいことが解る。
イヤな表情でのやり取りはない。よく会話するという、雰囲気で世間話でもしているのだろうか?少し話が長い気がするが、クレイは待つしか無かった。
一頻り会話を終えたリッキーが、柱に凭れかかりながら休息を図るクレイの側に、小走りで駆け寄ってくるのだった。
「オジサン」
「クレイだ」
柔やかなリッキーに対して、クレイは相も変わらず無表情で、目深にかぶった帽子を少し持ち上げながら、正面を見る。ただし、リッキーと視線を交えることはなかった。
「へへ、宿は安い方が良いでしょ?ブロードシティの方が良い?」
「動きやすい場所の方が良い」
「やっぱりブロードシティだね」
リッキーは、ドライバーと親指を立てあって、予想通りと言ったやり取りをする。
ブロードシティは、この街の全てが凝縮された場所だ。ビジネス、文化、エンターテイメント、芸術と様々な物が入り交じり、この街で何かを求めるなら、まずこの場所だ。ここで一泊してから、気に入った場所に再度探索に出かけても良い。
「ご苦労だったな」
クレイはぼそっと呟きながら、リッキーに一ゴルドー紙幣を渡す。
「へへへ」
本当に小銭だった。一ゴルドーではジュース一本を買うので背一杯だ。しかし、リッキーはそれでも、今日の稼ぎに嬉しそうな表情をする。
別にチップをケチったわけではないので、文句を言われる筋合いはないが、彼の屈託のない笑顔に、クレイはもう一枚、無造作にポケットにねじ込まれていた紙幣から、一枚取り出し彼の手に握らせる。
「わお!すげ!」
リッキーは大喜びする。
「じゃぁあのドライバーに頼めばいいんだな?」
「待って待って!宿もあるんだ!」
どうやら、彼のサービスは至れり尽くせりのようだ。それに、クレイが何かを言う前に、タクシーへと乗り込んでしまう。彼は一応助手席らしい。しかし、何かを思い出したかのように、すぐに車外へと出て、トランクのある後部へと周り混み、クレイの荷物を其所に収めようとするが、彼の力ではとても其所へ押し込めることはおろか、持ち上げることすら出来ない。勿論少々なら、持ち上がるのだが、それは持ち上がるというレベルには至らない。
クレイは、重そうな表情一つせず、トランクケースを其所に収める。軽いわけではない、持っている動作そのものには、ゆっくりとして、思い物を持ち上げる動作になっているが、姿勢の変化や、力みなど全く感じられないのだ。
その細い身体に、なぜそんな力があるのか?と、リッキーは少々不思議に思ったが、トランクの重量は身をもって体験済みである。
尤も残念なのは、仕事が出来ず、追加のチップをもらうことが出来なかったと言ったところだ。
「ロバート、ブロードシティのホテル街へ、プランは……E……いやDかな?」
「はいよ。お前さんに捕まっちゃぁ敵わないな」
運転手の名前はロバートというらしい。やはりリッキーとは可成りの顔なじみのようだ。
「宿の価格は安くて、治安もそんなに悪くなくて、ぼったくりなし!いや、僕の紹介する宿には、そういう悪質なプランはないけどね!」
リッキーは生意気に、ビジネスに対する自負を持っているようで、つんと小生意気で、威張った表情をするが、残念ながら、そんな表情は後部座席のクレイには見えない。
「治安ねぇ。最近この街で、猟奇殺人が何件か起きてるってきいたが?」
クレイは呟いた。この世界的年の情報は、すぐに世界中へと発信される。あたかも世界全体の問題であるかのように、大げさに広がってしまうのだ。
それだけの注目度であることは確かだが、それにしても猟奇殺人とは頂けない。
「そうなんだよね。新聞はさ、猟奇殺人なんて言ってるけど遺体には殆ど争った傷なんてないらしいよ?」
「やれやれ……冗談じゃない」
話を振ったのは明らかにクレイだが、その物騒さと奇妙さに、疲れ切った溜息を吐く。
タクシーは出る。
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