トランクケース
城華兄 京矢
ブロードシティ(プロローグ)
第1話
世界の中枢にあるヨークスターシティ。
この都市は世界中の様々な人種が集まり、多種多様な生活様式を持って成り立っている、いわば人種の坩堝だ。
その都市を支える玄関口にあたる、ケネディアス空港は、まさに世界一多言語が飛び交う空港であり、その名はこの国の栄誉有る初代大統領から、命名されている由緒ある空港である。
世界の玄関、世界のハブ、それがケネディアスという空港である。
建造物の外装は、数年前に改築され最新を誇るが、内装は伝統あるバロック様式であり、堂々とし、豪華絢爛である。
高くアーチ状になった天井が、周囲の雑踏を乱反射させ、騒然とさせ、より賑わいを感じ挿せる。
一日に十数万人と出入りを繰り返すあまりに広いこの空港は、よく来訪者を迷わせた。
今、空港内で一人の男が迷っている。
彼は、あまり縁起の良い服装をしていなかった。
古ぼけた黒いスーツは喪服を思わせ、死人ではないかと見紛う、色つやの悪い血色、細身のせいか、やたらと身長が薄ら高く思える。
その上黒い中折れ帽を目深にかぶり、細長い面持ちで、細く尖った顎といった面立ちをして、ギョロリとした三白眼で周囲を伺っているものだから、誰も彼に近寄りたがらない。
「参ったな……」
彼の名はクレイ=ドールマン。
この都市に訪れるのは初めてだった。正直反響する雑踏に滅入ってしまっている。
窮屈そうに、細いタイで締められた首元を緩め、周囲を見渡す。
確かに案内は出ている。しかし、案内が多すぎるのだ。何より、大きな二つのトランクケースが、彼の行動を鈍化させていた。兎に角効率よく端的に、探せる物を探せれば良いと思っていた。
まずはそう……。今夜の宿だ。
その時、クレイの袖を誰かが引っ張る。
まず、アイレベルで見渡すが誰も居ない。それから少し下を見る。
少し浅黒い、クセのある赤毛の少年が其所に立っていた。身なりは決して良いとは言えず、年がら年中着回されていると思われる色あせた青いオーバーオールと、酷く履き崩されたスニーカーといった出で立ちの少年である。
年齢は十三歳といった頃合いだろうか?この様子から、どうやらまともに学業を営んでいるようには思えない。低収入層なのだろう、修学する余裕がないらしい。
彼は背の高いクレイを見上げ絵ながら、満面の笑みを見せてくる。
「冗談じゃない……」
クレイは、見上げる少年と視線を交えた直後、自らこの複雑な空港からの脱出経路を思案し始める。
「オジさん!」
「お断りだ」
「まだ、何も言ってないよ!」
「先に言っておくが大した金品は持ってない。路地裏に連れ込んで、身ぐるみ剥いでも無駄だぞ」
クレイは見越したように言い放ち、周囲をキョロキョロと見渡すが、相変わらずどっちへ進んで良いか解らない。
「大丈夫だよ!でも、少しだけ案内賃をくれればいいんだ!この空港は広いし、ホワイトタクシーに捕まったら、それこそ、アンダータウンに連れて行かれて、なけなしのお金も取られるよ?」
少年は、袖から手を離す様子がない。様子としては可成り必死なようだが、それほど強引ではない。それに、子共程度の力なら、今でも十分に振りほどけるし、確かにそれほど悪意を感じない。ただ、少々ちゃっかりと小遣いを稼ぎたいという、逞しさは感じる。
見下ろすと、相変わらず、今日の稼ぎのために愛想を振りまいている。
「いっとくが、トランクケースにも金は入ってないぞ」
クレイは上からぎょろりと見下ろした。それでも、少年は首を数度縦に振り、案内を買って出る。
これ以上空港で迷っていても仕方が無いと思ったクレイは、この空港から手早く脱出するために、少年の提案を呑むのだった。
トランクケースの一つをクレーが持ち、片方を少年が持つ。
トランクケースには、コマがついているが、それでも少年には重く、特に彼の身長では、その重心の平均が上がり、途中よろけて倒しそうになってしまう。
「オジサン名前は?」
「クレイだ」
「ふうん。ボクの名前はリッキー」
「そうか、聞いちゃいない」
クレイはリッキーの後をついて行く。しかし、あまり関わりたくないのか、やたらと淡泊で早口気味だった。
ギョロっと三白眼で、前を向いて出口らしき方向を見る。どうやら、空港からは安全に出られるらしいが、問題はここからだ。
「正規のタクシーに乗せてあげるから大丈夫だよ」
「なるほど……」
リッキーは屈託のない笑みを振り向いて何度か向けながら、トランクケースを懸命に引きずって、意気揚々とクレイの前を歩いて行く。
リッキーの印象は、小さくたくましく前向き。恵まれてはいないが、挫けてはいない。そんな印象の少年だった。
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