第7話 強盗とマニュアル車の悲劇

トニーは生まれながらの不器用で、何をやっても上手くいかない男だった。それでも、彼は自分が一流の強盗になれると信じていた。今回の標的は町の宝石店。計画は完璧だった

——ただ一つのことを除いて。


夜中の2時、トニーは薄暗い路地裏に停めた車の中で緊張していた。今日の相棒はジミー、彼もまた犯罪の素人であるが器用さがあり要領の良い男である。二人は計画通り、宝石店の裏口に忍び寄り、簡単に鍵をピッキングして侵入した。店内には高価な宝石が並んでおり、二人の目は輝いた。


「急げ、トニー!警報が鳴る前に全て取るんだ!」

ジミーが囁いた。


トニーはバッグに宝石を詰め込み、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。その時、突如として警報が鳴り響いた。


「くそ、逃げろ!」

ジミーが叫んだ。


二人はバッグを持って店から飛び出し、車に向かって走った。トニーは運転席に飛び乗り、エンジンをかけようとした。しかし、そこで問題が発生した。車はマニュアル車だったのだ。


「トニー、早くしろよ!」

ジミーが焦りの声を上げた。


「ちょ、ちょっと待て、これマニュアルだ!」

トニーはクラッチとギアに手を伸ばし、どう操作すればいいのか混乱していた。


「まさかお前、マニュアル運転できないのか?」

ジミーは信じられない表情を浮かべた。


「そんなこと言ったって、これは初めてだ!」

トニーは必死にギアを操作しようとしたが、車はガクガクと揺れるばかりで前に進まない。


その間に警察のサイレンが近づいてくるのが聞こえた。ジミーは助手席で苛立ちを隠せず、トニーに向かって叫んだ。

「俺がやる、運転席代われ!」


しかし、焦ったトニーはパニックに陥り、さらにクラッチとブレーキを混同してしまった。車は急にエンジンを切り、停止した。


「おい、なんで止まるんだよ!」

ジミーが絶叫したが、すでに遅かった。パトカーが路地裏に到着し、警官たちが車に向かってくるのが見えた。


「降りろ、手を上げろ!」

警官が命じた。


トニーとジミーは仕方なく車から降り、手を上げた。警官たちは二人を取り囲み、簡単に拘束した。


「なんてこった。全て台無しだ!」

ジミーが悔しそうに言った。


「ごめん、ジミー。俺がマニュアル運転できないなんて、こんなことになるなんて思わなかったんだ…」

トニーは情けない顔をした。


警官たちは二人をパトカーに押し込むと、笑いを抑えながら話していた。

「マニュアル運転できない強盗なんて、初めてだな。」


トニーとジミーはそのまま警察署に連行され、取り調べを受けた。トニーは自分の愚かさを悔やみながら、計画がどれだけ完璧だったかを説明したが、警官たちはただ笑うだけだった。


裁判の日、トニーとジミーは法廷に立ち、罪を問われた。判事は二人の話を聞いて、重いため息をついた。

「君たちの計画は本当に愚かだったが、特に君、トニー。マニュアル車を運転できない強盗なんて、聞いたことがない。」


トニーはただ頭を垂れるしかなかった。判決は重かったが、彼はその中で一つの教訓を得た。計画がいかに完璧でも、基本的なスキルがなければ成功はありえないということだ。


刑務所での日々、トニーは自分の愚かさを反省しながら過ごした。彼は二度と犯罪に手を染めないと心に誓い、出所後の人生をやり直す決意をした。


その後、トニーは自動車学校に通い、運転免許を取り直した。彼は自分の失敗を笑い話にしながら、新しい人生を歩み始めた。犯罪から足を洗い、真面目に働くことで、彼はようやく平穏な生活を手に入れることができた。


「マニュアル運転できない強盗なんて、もう二度とならないぞ」

と、トニーは自分に言い聞かせた。彼の失敗は、彼にとって大きな教訓となり、人生を変える転機となったのだった。

そしてトニーはその後、トラックの運転手になることができ、勤務としてはつらい毎日を過ごしていたが、お金を真面目に稼ぐことで働きぶりもよく笑顔で仕事に精を出すようになった。

そこにはもう犯罪を犯す行動もなくなっていた。

数年後、家族ができた。


一方ジミーはそのなんでもこなす器用さが買われ、SPとして活躍し有名な政治家や某有名大企業のボディーガードをして仕事に励んでいる。

もちろんトニー同様、家族もできた。今では二人は時々会って、あの時の話を笑い話にして酒を飲みかわす仲である。


-終-


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