8/12 鬱くん「やあ久しぶり。元気してた?」

 8月12日。鬱くんがやって来る。


 予兆はしていた。だいたいは長い休みの時期。何かしらのトリガーがあって、少しずつ、けど急速に、彼はやってくる。


 昨日までは没頭できるものがあった。例えば入稿データづくり。やらなければいけないことが目の前にあったから、現実逃避をしてなんとかやり過ごせていた。けれど、それもやり終えてしまうと、虚無が来る。

 書ける記事はおおかた書いてしまった。ライターのクラウドソーシングサイトで必死にできそうな仕事を探したが、私でも書けそうなものは無に等しかった。スキルがなければ実力も実績もない。どの会社からもまだ連絡は来ない。

 その「待ち」の空白に、彼が滑り込んできた。


 今回のトリガーは、間違いなくお金がらみのこと。貧すれば鈍するというのか、貯金が底を尽きそうな状態になり、一気に精神状態がぐらついた。普通に生活していたつもりだけれど、自制が足りなかった私の自業自得とも言える。先月には馬鹿みたいな浪費をしてしまったから、なおさら矛先が自分に向かう。

 残高が減った大きな原因は、免許と引っ越し。だけど、それだけじゃない。


 学生じゃなくなって、奨学金をもらえなくなった。その状態で、3カ月、療養と言い訳をして仕事を休んだ。7月から働き始めたものの、8月に給料が出ないことを計算に入れていなかった。なのに感覚は奨学金がある頃のままで生活をしていた。

 もらえると思っていた非課税世帯給付金が、基準より稼ぎが2万超過していたせいでもらえなかった。障害者基準になればもらえるものの、手帳の申請に想像以上に時間がかかる関係で、諦めなければならなくなった。

 長編小説の原価割れ。本当なら私みたいな計算下手な人間が主催なんかしちゃいけなかったんだよな。何にどのくらいお金がかかるのか、見通しを立てることが、自分にとってここまで苦手なことだと思わなかった。自分の無能ぶりが嫌になる。


 もっと貧乏学生らしく、奨学金をもらっている頃から切り詰めた生活をしていれば。あるいは貸与をもう少し借り入れていれば。

 もっと早くに、お金に関する計算違いや、休業中は傷病手当が本来もらえたことも含めて、色々なことに気付けていれば。

 あの時、馬鹿みたいな浪費をしていなければ。


 自分を責める言葉はいくらだって浮かんだ。


 周りの人に頼るくらいなら役所に頼る方が楽だ。そう思って相談しに行った役所では、「もっと親族や知人に相談してから来てくださいね」と、やんわり断られた。緊急小口資金も「これは家賃や光熱費を滞納している方のための精度なので」と。滞納してからじゃ遅いから来たのに。歯がゆいけれど、これも、因果応報という奴か。


 今月から家賃の引き落とし。クレカは、分割申請をすればどうにかなる。それでも月にいくらかかるんだろう。あるいは、来月には印刷代。本については先にお金をもらっているから、今は額面だけ見れば余裕があるが、本来使っていいお金ではない。来月の頭には残高がほぼゼロになる見込み。食費。光熱費。そして医療費。自立支援医療が適応されるまであと3カ月弱かかる。薬の種類はどんどん増えていく。カウンセリング、受けたいけど、無理だよなあ……。

 来月の頭には初任給が入る。ただ、試用期間中だから、その分安くなる。なのに、どのくらいの金額が入るのか、それでどのくらい生活が持ち直すのか、まるでわからない。情報もない。頭が回らない。ただでさえこういう計算は苦手だ。今月をやり過ごせたとして、来月を生きていけるのか、どのくらい苦しい生活なのかもわからない。わからないことが怖い。


 気づいたら、もやもやとまわりを漂っていた真綿に、首を絞められている。

 だけど、自業自得。全部私のせい。だから誰にも泣きつけない。自分が悪いのは、自分が一番よくわかっているから。


 自己嫌悪で死にそう。


 だけど今死んだら、本の代金を持ち逃げすることと等しい。そんな裏切りはできない。したくない。


 今、ぼろぼろ泣きながらこれを書いている。

 泣く資格なんて私にはないのに。

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