7/4 『誰にも奪われたくない/凸撃』児玉雨子
7月4日。曇り。少し涼しい。頭が痛い。気持ち悪い。昼はハーゲンダッツだけにしようと思っていたけれど、母親が昨日の電話でいたく心配していたのを思い出して、コンビニで野菜とハムの巻かれたトルティーヤを買った。youtubeを見ながらカフェオレと一緒に呑み込んだ。空腹感は少しだけ満たされて、代わりに胃腸の動き出す不快な感覚がした。お腹がぐるぐると唸る。気持ち悪い。お腹が痛い。自分が生きているということが、耐え難いほどの生理的嫌悪になって、身体中に広がる。希死念慮とは少し違う何か。死にたい、という気持ちは、昨日ほどはない。
何も食べなくていいなら何も食べたくない、と思う。小さい頃から、ややぽっちゃり、くらいを維持してきた自分の体型が、私は嫌いだ。家を出てすぐの頃は48キロまで痩せていた私の身体は、いつの間にか見たことのある体型を経由して、離島で栄養状態が整うとまるまると肥えてしまった。自分の身体が嫌い。標準より低い背丈も、まわりの子たちみたいに細くなれない手も足も、邪魔な上にやたら「女」であることを自覚させてくるような胸も、全部が嫌い。自分の身体を捨てたい。自分じゃない誰かの身体になりたい。
昨日の夜から、自傷を試みるようになった。これは、自分の嫌いな自分の身体に対する罰なのかもしれないと思う。包丁も、カッターも、少し力を入れるだけでは切れてくれなかった。強い力を入れるのは怖くてできなかった。煙草の火を押し付けようとして、煙草を持ったまま、たった数センチ、数ミリが近づけられなくて、やめた。痛みを怖がる自分が情けなかった。その末たどり着いたのが、自分の腕に爪を立てて、つねること。
刃物で傷つけたり火傷を負うよりも痛くなくて、お手軽。爪と爪の間で肉を圧し潰すくらいの痛みなら耐えられた。つねった跡は、爪の跡が消えたころに、赤く虫刺されみたいに腫れて、その後ぼつぼつと小さな内出血が残った。たったこれだけ。だけど自分の傷跡を見ると少しだけ安心できる気がした。やっと自分を傷つけられたことに安堵していた。
煙草の火を近づけてみた。そもそも遠回しな自傷のために始めた煙草だった。熱くて怖気づく限界が、少しずつ狭まっているような気がした。灰を落とすと熱かった。先端で少しつついてみても熱かった。火口をぎゅうっと押し付けるような、セルフ根性焼きは、まだできなかった。熱かったところは跡すら残らない。ただの自己満足。だけど少しずつ、自己に対する防壁が少なくなってきている。これは進化だろうか、退化だろうか。
手首一帯がぼつぼつと赤くなって、リストバンドみたいに帯を作っている。
私のちっぽけな勇気の証。
こんなことをほざいてはいるけれど、今日は、少しだけ、生きるための努力をした。朝9時半から、約一時間、不動産やさんの重要事項説明をオンラインで受けた。その間に、ずっと放置していた荷物の再配達の予約をした。フォロワーさんの勧めで、市の保健所に電話して保健師さんに話を聞いた。今通っているところとは別の心療内科に電話をして、初診の予約を入れた。引っ越し業者に連絡をした。そのことにもいくらか気持ち悪さを覚えている。
本を、一冊読んだ。
児玉雨子さんの『誰にも奪われたくない/凸撃』。表紙のイラストが少しメンヘラっぽくて可愛らしくて、ジャケ買いしたものだったと思う。二編の小説はどれも、この世を生きることの閉塞感と絶望感の煮凝りみたいで、この世をクソッタレだと思っている人なら共感できるような、人間の生き汚さに満ちていた。人は奪ったり奪われたりしながら生きている。それに知らない顔をして平然と人を傷つけられる人はまっとうに大人になれる。傷つけられた経験を引きずっている人はうまく大人になれない。この社会で「大人になる」というのはつまり、残酷さを自覚しなくなるということだ。自分のしたことに罪悪感を抱かない人間ほど生きやすい。
こういう名前のつけられない息苦しさを言葉にできる人は、すごいと思う。汚さを汚さのまま描ける人。私もこんな文が書けるようになったらいいのに。本になった言葉と、本にならない自分の言葉を、どうしても比べてしまう。
私の不足はいくらでも見つけられる。だけど、自分の文や作品の何がいいのか、何を武器にできるのか、自分では全くわからないし分析できない。自分の中から出る言葉は距離が近すぎて、他人事のように見られないから。
他人にならいくらでも優しい言葉をかけられるのに、自分に向ける言葉も目線も、いつも刃のように尖っている。嫌いな人には優しくできない。それが自分だったら、なおさら。自分を大事にすることは、ある種の罪悪みたいに感じる。
このごろ、ただ生活をするということが、自分を生かすということが、途方もなく苦しい。
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