7/1 睡眠という逃避
7月1日。今日も猛暑で人が死ぬ。
暑さというのはあらゆる気力を削ぐ。外に出ることができなければ、私の家には食糧ひとつない。何をするのも億劫。
私は本を読んでいた。そうすれば、何かをしている気になれるから。やるべきことを少しでもできているような気がするから。
「本を読みましょう。ひとつのジャンルが書きたいなら、1ジャンルごとに600冊。サスペンス×恋愛みたいに、ジャンルを掛け合わせるなら、掛け合わせるジャンルごとに600冊です。学生なら1日に3冊は読めるでしょう? とにかく本を読まないと、作家になるためには」
ある著名な作家が、youtubeの小説講座でそう語った。
本を読むことは作家の十分条件ではなく必要条件だ。
本。すなわち知識と経験の蓄積。それは作家としての引き出しの数に直結する。プロになった人も、そうでない人も、作家を志す、あるいは作家であることを維持するために、驚くほどの本を読んでいる。呼吸や食事と同じくらい、当然のものとして。
できて当たり前の努力。努力だと思っているうちは半人前。
私にとって読書とは、半ば趣味の範疇を越えた義務になっている。
もちろん、本を読むことは好きだ。感銘を受けた本は何冊もある。家にたくさん本を集めて、本棚を眺めているだけで楽しい。
けれど私の消化スピードは、1日3冊を維持するには到底及ばない。調子のいい時は3冊読めることもあるけれど、たいてい集中力が続かない。
それでもがむしゃらに本を読んでいると、ふと、身体が動かなくなった。
昨日は15時を過ぎてから意識がない。数度トイレに目が覚めたが、暗い空をほとんど見ていない。気づくと朝の8時だった。実に15時間以上の睡眠。
私はときどきこんな日がある。不定期ではあるが、平均すると週に1日か2日くらいだろうか。十何時間も、死んだように眠りこけてしまう。ただただ、睡眠を貪る。
「眠れば、何もわからない。何も感じない」
そう歌ったのは、My Hair is Badの「戦争を知らない大人たち」。
目が覚めれば現実がある。焼き殺すような日差し。放置したままの手続き。振込用紙。空っぽの冷蔵庫。少しずつ減っていく口座残高。原因不明の希死念慮。
私を害するものはいない。父親と縁を切ってもう4年経とうとしている。仕事だってもうしばらくない。家にあるのは静かな平穏そのもの。好きなことを好きなようにしていい、ひとりの自由。
そんな自由にあって、私は何もできていない。少しずつ本を読むのがやっと。新しい小説を書かなきゃ。もうすぐ公募を開始する賞がある。私がずっと憧れている賞だ。去年の全力は箸にも棒にもかからなかった。去年を上回るものを書かなきゃ。小説的な面白さと、テーマに対する哲学と、魅力的なキャラ造形とリアリティが同居するものを。
そうして考え込んでいるうちに、また私を眠気が襲う。
何もできずに、今日もまた眠るのだろうか。
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