6/30 『伊藤くんAtoE』柚木麻子
6月30日。今日も酷暑。だけど、そろそろ転入届を出しに行かなければならない。
車持ちの後輩に頭を下げ、9時に迎えに来てもらう。午前中の早いうちなら暑さもマシだと思ったのに、容赦のない日差しが照り付けてくる。アパートの階段を降り、駐車場の出口に停められている車のところに行くだけで、くらくらしそうなほど身体が熱された。
そのまま市役所へ。中は涼しいが、長い待ちぼうけ。『伊藤くんAtoE』の文庫本を開きながら、待つこと1時間超、ようやく手続きが終わる。平日の午前中なのに、どうも人が多い。
車を出してくれた後輩へのお礼に、スタバに寄る。カロリーを気にしてアイスコーヒーにしようと思っていたが、季節限定のメロンのフラペチーノ(どこに行っても売り切れだと風の噂で聞いた)が目に留まり、誘惑に負ける。メロンのフラペチーノはおいしかった。この季節のいいところはアイスとフラペチーノがおいしいことしかない。
後輩と別れる頃には11時をまわっている。あまりの暑さに昼ご飯を買いに行く気にもなれない。昨日一昨日と食べためかぶと納豆もちょうどなくなってしまった。怠惰だとはわかっているが出前館にすがる。ガストは1500円以上じゃないと注文ができないので、冷凍ピザ3枚セットまで追加。レモン味のさっぱりラーメンはとてもおいしかった。
今日の戦果はふたつ。ひとつは『ごみ箱』という短編小説を書いたこと。感情のごみ箱にされるカウンセラーの話。だけど、この小説を私もごみ箱みたいにしていた。思いつくまま書いたものはそれだけ本心に近いのだろう。ただ吐き出すためのアウトプット。なんの創意工夫もオチもない。こんなものを書いて、何かを生み出した気になっている自分に嫌気がさす。もっとちゃんとした、面白い小説を書かないと、前には進めないのに。
そんな不安と焦りに真正面からとどめを刺してきたのが、柚木麻子さんの『伊藤くんAtoE』だ。「伊藤くん」という、プライドが高い小心者のクズ男に翻弄される5人の女性のお話。何一つ自分で成し遂げる気はなく、常に受け身、けれど不満を募らせることだけは人一倍得意。傷つけることに無自覚で、傷つけられることにはとても敏感。そんな伊藤くんに、なぜ女性たちが惹きつけられるのか。それは、彼の器量のよさでもあり、ほどよく自尊心を満たしてくれる「空っぽさ」でもあり、自分を大切にしてくれない彼に一矢報いたいという反発心でもある。
柚木麻子さんの本は何冊か拝読しているが、この小説は特に、「人間の嫌なところ」を真正面からつきつける鋭さを持っている。誰もが伊藤くん的なずるさを持っており、なおかつ、作中の女性たちのような狡猾さや醜さも持っている。
この小説を読んで思い出したのは、朝井リョウさんの『何者』だ。人間の嫌なところがどんどん剥き出しになっていき、最終的には「剥き出しな嫌な人」同士で対決をするという部分に共通点がある。また、作者自身をも傷つけるような鋭い言葉を生み出す感性も似ている。柚木さんは朝井さんを作中に出す(『私にふさわしいホテル』)こともあるほどの仲(思い入れ?)のようだけれど、若い二人の両作品は、自分自身をも傷つける残酷さが、鋭利な刃物によく似ている。
ここに柚木さんの色があるのは、やはり「ガール・ミーツ・ガール」的な手法だろう。女同士の、文字通りの「愛憎」、時に憎むほど愛してしまう姿を、柚木さんはまっすぐに描く。人間の感情がさまざまな色や形を伴っていることを、巧みな心理描写で表現する。
あらすじからは想像もつかないほど、突き刺さる作品だった。
私のなかの「伊藤くん」を、何も生み出さずに傷つかずに安寧に甘んじていたいという欲望を、私はこれから殺しにいこうと思う。この間書いた長編小説を出せる賞を探して、もう一度読み直す。
それだけが今、私が明確に前に進める唯一の方法だ。柚木さんからもらったエネルギーを糧に、私はどうにか一歩を踏み出そうと思う。
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