エピローグ

昨日の夜、崖から二人の男女が落ちて死んだらしい。


その男女は奇しくも俺、佐藤一郎の知り合いの勇気と希望だった。


「ああ、やっぱりな。」

そうなるんじゃないかって、思ってたんだ。


あの日勇気ときたファミレスの窓側で、俺はコーヒーを飲みながら思い出す。



あの後、俺が二人の死体の第一発見者となった。

警察は、最近した未来の知り合いが死んだと言うことで、自殺と判断した。


きっと、未来が死んだと言うショックに耐えられなかった。とか思ってるんだろう。

なにも知らないくせに。馬鹿だ。


「まあ、いいか。俺だけが全て知っていれば。」


そう思い直し、俺はカバンから盗聴器を取り出す。


「筆箱に入ってるのに気づいたんだったら、スマートフォンも調べるべきだろ。」


勇気は本当に馬鹿なやつだ。ずっと前から俺に盗聴されていることに気づかないなんて。



『佐藤一郎?え、本名?』

『それはよく言われるけどさ、初対面でそれは失礼じゃないか?』


大学の入学式の日、俺は勇気に出会った。…学食で。


『それにしても、よく食べるな。』


入学式ということで、学食は混んでいた。

そこで、知らない奴と相席になったのだが…。こいつ、よく食べる。


『んあ?…まあ、俺は二人分頭を使うからな。』


なんだよ、二人分頭使うって。もしかして、頭がいいのだろうか。


『そういえばさ、一郎?って俺と同じ学部だったよな。よろしく!』

ニカっと勇気は笑うと、目の前のハンバーグを食べる作業に戻る。


…こいつ、実は頭悪いんだろ。


『あ!俺のこと馬鹿にしてる顔だろ、それ!此処の入試とかは余裕だったんだぞ!俺には難しいけど!』


何言ってんだ、こいつ。余裕なのか難しいのかわからない。狂ってるタイプの方なのか。


…でも、面白いやつだな。


『なあ、勇気!連絡先交換するからスマホ貸せよ。』

『? まあ、いいけど。』


なんの躊躇いもなく、勇気は俺にスマートフォンを貸す。


『ほら、よろしくな。』


俺は、勇気のスマートフォンに連絡先と盗聴器を仕込んで返した。




あの後全然気づかれないから、勇気にプレゼントする筆箱にも仕込んだ。

そっちも気づかれなかった。やっぱりアイツ馬鹿だろ。


でも、あの後からだった。勇気のことを知ったのは。




ある日、空気を吸うかのように盗聴をしていると気づいた。


『あれ、こいつ日によって一人称とか性格違くね?』

…そんなわけがない。普通に馬鹿なだけか。


その時、付いていたテレビをふと見るとある特集がやっていた。


ー二重人格ー


彼らが何者なのか、どんな特徴なのかを面白半分で芸能人が説明していた。


『あれ?』

ぼんやりと観ていると、なんだか勇気の特徴にピッタリ合う。



今思うと、きっとそうだったんだろうな。


勇気は、ご飯を食べた。

二人分頭を使うって、そういうことだったんだ。


あの後、未来が死んだ。


勇気は寝込んで、大学で俺に会った時には、さも記憶がないと言ったふうに振る舞った。


記憶が戻る時に腕が痛むのは、未来を崖に突き落とす時に直接触れた場所だからだったんだろう?


苦しんでる勇気を見ると、全部話したくなった。

未来は、俺が殺しておくべきだったと思った。


それはなぜか?


きっと、俺は勇気が好きだった。

それが、友情か、恋慕か、単なる興味なのかはわからないが。



正直なところ、勇気はきっと壊れていた。希望も、俺もきっと普通じゃない。


…でも、この世にまともな人間なんているのだろうか?

みんな、心が壊れたまま抱えて生きているんだ。




コーヒーを一口、口に含み窓の外を見る。


ある女学生が胸に本を抱えて走っていった。


あれは、「走れメロス」だったか?


「ああ、そうだ。」

人の心は移り変わる。自分が誰だかわからなくなるほどに。


きっと、あの邪智暴虐の王が正しかったんだ。


みんなみんな、信じられない。


狂っていたのは邪智暴虐の王じゃない。


俺たちの方だったんだ。



窓の外で、灰色の顔をした人々が曇った雲の下を歩いていった。






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君は誰?僕も誰? ぐらにゅー島 @guranyu-to-

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