第12話

『おい、待てって!』

よくドラマなどで、走り去る意中の相手を追いかけるシーンがある。

しかし、彼女の方が足が速かったら追いつけないのにな、と思う。


『速いな…。』

未来の背中は遠く、全然追い付けない。


俺の体力は削られ、スピードは落ちていく。

だが、未来との距離が離れないと言うことは、きっと君も追いかけて欲しいと願っているからなんだろう?


その時、未来が立ち止まった。


まるで導かれるかのように、人気のない崖の上に俺はいた。


『ね、ここは景色が綺麗なんだよ。』

未来は僕を見て言う。


『私のお母さんがね、ここで私の名前を決めたんだって。がここからなら見える気がするからってさ。』

寂しそうに、君は笑う。


『お母さん、ここでプロポーズされたんだ。だからお母さんには此処が幸せな、綺麗な未来が見えると思ったんだよ。』

未来は、目を伏せて言う。あまりにも此処は静かで、君の声はこの場に響く。


『だからさ、此処に勇気と来たかったんだ!勇気と、綺麗な景色が見たかったから!』

君は、僕に告げる。まるで、指輪を渡すかのように。


『そう、なんだ』

ありがとう、その一言が出てこない。


俺は、未来にそこまで言ってもらう価値があるのか?


『なのに、なのに、なのに!!』

急に、未来は泣き始めた。


『なん、で?なんで、希望と、いたの?なんで、抱き締めて、たの!』

言葉を途切らせながら、俺に語りかける。


『ね、勇気は気づいてた?勇気からデートに誘ってもらったことないんだよね、私。』

突然、なんの話だ?


『勇気の方からから、好きって言われたことない。撫でてくれたこともない。ましてや、抱き締めてもらった事もない!』

…ああ、そうか。君は嫉妬してるんだ。


『ね、なんで!なんで希望は抱き締めるの?』

君は俺のことが好きなんだな。


『私のこと、好きじゃないの?』

ああ、好きだよ。


『俺は、未来を。』


強く、君を抱き締める。


『へ?え、あ…』

急なことで、未来の体は小さくなる。


『誰よりも、誰よりも俺は未来を愛してる。どこにも、いかないでくれ。』

俺は、出会ってからずっと、君の天真爛漫なその姿に、声に、髪に、服に…全てに魅了されていた。


『ちょ、ちょっと勇気!?痛い、痛いってば!』

未来は必死になって僕に訴えかける。そんなに照れなくてもいいのに。かわいいなあ。

だから、もっと、もっと強く抱きしめよう。



君を好きだと気付かないようにしていたんだ。


君を、傷つけたくなかったから。


君を、大切にしたかったから。


君を、君を、君が…好きだから。


きっと【僕】ならそうするから。



『ちょっと、痛い!本当に痛いの!!』

ドンっと、未来は俺を突き放す。


『…え?』

俺を、突き放す?


『勇気、痛いってば…。気持ちは嬉しいけどさ?』

なんで?なんで俺を離した?


『今日の勇気、なんだか変。ちょっと怖いよ…?』

どうしてそんな顔をするんだ?


『どうして?君は俺を好きなんだろう?』

『もちろん、好きだよ!でも、今日の勇気はちょっと怖いから嫌いかな…。』

…どうして、俺を拒絶するんだ?


こんなに愛しているのに。

君も、俺が好きなのに。どうして、離れていってしまうんだ。


『あ…。』

そうだ、君はそのまま、そのままの君でいればいいんだ。


『未来。』

君の名前を呼ぶ。


『愛してるよ。』

だから、君の背中を押す。


『え、勇気?あ、嫌、きゃああああああ!!!』

君は崖を落ちていく。


『泣いてる顔も、綺麗だよ。』


君は白だけじゃなくって、赤も似合うんだね。


崖の下を見て、そう、思った。

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