第2話

沢山の花の中で、白い服を着た君がほのかに僕に微笑んだ。そんな気がした。

…それが、この3ヶ月で思い出した記憶だった。


「無理しなくていいよ。勇気には私がついてるからさ。今も、昔も。」


白いワンピースの彼女…もとい、未来は僕が目覚めたあの日からずっと僕を支えてきてくれた。


「記憶が無い方がむしろ良かったんだよ、きっと。あのことを思い出さないんだからさ。」

未来はそういうと、僕に微笑みかける。


きっと、僕はこの笑顔が好きだったんだ。



大学2年の冬、僕は殺人事件に巻き込まれた。

そうは言っても記憶がないから、両親と未来から聞いたことだが。


未来は、最初はこの事件の話をしたがらなかった。でも、僕がお願いしたら、少しずつ話してくれたんだ。

きっと僕のことを思ってくれたのだろう。


その殺人事件は、クリスマスも近づいた雪の降る日に起こった。


大学から自宅へ帰る途中にある、丘の上から女子大学生が落ちたらしい。

その場に俺も居合わせてしまい、それを見たショックで倒れたのでは、とのことだった。



今、僕は記憶を失ってしまった。いわゆる「記憶喪失」というやつだ。


これこそご都合主義のように聞こえるが、勉強や、日常生活を送るために必要なことは大体覚えていた。


ただ、ここがどこで、僕が誰なのか、そして両親のことすら覚えていなかった。

だからもちろん未来のことも覚えていない。


彼女がいうには、僕たちは同じ大学で出会ったらしい。大学一年の時に付き合い始め、その後俺は事件にあった。



「勇気、そろそろ大学も行き始めるの?」

見慣れた病室で、見慣れた白いワンピースを着た未来は僕にお茶を入れながら話しかけて来た。


「まあ、そろそろリハビリも終わるしな。」

僕は一ヶ月寝たきりだったので、筋肉が衰えうまく歩けなかった。


ようやくリハビリと身体検査が終わるので、日常生活に戻るべき時だ。


「大学のこと、覚えてる?」

未来はお茶を僕の前にコトリ、と置くと首を傾げ、こちらを見た。


「正直、全く。」

大学までの道や、学食などの設備は未来に案内してもらえる。しかし同じ学科ではないので、授業まで付きっきりで見てもらうことはできない。


「できる限り頑張るよ。記憶も戻るかもしれないしな。」

僕がそういうと、未来は少し眉を下げながら微笑みかえしてくれた。


…その笑顔の理由を、僕が知るのはまだ先のことだった。


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