物語

「物語…?でもあれは日記じゃ…。」

「物語というのは何も本の中にだけあるものではありません。

あの日記を持っていた方自身の人生、ストーリーを買わせて頂いているということです。

誰かが生きた証、それは美しいものでしょう?」

にこりと微笑みながら店員さんは言った。

俺ははぁ…と答えるしかなかった。


「この日記の前の持ち主は体を病魔に侵された、まだ年若い少年でした。

手術の前にこの日記を買ったそうです。


少年はこの日記に元気になった自分の人生を記すのをとても楽しみにしていたそうです。


ですが、手術後病気が悪化し、この日記にどこの誰でもない誰かへのメッセージとして自分の代わりにあなたは「生きて」、と記しました。


それを遺言と言わずしてなんと言いましょう。」


俺は昨日そんな大切な意味が込められたメッセージ気味が悪いと一瞬でも思った自分を恥じた。

店員さんは話終わり、こくりと冷めかけたお茶を飲むとじっとこちらを大きな瞳で見据えた。

「今のお話をどう思われますか?それでも、お売りになりますか?こちらの日記を。」

「…いえ、売りません。

そんな素敵なメッセージが込められたものなら、尚更…。

俺じゃ代わりになれないかもしれないですけど…。」

そう呟くと、店員さんはにっこり笑って言った。

「よかったです。

貴方らしくに生きてくれさえすれば、彼もきっと

僕としては売っていただいても一向に構いませんが、自分へ宛てられた恋文を読んでいるような気がして。」

恋文…?日記なのに…?そう考えていると俺が今まで日記に記してきた店員さんへの思いの数々を思い出した。

「あっ…、読んだんですか!?」

「えぇ、先ほど。」

そして、店員さんは俺が卒倒しそうになる二の句を告げた。


「それに僕、男ですし。」


こうして俺の淡い小さな恋は、終わった。

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