文字

「あの、この本、売りたいんですけど。」

 そういっていつぞやの古書店の店員さん?に日記帳を手渡す。

 店員さんは驚いた顔をしつつも、受け取ってくれた。

「おや、気に入って頂けたのだとばかり。

 差支えなければ理由をお聞きしても?」

 あまりに売るのが早かったせいか、理由を聞かれた。

「ここに文字が…、生きてって。

 気味、悪くて…。」

 と俺があったことを正直に伝えると、店員さんは苦笑して

「古書ですからねぇ。誰かの手に渡ったものですし、ありえないことではありませんよね。それがどんな文字であったとしても。」

 といった。

「それはわかってるんですけど…。

 生きてって文字が気味悪くて。」

「生きるという文字はいい文字ではないですか?

 死を連想する言葉よりはよっぽどいいかと思うのですが…。」

「で、でも生きてって、まるで誰かの遺言みたいで…。」

「えぇ、遺言ですから。」

 俺は耳を疑った。

 え?え?と聞き返していると、また店員さんは繰り返して「遺言ですから。」と言った。

「この子には少し事情がありまして、前のご主人は亡くなったんです。」

「なら、尚更…!!」

 俺が次の言葉を紡ぐより前に、店員さんは片目をつぶり口に指を当て、こう告げた。

「詳しいお話は、お茶でも飲みながら、ね?」

 俺はその美しさに圧倒され、ふらふらと奥の古びた畳部屋に通された。

 畳部屋は店の外観から分かるようにボロボロで、でもしっかり手入れされているのが分かった。

 店と同様、本が所狭しと肩を寄せあって並べられている。

「どうぞ、お好きなところに御かけになってください。」

「あ、はい。」

 お茶を持ってきた店員さんに促され空きスペースに腰を据える。

 出されたお茶は紅茶ではなく緑茶だった。

「では、お話を。」

 店員さんは自分の湯飲みを手に持ちいった。

「私は物語を買わせて頂いております。」

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