第129話 開かれた未来
魔族の浮島に戻った後、ジルギウス王子の側近の手配で、もらい受ける別荘を管理している者に向けて先触れを出してもらうと同時に、近衛の案内で現地に向かった。
やがて現地に到着すると、そこには、切り立った山の頂上に前々世のドイツのノイシュバンシュタイン城のような美しい城が建っていた。
「こ、これは・・・ずいぶんと大きいわね」
そんなに大きくなくていいって言ったけど、テラの王族と同じで、これでも別荘だから小さいという認識なのかもしれない。
『いささか古い城ではございますが、姫様は美しい城にお住まいとのことで、それに匹敵する城はここをおいて他にないと、殿下の一押しの文化遺産でございます』
こんなところにどうやって建築したのかしら・・・って、そういえば、魔族は空を飛べるんだったわ。
そんなことを思っていると、先触れにより知らせを受けたのか、城から執事然とした魔族が飛んできて、案内してくれた近衛の魔族から引き継ぎを受ける。
『こちらがメリアスフィール・フォン・フォーリーフ様だ。事前に聞き及んでいると思うが、くれぐれも、失礼のないように』
『委細、承知いたしました。このローレンス、姫様の忠実な下僕としてお仕えする所存でございます』
なんだか変なフレーズが聞こえた気がするけどそれは後回しにして、私は二人に古城を改修していいか確認する。
「とりあえず改修して安全性を確保したいのだけど、手を入れても構わないかしら?」
『はい、お好きなようにお使いください』
「ありがとう、じゃあ、少し待ってちょうだい」
パッと見た感じではそのままでも十分美しいけど、やっぱり新品にした方が安心よね。
そう思った私は、早速、玄武をフェンリルちゃんに連れてきてもらって改修をお願いする。
「じゃあ玄武、下の地盤ごと城を補修してから、白い壁や内装、廊下は大理石、屋根は黒曜石でコーティングしてくれるかしら」
『お安い御用じゃ・・・ほれ、このような感じでどうかの?』
在りし日の姿を取り戻した古城は、さらに大理石と黒曜石により磨きをかけられて生まれ変わった。何度見ても、玄武のリフォーム術は目を見張るものがあるわ。
『さ、さすがは姫様でございます!』
「あ〜、ローレンスさん?その姫様というのはちょっと。メリアと呼んでくれていいのよ?」
『とんでもございません!使用人の身で、魔族を滅亡からお救いなられた姫様を愛称でお呼びするなど到底できません!』
はあ。パリッとした本職執事のローレンスさんは、見た目通り融通が効かない。これは恥ずかしい呼び名を受け入れて、サービスを享受するしかないわね。
と、その前に神仙水から神仙石の結晶がどれくらい生成できるか試しておこうかしら。
「青龍、ちょっと大量の神仙水を生成するから空中で静止しておいてくれるかしら」
そう言って水の女神の錫杖を取り出すと、水球を魔法で生成する。
「水の女神の雫よ、ここに在れ!」
ゴポン!
「・・・思っていたより大きな水球ができてしまったわね」
『
一滴って、いつぞやの運河の通過で必要とした水くらいあるんじゃないの?ひょっとして、水の女神の加護を得た巫女が存命していた当時は、錫杖で運河を運用していたのかもしれない。
それはさておき、この水球を神仙水にしないといけないわね。
「慈悲深き水の女神様に願い奉る。生命の源、御身が恵みの雫を今ここに」
水の女神様への祈りと共に錫杖を水球に突き出すと、大量の
「水分子除去、液化、一様化、結晶化・・・」
一時間くらいそうしていると、十メートルくらいの神仙石の結晶ができたけど、神仙水はたくさん残っていた。これはひょっとして、光ファイバーの製造と同じで寝ながら長時間生成する必要があるパターンかしら・・・あ、そういえば讃美歌を歌えば三倍ね。錬金術と言っても初歩の基本プロセス過ぎて失念していたわ。
その後、神聖錬金術で加速して十メートルくらいの神仙石の結晶を十個くらい作ったところで、ようやく生成した神仙水が尽きた。
「とりあえず、これだけ作っておけば聖魔石にする材料としては十分ね」
土砂にも神仙石は含まれるとは言え、毎回、大量に掘り起こしていたんじゃ地盤が緩むだろうし、神仙水からうまく結晶化できてよかったわ。
『
「あ、忘れていたわ。ありがとう」
今まで作ったこともないような大きさだったし、青龍の重力制御を解いた途端に空の彼方に飛んでいってしまうところだったわ。
私はとりあえず五個ずつ二つの魔法鞄に作成した神仙石を収納すると、片方を近衛の魔族に渡す。
「聖魔石はおいおい作っていくとして、当座の分として五個だけ渡すわ。ジルギウス王子に用途は任せると伝えて」
『かしこまりました。確かにお預かりしました』
これでよしと!それじゃあ、文化遺産の城を見物させてもらおうかしら。
「そういえば、あの城はなんと呼ぶのかしら?」
『オルフェリア城と申します。どうぞこちらへ、中をご案内いたします』
こうして、魔族の浮島における古城生活が幕を開けた。
◇
あれから魔族の文字を水鏡とライブラリを利用した高速学習法で習得した私は、ジルギウス王子が寄越してくれた魔導回路の権威であるニグレドさんに師事し、高速学習法と講義の併用で魔導回路を習得した。
「率直に言って、魔導回路は面白いわ」
基本的に重魔鉄を導線として魔素を伝達し、ミスリルに神仙石の
街灯の魔素による光を遠隔操作でオンオフできるなら魔素を固体にした魔石も操作できるのではと、街灯の代わりに光の魔石や風の魔石や火炎の魔石に接続してオンオフを試してみたところ、問題なく遠隔操作ができてしまった。
今まで魔石を使って実現していた魔道具に制御を加えることができるとなると、蒸気機関の効率アップや飛行機に使用する風の魔石の出力制御など、幅広く応用が効きそうだわ。
さらなる探究として、魔導回路は小さくても機能するのか試したところ、針の先ほどでもきちんと動作したことから、どこまで小さくできるのかと、電子回路のようにプロセス加工によるマイクロ回路の作成を試みた。
まず、魔導回路の導線を描いた切り絵とゲートとなるスイッチの切り絵の二枚を通過した光をレンズで縮小して蝋に焼き付け、光の熱で生じた凹面に常温鋳造でそれぞれ重魔鉄とミスリルを流し込んで張り合わせることで、非常に小さいゲート回路を作ってみたところ、ちゃんとオンオフ制御が動作した。
つまり、重魔鉄とミスリルによる魔導集積回路が作れてしまうということよ!まあ、作ってどうするという話もあるんだけど。
『姫様、すごいですぞ!魔導回路の歴史が千年は進みました!』
ニグレドさんは感動してプロセス加工で実現した極小魔導回路を褒め称えただけど、それは少し言い過ぎじゃないかしら。確か電気回路が出来て電卓ができるまでそこまでの年月はかかっていないはずよ。
圧倒的に長い寿命を持つから、人間のように死ぬ前までに実現しようとする強烈な目的意識を持てないのかもしれないけど、二進法の四則演算を伝えたら百年経たずに電卓、いえ、魔卓が出来るんじゃないかしら。
ならば、ここは一つ、未来に向けた布石を打つことにしましょう。
「ニグレドさんは、こんなことが出来ると思う?」
そう言って水鏡を通して二進法による四則演算の原理、十六進数表現と文字コード対応、電卓やコンピューター、表計算、記憶装置、通信、ネットワーク、三原色によるディスプレイ表示などのイメージを見せてあげる。
『まさか・・・いや、でも理論的には可能・・・なのか?』
ああ、やっぱり権威の頭脳をもってすれば可能に見えてしまうのね。ならば、
「ニグレドさんの寿命なら、そう遠くない未来に実現できるかもしれないから、出来たら教えて欲しいわ」
必殺、丸投げよ!餅は餅屋、魔導回路は魔導回路の権威に頼むに限るわ!
『かしこまりました。このニグレド、生涯をとして実現し、姫様への恩返しとさせていただきます』
「ええ、期待して待っているわ」
今まで緩やかな滅亡に向かっていた魔族だけど、開かれた未来に向かって
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