第130話 魔族と有翼族の停戦

『ミストリエル族長、魔族が停戦の使者を送ってきました!』

『なんだと?何をたわけた事を。追い返せ』


 奴等が神仙石を食料とする限り、我ら有翼族とは絶対に相容れぬ。それに、奴等は現存する浮島を全て食らい尽くした後は、死に絶えるしか道はないのだ。我らが自己犠牲の精神で浮島を譲ったとしても未来がないのであれば、我らが生き残るのが筋というものだろう。


 そんな幾千年と続く過去の歴史を思い返していた族長は、次に発せられた言葉に我が耳を疑うことになる。


『そ、それが、神仙石のに目処がたったと、十メートルはあろうかという巨大な神仙石の純結晶を五個も渡してきました!』

『な、なんだと!そんな馬鹿な!』


 今、生産と言ったか。あれは生産できるようなものではないはず。


『して、その神仙石はどこにある?』

『こちらの鞄に収納されております』


 族長の目の前にさし出された鞄は、二十センチ程度の大きさの普通の鞄だった。


『先ほど十メートルの大きさと言っておったであろう。ふざけているのか!』

『滅相もございません、この通りでございます』


 そう言って鞄から十メートルの神仙石の純結晶が取り出されると、あたり一面に濃厚な神気プラーナが立ち込めた。有翼族が生存に必要とする濃度を超越する神気プラーナを全身で感じ取れるそれは、魔族の言葉が真実であることを雄弁に物語っていた。

 そして、それ以前にあの鞄だ。あんなものを用意できる存在は、過去数千年の歴史を紐解いても、使徒様以外にあり得なかった。つまり、


『かの使徒様は、今は魔族についておられるということか』


 赤道付近の無人島で見つかったという使徒様は、その後行方をくらましていたが、どうりで見つからぬはずだ。だが、神の如き力をお持ちの使徒様が魔族に囚われているというのは考えにくい。つまり、自発的に身を置いておられるということになる。


『そんな!使徒様は我ら有翼族こそがお仕えすべき尊きお方。それが魔族になど!族長、今すぐ聖戦の発動を!』

『慌てるでない、まずは使徒様の御意向を確認する必要がある。良かろう、停戦交渉に応じると使者に伝えよ。ただし、使徒様の御同席を絶対条件とせよ!』

『なるほど!承知ッ!』


 踵を返して魔族の使者の元に急行する側近を見送ると、改めて残された五つの神仙石の前に立ったミストリエルは、感嘆の声をあげる。


『それにしてもなんと力強い神気プラーナの波動であろうか』


 年々薄まる神気プラーナに、まだ発達途上である幼少の有翼族が神気プラーナ薄弱症にかかり亡くなることも珍しくなくなってきた昨今、この神仙石の波動のなんと強力なことよ。神の計らいとしか思えん。

 一通りの確認を終えたミストリエルは、文字通りの神の遣いとの対面に備え、気を引き締めた。


 ◇


 神仙石と聖魔石の生産するかたわら、新しく習得した魔導回路によりスイッチ可能な光の魔石を使った室内の明かりや、既存のコンロや冷蔵庫の効率化を試していたところに、有翼族に停戦の使者を送ったジルギウス王子からの使者がオルフェリア城を訪れた。

 使者の用向きは、有翼族との停戦交渉の場に私も同席して欲しいと言う要請で、詳細はローレンスさんを通して聞かされた。


『というわけで、姫様の御同席を求めてきております』

「ものすごく嫌な予感がするんだけど」


 私は、加護持ちであるハイエルフのロイドさんから、有翼族は加護持ちを連れ去る習性があると聞き及んでいる事を話すと、ローレンスさんは、さもありなんと頷く。


『それは、有翼族が住まう神気プラーナの濃度を少しでも高めるための処置ですな』


 詳しく聞くと、浮島が少なくなったことで有翼族が必要とする神気プラーナの濃度が不足してきており、神気プラーナ濃度の低下を少しでも緩和するための方策なのだという。

 加護持ちが垂れ流す神気プラーナまで当てにするなんて、随分と追い詰められているのね。


「でも、それなら神仙石を大量に送れば解決するから、別に私は要らないんじゃ?」


 どう考えても、先日送った神仙石の詰め合わせセットの方が、私から漏れ出る神気プラーナより効果があるはず。


『それはそうですが、姫様が神仙石や聖魔石をお作りになる姿を直接見ている我々でも、いまだに信じられない思いでおりますので、彼らの要求も仕方ないことかと』

「はあ・・・わかったわ。でも有翼族のところに軟禁されるのは御免よ」


 私はローレンスさんの言葉に嘆息しつつも、停戦交渉の場に同席する事を了承した。

 今まで長い年月争ってきたというし、それで無事に争いがなくなるというのなら、仲裁に入るのもやぶさかではないわ。


 停戦交渉は北半球と南半球の中間の赤道付近で行うというので、私は浮島にある翡翠城を交渉の場として提供した。

 魔族と有翼族はともかく、翼のない私が海上で魔法で浮かんでいるのは落ち着かないわ。


 ◇


 使者が帰って数日後、指定の日時に翡翠の城にやってきた有翼族の族長は、私を見るなり驚嘆の声を上げてひざまずいた。


『ろ、六重加護の使徒様とは!三重加護と報告を受けておりましたが』

「ちょっと増えてしまったのよ、それよりかしずかれるのは御免よ。普通に接して欲しいわ」

『・・・お望みとあれば』


 ふぅ、どうやら教皇様と同じで頼めばなんとかなりそうね。そう思いながら、場内の広間に用意された大きめの対面机にそれぞれの代表が着席して私は間に座り、互いの自己紹介が済むと、ジルギウス王子が本題を切り出した。


『メリアスフィール殿の手で、先日送った量の神仙石が毎日生産されている。これで互いに生存をかけて争う理由は無くなったので、停戦に応じてくれないか』


 そう言って、私が作った百個の神仙石が入った魔法鞄があかしとして机に置かれた。側近に中身を確認させたミストリエル族長は、ジルギウス王子がいうことが真実である事を知ると、重々しく頷いて口を開いた。


『それが、使徒であられるメリアスフィール様の御意向とあらば、是非も無し。しかし、メリアスフィール様には、どうか、我ら有翼族の浮島で過ごしていただきたい』


 ミストリエル族長の話によると、私がいるこの浮島の神力プラーナの濃度は非常に高く、神力プラーナ薄弱症で苦しんでいる有翼族にとって良い環境なのだそうだ。


神力プラーナ薄弱症ってどんな症状なのかしら?」


 私が聞くと、後ろに控えていた幼い有翼族の男の子が呼ばれ、目の前に出てきた。彼の翼は萎れ、羽が生え揃っていなかった。


『このように発達不良を起こし、神気プラーナの受容に必要な器官である翼の発育に支障が出るのです』


 試しに鑑定してみると、私の目には栄養失調と出てきた。なるほど、魔族に魔素が必要なように、有翼族には神気プラーナとして必要なのね。でも、それなら話は簡単だわ。


「それなら、これを飲めばいいわ。私の本業は薬師なのよ!」


 そう言ってキュアイルニスポーションと最上級ポーションを渡す私。


 男の子がおっかなびっくりといった風情でキュアイルニスポーションを飲むと、たちどころに栄養失調は完治し、一対の翼に艶が戻った。

 びっくりして体の具体を確かめる男の子は、美しく生え揃った自らの翼を確認すると嬉しげな表情を浮かべ、ポーションの効き目に安心したのか続けて上級ポーションをゴクリと飲むと、それは起こった。


 バサリッ!


 そう、まるで蝶が羽化するかのように、彼の背中から新たに二対の翼が生えてきたのだ。


「あれ?二枚羽だったのに、六枚羽になってしまったけど大丈夫なのかしら?」


 でも、族長も三対で六枚の翼をしてるし、別に問題ないわよね。


『お爺ちゃん!ボク、お爺ちゃんと同じ熾天使セラフィム級になっちゃった!』

『お、おおぉぉぉ!神よ!感謝いたします!』


 ミストリエル族長は全快した男の子を抱き締めると、滂沱ぼうだの涙を流して喜んだ。お爺ちゃんということは、本来は族長と同じ六枚羽だったのね。


 そんな族長達の様子を見て、ジルギウス王子が遠慮がちに聞いてくる。


『メリアスフィール殿、出来れば父上にも、その奇跡のポーションを分けて欲しい』


 どういう事かとジルギウス王子に詳しい話を聞くと、魔族も魔素欠乏症という名の栄養失調に苦しんでいる者が多数いるという。


「別にいいわよ。オルフェリア城に戻ったら沢山作ってあげるわ」


 それを聞いたミストリエル族長が我に帰り、再び詰め寄ってくる。


『どうか有翼族の浮島に来てください。我らにもメリアスフィール様の御慈悲を!』

「ちょっと、落ち着いて!食事や寝るときはこの城に転移してるし、別に魔族の浮島に常駐してるわけじゃないわよ。魔族にしても有翼族にしても人間の料理は食べないんだから、ずっと居たら美味しい食事が取れず私が死んでしまいそうだわ」

『それは大変だ!』


 ミストリエル族長は、私が死んだらどうなるかを考えて顔を真っ青にした。


「あなた達と同様に、人間には人間に必要な食材があるのよ。主に地上にね」


 そう言って、私は青龍の水鏡で色々な料理やお菓子、お酒の類を製造過程も含めて写して見せる。

 人間の料理は食べられればいいってわけじゃないのよ。なにか食べさせておけばいいだろうと固いパンばかり出されたら、私が栄養失調になってしまうわ!


『なるほど、確かに我らでは味が確かめられない。であれば、人間にかしずかせるため、中央大陸で都合の良い場所の国王を退位させて女王についていただき、快適に過ごしていただきましょう』

『それは名案だ。メリアスフィール殿は、どこにでも一瞬で転移できるのだから、普段の生活はストレスなく、ゆるりと過ごしていただくのが良かろう』


 ミストリエル族長とジルギウス王子は意気投合してしまったようだけど、女王に即位だなんて御免だわ。


「女王なんかに即位したら、それこそ忙しくて過労死してしまうわよ。むしろ王都から離れたお茶会や演奏会とは無縁の僻地へきちで、近くにドラゴンなんかが住んでいると最高なんだけど」

「ドラゴンの棲家すみかの近くのどこが最高なんだ・・・」


 後ろでブレイズさんが何か言ってくるけど気にしない。ドラゴンの棲家すみかの近くには、彼らの食欲を満たすための大型動物も多く生息しているわ。きっと、食肉には困らない毎日が過ごせるはずよ!


『それでしたら、ロスガルド王国辺境のライゼンベルクが該当しますが、ドラゴンや大型動物が多く生息しており、かなり危険な地域となります』

「私がドラゴンや大型動物に食べられてしまいそうに見える?」


 そう言って、火の女神の剣を召喚して、四女神の神器をフル装備した姿を見せる私。


『・・・いえ、並のドラゴンが万単位で押し寄せて来ても、一瞬で消し炭でしょうな』


 ジルギウス王子同様、ミストリエル族長は特殊な鑑定で神器の効果を察したのか、形式の上ではライゼンベルク辺境伯として過ごせるよう、ロスガルド王に領地や人員の調整させる事を約束してくれた。


「ありがとう。出来れば優秀な執事と騎士団長、それに料理長をつけるようにお願いするわ!」

『抜かりなく手配させるよう、それはもう念入りに注意しておきます』

「やったぁ!ついに食べられるわよ、ドラゴンステーキ!」


 そう言って無邪気に喜ぶ私の後ろで、ジルギウス王子とミストリエル族長、それにブレイズさんは互いに顔を見合わせ溜息をつくと、何かをわかり合ったかのように、ガッチリと握手を交わすのだった。

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