聖魔の錬金術師
第127話 魔族の浮島
ドワーフの引っ越しを終えたあと、そのまま北上して魔族の浮島を目指して空を飛んでいき、やがて海が見えてくる頃、遠くに浮かぶ大規模な岩石が見えてきた。
「あれかしら。天然物の浮島は随分と大きいのね」
メリアスティも街くらいの規模はあるからそれなりに大きいけどけど、これは島という大きさには見えない。それでも鳳凰が上空から見渡した景色からして、大陸ほどの大きさはないはずだから、あれでも浮島と呼べるのでしょう。
普通の街だったら門とか入り口らしきものがあるはずだけど、あれだと入り口なんてあるはずないわよね。
そう思って、所在なさげにあたりをウロウロと飛行していると、目の前の浮島から何かがこちらに飛んでくるのが見えた。
「魔族・・・一人みたいだな。見た目からして、巡回兵のようだ」
「よく、この距離で見えるわね。望遠鏡でもなければ・・・ってそうだわ」
私は魔法で青龍に教えてもらったシャボン玉の水膜を参考に、前方に水で形成した望遠レンズを数枚展開すると、確かに魔族がこちらに向かっているのが見えた。
「魔法って本当に便利ね。形もイメージ通りになるから理想的なレンズが形成できるわ」
「まったくだ。これがテラでも使えれば常識が粉々に崩れ去るぞ」
などとブレイズさんと無駄口を叩いている間に、魔族がすぐそこまで接近してきた。
◇
『先ほどから巨大な魔力の気配を感じると来てみれば人間だと?よく人間の身で空を飛べるほどの魔法を維持できるものだ』
「こんにちは。以前会った魔族に気が向いたら訪れてくれって言われて観光にきたの」
『そりゃ随分と変わった魔族だな。人間が魔族の街を歩いていたら、目立つことこの上ないぞ?』
てっきり門前払いかと思ったけど、意外にも魔族は寛容なようだわ。
「そうかもしれないけど、別に取って食われるわけじゃないんでしょう?」
『そりゃそうだが・・・まあ、いいだろう。俺は周囲を巡回して回っているフォードだ。案内しよう』
「私はメリアスフィール、メリアと呼んで。こっちはブレイズさんよ。よろしくね!」
こうして、私たちは無事、魔族の街に入ることができたのだった。
◇
フォードさんに誘導されて街の一角に降り立つと、そのままメインストリートと
水鏡で見た等間隔に建てられた制御可能な街灯といい、両脇に並ぶガラス窓の建物といい、とても近代的だわ。
「特に門とかなかったんだけど、どこから来てもよかったのかしら?」
『外から普通に訪問される事を想定していないからな。俺もわからん』
もし来るとしたら有翼族が攻めてくるのみだというけど、ここは魔族の本拠地だから、そう簡単に攻めて来れる場所ではないという。
「ふ〜ん、ところで魔族の街には喫茶店とか飲食店とかはないの?」
『俺たちは人間と違って動植物は食べないし、果汁や煮汁を飲む習慣はないぞ』
ええ!植物みたいに光合成でもしているのかしら。それとも青龍みたいに大気中の
「じゃあ、私の観光の九十九パーセントは終わったも同然ね」
『食べ物以外が一パーセントしかねぇのかよ!景色とか文化遺産を見たりしねぇのか』
はぁ、夜景が綺麗な事は水鏡で知っているけど、文化遺産と言われても美味しい料理と比べたらねぇ。
「そういえば、街灯が夜になると自動的について消えていたけど、どうやって制御しているの?」
『あれは管制塔にある魔導回路で制御している』
詳しく聞くと、電気ではなく魔素でオンオフする仕組みで導線や回路を形成しているらしい。
「それは人間でも使えるのかしら」
『使えるだろうが、何冊も本を読んで知識を身につけないと無理だぞ』
何冊かくらいの本を読むだけでいいなら、速読でライブラリに詰め込んで高速学習すればあっという間に使えるようになりそうね。それなら、しばらく滞在して図書館とかに通ってみようかしら。
そんな事を考え、フォードさんに図書館の場所を教えてもらおうと口を開いたその時、前方から大勢の武装した魔族が、空を飛んで急接近してくるのが見えた。
「・・・どうやら、歓迎されていないようだぞ」
ブレイズさんが魔族の殺気を感じ取って注意を促してきた。私が臨戦体制を取ろうとしたそのとき、隣のフォードさんも驚いていることに気がついた。
『あれは、近衛か?なんだってこんなところに』
なんだかよくわからないけど、土の女神の盾を装備している以上、何をされても危険はないはず。そう思ってその場で待機していると、十人程度の魔族に囲まれた。
『人間だと?おい、そこの巡回兵。近くに有翼族が来ていないか?王子が
『いえ、観光に訪れた人間以外に周囲には何も確認できませんでした』
『人間がどうやってここまで来れるというのだ。寝ぼけているのか』
あれ?以前、浮島に来た魔族と違って
隠しても話が進まないので、思い切ってカミングアウトすることにした。
「えっと、
『なんだと?だがお前は人間・・・とすると、加護持ちか!』
「はい、なので適当に観光してますのでお構いなく」
そう言って手をヒラヒラさせ、何気ない風を装って自然とその場を離れようとしたところ、後ろから静止がかかった。
『いや待て。加護持ちがこの場にいては、我らが何もしなくても有翼族が黙っておるまい。戦争の火種となりかねん』
あー、そういえばそんなこともあった気がするわね。折角、図書館で魔導回路を学ぼうと思ったけど、隠蔽結界とか張るのも説明が面倒だし、紛争の火種になるわけにもいかない。ここは空気を読んで去ることにしましょう。
「それなら、今すぐ立ち去るわ。短い間だったけどお世話になったわね、フォードさん」
『ああ。だが、顔を見せずに帰っていいのか?誰かに招かれたんだろ?』
「気が向いたらってことだし、約束したわけじゃないからいいわよ」
帰るだけなら瞬間移動で帰ればいいかと、水鏡で合図して青龍とフェンリルちゃんに来てもらうと、ギョッとして、慌てたように近衛の魔族が確認してくる。
『ちょっと待ってくれ、いえ、ください。その魔族の名前はなんと仰っていましたか?』
「ジルギウス・ルシフェウス・ギス・ヴァルザードとか名乗ってたわよ」
ザザッ!
一斉に跪いた近衛とフォードさんに、なんだかフィルアーデ神聖国での扱いに似たものを感じ、
『殿下のお客人とは気が付かず、とんだ御無礼をいたしました。よろしければ、殿下がお渡しになったという短剣を確認させていただけますでしょうか』
「これのことかしら」
私は、あの無駄に豪華な短剣を魔法鞄から出して見せると、近衛の魔族達は更に深く頭を下げてきた。
『ありがとうございます、王城までご案内しますので、どうぞこちらに』
「ちょっと待って、それなら青龍に隠蔽結界を張ってもらうから」
そう言って私が魔法鞄から適度な大きさの神仙石を出すと、魔族たちは一様に驚愕の表情を浮かべた。
『そ、それはまさか!神仙石の純結晶では!?』
「そうよ。これで
『了解した・・・できたぞ、
効果を付与した神仙石を近衛の魔族に渡して、浮島の中心部あたりにでも設置してもらうようにお願いする。
「これで、私や神獣がここにいても、外からは
『かしこまりました。た、確かにお預かりします』
さっきとは随分と態度が変わってしまってやりにくい。というか、あの魔族は王子だったのね。貴族以上とは思っていたけど王子とは・・・面倒臭さが倍増した気がするわ。
そう思って、近衛の後について飛びながら私は王城に着いた後の対応を思い、内心でため息をついた。
だけど逆に考えれば、これで大手を振るって図書館に通いまくれる。そうすれば、魔導回路なんて面白そうなものを学べるはずとポジティブに捉えることにして、私は気合を入れ直したのだった。
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