第126話 ドワーフの街

「かなり先だが煙突が見えてきたぞ。なんだか、すごい黒煙が上がってるが大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないわね。排煙処理をしていないのかしら」


 仮に有毒ガスや飲料水に鉱毒が含まれていてもキュアポーションでどうにでもなるけど、すすんで吸い込む気にはなれないので、地の女神の盾を薄く伸ばして直径百メートルほどの半球状のドームを形成し、キャンピングカーを覆った。


「おい、いつぞやの濃霧ほどじゃないが、視界が狭まって運転しにくいぞ」

「仕方ないわね。青龍を呼んで水鏡をヘッドアップディスプレイ代わりに・・・いえ、もうすぐそこだし、いっそのこと運んでもらいましょう」


 私はテラとガイアの惑星間のやりとりのように水鏡に魔石の光を当て、浮島の青竜に合図を送ると、しばらくしてフェンリルちゃんとともに青龍が転移してきた。


あるじよ、何用か?』

「あの黒煙が出てる街に行こうと思うんだけど、煙を避けて地の女神の盾を展開すると前が見えなくなるから運んで欲しいの」

『容易いことだが、そういう場合は錫杖を使ってこうした結界を張るといい』


 そう言って青龍は水流操作でシャボン玉のような水の泡でキャンピングカーを囲った。これなら確かに前は見えるわね。


「でも、ずっとこうしていたら酸欠にならないかしら。錬金術で水を分解して酸素を作ることもできるけど、何回か生成するうちに時を忘れて倒れてしまうかもしれないわ」

『清浄な空気のみ通過するイメージを持てばよい。あるじのイメージは克明だから、逆にそのような制限が出るのだ』


 なるほど。それなら、水の膜を空気清浄機のフィルターと思うことにしよう。私は水の女神の錫杖を手に取り青龍のシャボン玉を再現した。それから何回か発動してコツを掴んだあと、ドワーフの街の入り口に運んでもらった。


 キャンピングカーを収納して徒歩で街に近寄ると、私以外に幾分か地脈の力が流れていくのを感じた。どうやらドワーフは地脈の力をある程度は使うことができる種族のようだわ。

 そう思って地面を見つめていたところ、前方の建物からバンッと音を立てて一斉に扉が開かれる音が聞こえ、身長の低い中肉中背のドワーフたちが驚いた顔をしてこちらを見つめていた。


「こんにちは、ドワーフさん。ハイエルフの長老に教えてもらって来たの」


 初対面は重要と挨拶をして笑いかけたけど、そういったコミュニケーションは役に立たなかったようで、やや怯えながらこちらを牽制して来た。


『お、お前さん、なんじゃその強大な地脈の力は!そんな姿をしていても、ワシらは騙されんぞ!』

『そうじゃそうじゃ!正体をあらわせ!』


 はあ、こんなことなら地脈の力を絞って入ればよかったわ。そうだ!確かロイドさんは度数の高いお酒が有効だと言っていたわね。それならと、


「そんなこと言わず、お酒でも飲みましょうよ。ウイスキーはどう?」


 そう言って、もうすぐ三年物となるウイスキーの小樽を出してみせた。さらに魔法鞄からテーブルを出し、水魔法でロックアイスを生成してウイスキー向けのロックグラスに入れて、琥珀色のウイスキーを注いでみせると、ふらふらとテーブルに寄って来くる。


『な、なんだかすげぇいい匂いが漂ってくるぞ』

『ああ、目の前に危険が迫っているのに抗いきれない何かを感じる』


 私は人数分のグラスを用意すると、安心させるようにテーブルから少し離れた。やがて、ドワーフたちがグラスを取り一口飲むと、一様に固まった。


『な、なんじゃこれはぁ!強い酒精を放ちながら火酒と違って深い味わいがする!』

『ホントじゃあ!このスモーキーな香りが堪らん!』


 至福のひと時を味わったドワーフたちが空になったグラスに我に帰ると、私の方を向いて冷静に話しかけてきた。


『どうやら化け物は化け物でもいい化け物のようじゃ』

『ああ、こんな酒を用意するものに悪い奴はおるまい』


 やれやれ、化け物とはひどい言いようだけど、態度が軟化してよかったわ。信頼はこれから勝ち取ればいいのよ。

 そう思った私は、ここに来た経緯と理由を改めて話していった。


 ◇


『鍛冶じゃと?別に構わんが、ここでないといい金属は取れんぞ』

「どんな金属が必要なのか知らないけど、こんな黒煙を排出しているところに長年居たら肺をやられるわよ?」


 そう言って軽くドワーフたちの健康状態を鑑定してみると、軒並みじん肺にかかったり鉱毒にやられたり、炉を見つめ過ぎたのか片目の視力を失っていたりしているのがわかった。

 あまりの惨状に私は深くため息をつくと、見ていられないと上級ポーションとキュアイルニスポーションを配った。


『なんじゃ、この瓶は。酒か?』

「私は薬師なの。街角のアトリエで薬を売っているのよ」


 ドワーフたちは最初は訝しげにポーションを見ていたが、やがて一人のドワーフが思い切ってポーションを飲み、病の類が完全に完治して視力も戻ったと驚嘆の叫びを上げて飛び回ると、皆一斉にポーションをグイッと飲み干していった。


『ウォオオオオオ!こいつはすげぇ!息苦しさが消えた!』

『おい!利き目が見えるようになったぞ!』

『俺なんか見ろよ!鍛冶で切り落とした指が生えて来やがったァ!』


 全快したドワーフたちは一様に喜んでいたけど、このままこの街で過ごしていたら、遠からず同じ症状に戻ってしまう。大体、なんで地脈の力が使えるのに、黒煙が生じるような製造プロセスを取っているのよ。金属なんて鉱石から抽出すればいいじゃない。


「どうしてこんな黒煙まみれになっているのよ。金属を抽出したら、魔法で鍛冶をすればいいじゃない」

『抽出だ?金属は溶かして分離するものだろう。それにドワーフは、鉄を溶かすほどの魔法は使えんぞ』


 そうなのね。でも、そもそも近くに大都市があるわけでもないのに、どうしてそんなに鍛冶をしているのかしら。不思議に思って聞いてみると、特に理由はないという。


『ドワーフは鉄と酒に生きる種族だ。必要なくても何か作るのは習性みたいなものだ』

『たまにハイエルフや魔族に頼まれて剣や細工品を作ることもあるが、それも大した量じゃねぇ』

「ふ〜ん、ちょっと私に剣とか細工品とか見せてくれないかしら?」


 そう言って何本か剣や細工品を見せてもらうと、基本的に材質は鉄を使っているようで強度は知れているものの、細工品は見事なものだった。


「私が金属を用意するから、こんなものを作ってみない?」


 そう言ってガラクさんが作った懐中時計と、テッドさんが打った氷炎刀、そしてバギーなどの蒸気馬車を出してみせた。


『・・・誰が作ったか知らんが、この懐中時計という細工、やるじゃねぇか。ここまで精巧なカラクリはドワーフでも百歳未満の小童には作れまい』

『こっちの鍛造の剣もすげえぞ。万単位の層で鍛錬してやがる。しかも鉄とは比べ物にならんような金属が使われてる』

『なんだこの馬車?デカい割に、機構部品が恐ろしいほど精巧にできてやがる。軸受に玉を使うとは考えたな』


 興味深げにみるドワーフに手応えを感じた私は魔法鞄から鉄鉱石を取り出し、その場で抽出して鉄や銅に分離したインゴットを作ってみせた。


「こんな感じに、地脈を利用した術で金属を用意すれば自然を汚さずに済むわ。鍛冶に使う炉も、強化した火炎の魔石を使えば用意してあげられるわよ」


 とにかく、一旦この街から弾き離さないと、また肺の病気になってしまう。薬師として、それは忍びないと根気強く説得したところ、お試しとして幾人かが浮島に来てくれることになった。


『いいだろう、俺たちも新しい技術は興味ある。ただし、条件がある!』

「なにかしら?住む場所なら、今ある建物ごと移設できるわよ」

『さっきのウイスキーとかいう酒をくれ!』

「はあ?」


 どうやら、よほどウイスキーが気に入ったようだわ。こちらで作っていないお酒だけど、浮島に来てくれるなら何か異常があってもポーションで助けられるし問題ないわよね。


「わかったわ。あと数ヶ月したら、本物の三年物ウイスキーができるから、大樽で用意できるわよ」


 そう言って、冬になったら先ほどより上の出来栄えのウイスキーができると話して、ドワーフが出した条件を受け入れた。ガイアでのウイスキーの現地生産は、そのうち考えましょう。


『よしッ!ワシが一番先に行く!若いものはもしもの時に備え残るが良い!』

『ざけんな爺さん!むしろ爺さんはここでゆっくりして俺たち若手に任せてくれ!』

『いや、爺さんも若手も残れ。ここは現役世代が技術を学びに行くべきだろう!』


 このあと、あーでもないこーでもないと一時間ほど議論が続き、あまりの暇さに紅茶を淹れてチョコレートボンボンを添えてティータイムを楽しみはじめたところ、ウイスキーの他にも旨いお菓子や蒸留酒があることに勘づいた女性ドワーフの意向で、結局、みな浮島に移住することに決定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る