第125話 エルフのルーツ

 明くる日の朝、気が付くと畳の上に布団を敷いて寝かされていた私は、昨日の所業を思い出すと跳ね起き襖を開けると、ブレイズさんと一緒に朝食をとっていたロイドさんを見るなり頭を下げる。


「昨日はごめんなさい!あまりにも美味しくてつい!」

『ほっほっほ、気にせんでいい。里の者はみな相応に歳を取っておって、酔い潰れる若者を見るのは久しぶりで新鮮じゃったろうて』


 そう言いながら差し出されたものは、山菜となめこのようなキノコを中心としたお吸い物に小魚の姿焼すがたやき、そしてまごうことなきコメ、そして根菜の漬物が添えられていた。


『酔い覚ましにはこれが一番じゃ』

「ありがとうございます。いただきます」


 私ははしを持ってご飯を一口食べて吸い物を口に含むと、出汁だしの効いたナメコ汁がスルリと喉を通っていく。小魚を箸で器用につついて、骨を避けて白身を食べると薄い塩味が口の中に広がった。


「うまぁ!ロイドさんはいつでもお婿に行けますよ。是非、私のところに!」

「・・・何言ってんだお前。まだ酔っ払ってるのか?」


 物凄い勢いでご飯を食べる私に、ブレイズさんは呆れたように言うけど、この味を前に溢れる食欲を止められないわ。恐ろしい種族ね、ハイエルフ!


『ほっほっほ、残念ながら古いおきてにより人間との婚姻は禁じられておる。すまんのう』


 勢いで出た冗談だったけど、そのようなおきてがあるということは何かしらの歴史があると考え、思い切って聞いてみた。


「その古いおきてには、何か理由があるのかしら?」

『我らハイエルフと人間との間に生まれる子は、代を重ねるごとに理性に乏しいエルフとなるんじゃ』


 その一言を皮切りにして、中央大陸の森に住むエルフたちのルーツが語られた。


 中央大陸のエルフは、元々はハイエルフと人間のハーフとして生まれ、寿命が人間寄りであることから自然と人と交わり子孫を増やしていったという。

 ただし、純粋な人間と違って神気プラーナを基本的に受け付けない体質に生まれるエルフは、人間の血が濃くなればなるほど、ガイアの人間が大気中の神気プラーナを取り込むことで抑えている遺伝的凶暴性を抑えられなくなるのだという。


「まさか、中央大陸のエルフたちがハイエルフと人との混血だったなんて思わなかったわ」

『抑えられるのはハーフまで。クオーター以降、つまり孫からは現在の中央大陸のエルフたちのように、凶暴なエルフとなるんじゃ』


 そうした経緯から中央大陸から北大陸へとハイエルフは移り住んだのだという。つまり、エルフの純血腫がハイエルフということだったのね。


「でも、ロイドさんは加護持ちだから神気プラーナを受け付けると思うんですけど、子供には遺伝しないんですか」

『加護により得られる形質は遺伝しなかった。もう何千年前か忘れたがの』


 そう言って寂しそうに笑う様子に、私は悟る。ロイドさんの奥さんは人間だったんだわ。


「・・・立ち入ったことを聞いてしまってごめんなさい」

『なに、もう今では詳しく思い出すことも叶わぬ過去のことよ』


 しんみりとしてしまった空気を払拭するように、私は努めて明るい声で話題を転換した。


「そ、そういえばライラさんが里では天文学を教えたり望遠鏡があると聞いたけど、どなたが考えられたんですか?」

『儂じゃ。包み隠さず言えば、メリアちゃんと同類、いや、同郷と思ってくれてよい』


 あれ?どうして・・・内心でそう思ったのを察したのか、私が持つハシを指差して言った。


『最初に見せたお茶の作法。それに、そちらの付き人はスプーンを使っているのに、メリアちゃんは小魚の骨を取り分けられるほどにハシを使い慣れておる。それに自動車に乗ってきたというではないか』

「なるほど。とはいうものの、ロイドさんの方がずっと先輩よ。何かいい食材があれば教えて欲しいわ」


 そう言って、今までの成果を話して聞かせた。


『ほう、醤油や味噌まで作ったか。儂に分けて欲しいものじゃ』

「お安い御用よ、ほとんど錬金術の賜物だけどね」


 そう言って醤油や味噌、お酒を一通り出して分けてあげる。ロイドさんは醤油を手に取り小魚にかけて食べると、肩を震わせた。


『くぅ・・・年甲斐もなく涙が出そうになったわい』

「そうよね。あ、でもそれは別の惑星のものだから、検疫の意味で、後でキュアイルニスポーションを飲んでおいた方がいいかもしれないわ」


 そう言ってもう一つの惑星で発展したポーションについて説明した。


『なるほどのう。こちらでは魔法が使えたから、地脈の力を使う術は発展しなかったんじゃ。そうそう、北大陸の南東にある中規模の島に、梅や竹が生えておるぞ。多少、長い距離を飛ばねばならんが、メリアちゃんなら大丈夫じゃろうて』

「本当!?これで梅酒とタケノコが手に入るわ!」


 私は嬉しくなって声をあげた。その後、産業革命や魔石、聖魔石などの技術的な情報や、鍛冶に優れたドワーフのことや、魔族の街への行き方など、それぞれの種族の特性や寿命など、一通り情報交換をした後、里をお暇することにした。


『また何かあったら訪ねてくるといい』

「ありがとう。ロイドさんも気が向いたら浮島に来てね」


 そう言って街の出口に向かい踵を返した後、私は、ふと忘れ物を思い出したように振り返り、真剣な顔をしてロイドさんを見て誓った。


「ロイドさん。私は薬師だから、この長い寿命を活かして、いつかエルフたちの凶暴性を抑える薬を作ってみせるわ」

『・・・ありがとう』


 ロイドさんは虚を突かれたような顔を見せたあと、震える声で謝意を伝えてきた。その様子に、私は安心させるようにフッと顔を緩めると、改めて手を振って別れを告げ、長老の家を後にした。


 そう、私と同類なら脳も老化しない。何千年経とうと、自らの子や孫の事を忘れられるわけがなかったのだ――


 ◇


 里の出口に向かうと、里の人たちが気さくに声をかけてきた。


『達者でなァ、呑兵衛のんべえの嬢ちゃん!』

『外では酔っ払って大の字になって寝るんじゃないぞォ!』

呑兵衛のんべえ鳥のキンピカにもよろしくなァ!』


 通り過ぎるキャンピングカーの窓から覗く私に手を振って見送るハイエルフたちに、私は努めて明るい笑顔で手を振り返していたが、すっかり“呑兵衛のんべえの嬢ちゃん“で定着した愛称に、内心では汗顔の至りだった。


 やがて見えないところまでキャンピングカーが進んだところで、隣の運転席のブレイズさんに猛然と食ってかかった。


「どうしてワインを飲み過ぎるのを止めてくれなかったのよォ!」

「無茶言うな。あんな極上ワインを出されて止める余裕があるか」

「じゃあ、なんでキュアポーションを飲ませず放っておいたのよ!」


 百歩譲って止められなかったのは仕方なかったとしても、ワインの瓶を片手に大の字になって地面に横たわっているのを放置しておくのはどうなの?


「それで復活しても、あのワインを前にしたら、どうせまた限界まで飲んでぶっ倒れるだろう。上級ポーションがぶ飲み法がキュアポーションがぶ飲み法に変わるだけだ。あれは、そんな飲み方をしていい代物じゃない」


 うぅ、恥ずかしくて、もうハイエルフの里には行けないわ。これでワイン専門家のハイエルフ招致計画は水の泡よ。もう長期熟成ワインは、いつか自分の手で作ればいいわ。


「こうなったら気を取り直してドワーフ招致に全力を注ぐしかないわね」


 幸い、ドワーフが住んでいる場所は長老に教えてもらえた。ハイエルフの里の北東にある鉱山の麓に住んでいて、度数の強いお酒を土産に持っていけば、気分を良くして話を聞いてくれるという。


「ドワーフを呼んでどうするんだ?」

「ガイアで必要となる金物を作ってもらえたら助かるわ。でも、よく考えたら別に浮島に来てもらうことにこだわらなくてもいいのよね」


 鉄鉱石が採掘できる地域にいた方が便利でしょうし、私が移動すれば済む話よね。あの、広すぎる浮島を賑やかにしたいというのは、あくまで希望する人がいればということにしましょう。


 こうして、ハイエルフの街を後にした私たちは、一路ドワーフの街へと向かうのだった。

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