第115話 亡国の古城と王の逝去

 鳳凰が玄武を起こしに行った明くる日の朝、私はガイアで浮島に必要な神仙石を量産しつつ、新たな拠点となる無人島を視察に来ていた。


『メリアお姉ちゃん!ここが美味しい果物がっていた島だよ!』

「素晴らしいわ!ココナッツだけじゃなく、バナナにパイナップルまであるじゃない」


 そう言って頭を撫でてあげると、フェンリルちゃんは目を細めて嬉しそうに尻尾を振った。でもここから移動させたら、島の植生に影響してしまうかしら。


 そんな私の不安を読み取って青龍が対策を提案してくる。


あるじよ、神気プラーナを閉じ込める結界に保温の効果も付加すれば、例のガラス張りハウスのように内部の環境を温暖に保つことができるぞ』

「それは便利ね。神仙石を使えばハウス栽培と同じように、四季折々の味覚が一年中楽しめそうだわ」


 そう思った私は、青龍に頼んで無人島を浮かせてもらい、神仙石を設置して隠蔽処理と保温効果を施した浮島にした。

 以前と違って沖縄ほどの大きさはないけど、メリアスティの天空の街ほどあれば個人の土地としては十分よね!


 あとは住む場所だけど、キャンピングカーに住むのも味気ないし、こちらで不要な建物を買い取って使おうかしら。でも、いつも立ち寄る街は有翼族の支配下にあるというし、あまり大きな動きをして見つかったら面倒だわ。


「フェンリルちゃん、エルフに攻められて廃棄された街とか見たことない?空き家があれば、ちょっと拝借して浮島で使おうと思うの」

『あるけど、家は焼け焦げて使えないと思う。石造りの城ならあるよ!』


 城は想定外だけど、住めればいいわね。


 そう思ってフェンリルちゃんに頼んで廃棄された城に転移してもらうと、黒い靄に包まれているのが見えた。大きさはクレーン湖の別荘くらいかしら。なんだか嫌な感じがするわ。


あるじよ。どうやら死霊レイス食屍鬼グールが住み着いているようだ』

「え、そんなの実在するの!?」


 青龍の推測によると、ガイアで強い妄執や恨みを抱いた霊魂が地上にとどまった場合、霊魂が力をつけられるだけの魔素があるから、認識できるようになるかもしれないとか。

 厳密にはテラでも存在するけど、魔素が薄いことから霊の存続に必要なエネルギーや死体を動かす動力源が不足するため、発生しても死霊レイスは存在を維持できず、食屍鬼グールは動くことができないのだという。


「嫌だわ。幽霊の類は苦手だし、聖水の一種である神仙水を大量に流し込めば成仏するかしら」

『弱体化はするだろうが、これだけ怨念が凝り固まっていては無理だろう。高位の神聖魔法か、あるじ聖炎セイクリッドフレイム打刀うちがたなであれば滅殺できよう』


 あの刀だと滅殺というか城ごと物理的に蒸発してしまうじゃない。


 そうだわ!青龍が支配下に置いた神仙水で城中の死霊レイス食屍鬼グールを絡め取って城の外に浮かべて、それを三十倍の効果付与を施した聖炎セイクリッドフレイムの魔石で茹でガエルのように煮立ててやれば消滅するのではないかしら。


 そう考えた私は、青龍に指示して城の区画単位ごとに神仙水で不浄の者たちを絡め取ってもらい、三十倍の聖炎セイクリッドフレイムの魔石を投入して創造神様に祈りを捧げながら煮沸昇天させる作業を繰り返した。


 ブクブクボコボコ・・・ボヒュボヒュヒュ!


「地獄の釜作戦・・・いえ、温泉昇天作戦よ!」

「お前、えげつないこと考えるな」


 ブレイズさんは恨めしそうな顔をして昇天していく死霊レイス食屍鬼グールの様子に眉をひそめて言う。


「人聞き悪いわね。聖水で成仏させて輪廻の輪に戻すのだからいいじゃない」


 そんなやり取りを交わしているうちに目の前の城から黒い靄や嫌な気配がなくなり、水による洗浄効果もあってクレーン湖畔の別荘の城のような白亜の城が姿を現した。


あるじよ、謁見の間の一体だけは釣り出せなかった』


 青龍が水鏡に謁見の間の様子を映し出すと、王冠を被った何かが王座に座っていた。水流を通して感じた気配から、おそらくエルダーリッチだという。


「エルダーリッチは強いの?」

『城を壊さない威力の水術で排除するのは難しい』


 となると直接対決しかないけど、一人ならアレしかないわ。


「フェンリルちゃん。私が構えて三秒数えたら、あのリッチの真後ろに転移させて」


 そう言って腕輪の収納から聖炎セイクリッドフレイム打刀うちがたなを抜いて突きの構えを取る。


『わかった!メリアお姉ちゃん!』

「三、二、一・・・フッ!」


 トスッ・・・ボヒュ!カラン・・・


 謁見の間に転移した瞬間に王座の椅子ごと後ろから突きを食らわせると、エルダーリッチは王冠を残して王座ごと陽炎のように消滅した。突いた姿勢のまましばらく残心していると、後ろから呆れたような声でブレイズさんが声をかけてきた。


「その転移技は絶対に人前で見せるなよ。暗殺者と思われかねん」

「暗殺者だなんて人聞き悪いわね。仕置人と呼んでちょうだい」

「なんだ?その仕置人というのは・・・」


 怪訝な顔をして問うブレイズさんに、私は突きの体勢からゆっくりと殺陣たて手裏霞てうらがすみの構えに移行させると、朗々たる声で答えた。


「庶民の晴らせぬ恨みを金を貰って晴らす闇の稼業を担う者たちのことよ」

「アホかぁ!暗殺者そのものだろうが!」

「気分の問題よ!」


 それにしても、どうして城がこんな幽霊屋敷になってしまったのかしら。成仏させる前に聞いておけばよかったわね。

 そんな私の呟きに青龍から提案がもたらされた。


あるじよ。エルダーリッチに至るほどの妄執を抱えた者が戴いていた王冠であれば、残留思念を読み取って水鏡に投影できよう』


 それは助かると、さっそく先ほどの王冠を拾って青龍に差し出すと、ふわりと浮いた王冠の近くに過去の映像が映し出され、そこから長い歴史の物語が展開されたのだった。


 ◇


「うぅ・・・見なければよかったわ」

「こっちの世界は厳しいな」


 エルフの魔法力の前になすすべなく蹂躙されようとしていた人間の王国が、最後の手段として宮廷魔術師の禁呪により文字通りの死兵と化して人々の盾となろうとしたが、不死者となった代償に理性を失って、エルフのみならず守ろうとした自らの国も崩壊に導く様子が王冠の残留思念から映し出されていく。


 そうして長い時を経るうちに、エルダーリッチとなった王だけは理性を取り戻し、エルダーリッチとしての能力でエルフの侵攻を防ぎながら城の外に不浄の者たちが出ていかないように統制してきたが、やがて城中の死霊レイス食屍鬼グールを一掃する光輝く強大な気配を感じ取る。

 王は玉座に腰掛け静かに終わりの時を待ち、そしてその時は突然訪れた。


『ありがとう、解放者よ』


 王は聖なる炎を宿した刀が自らを貫く痛みとは裏腹に、永きにわたる不死者の監視役から解放される喜びに笑みすら浮かべ、感謝の言葉を残して逝去した。


 ◇


「困ったわね。まさか、この城が北の森に住むエルフの侵攻を抑制していたなんて思わなかったわ。南に人里があると不味いかしら」


 種族間競争による進化が神様の意志としても、私のせいで再び蹂躙が始まるのかと思うと後味が悪い。


「そうかもしれんが、どうしようもなくないか?」

「代替物を設置するか、せめて注意喚起するだけでも違うはずよ」


 迷いの森とかどうかしら?城の跡に神仙石を設置して隠蔽結界を張れば入って来れないでしょう。できれば監視カメラもつけたいのだけど、遠くの映像を映す手段がないわ。


あるじよ、支配下に置いた水面に映るものならば、先ほど謁見の間を投影したように遠隔地からでも水鏡に映し出すことはできるぞ』

「それなら、ガラスの中に青龍の支配下に置いた水を入れて望遠レンズをつけるだけで、監視カメラならぬ監視水鏡ができるわね」


 というか、神仙石で監視水鏡を定位置に浮かせておけば上空からの監視も可能だわ。とにかく城の清掃作業は終わったし、結界を張ったら監視水鏡は後日設置することにして、城はありがたく頂戴していくとしましょう。


 こうして私はガイアでの拠点となる無人島と住居とする城を手に入れたのだった。

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