第102話 瑞兆の龍使い

 立春を迎えたかんけのよく晴れた日に、エリザベートさんの婚儀で演奏する曲について打ち合わせるため、私は王宮を訪れていた。


 まずは列席者が立ち並ぶ中で入場する際の曲という、具体的なシチュエーションを想定したリクエストを宮廷楽団の人からきき、それならとメンデルスゾーンの『結婚行進曲』を披露して曲に込めるニュアンスを伝えていた。


「人生の絶頂期を感じさせるような、鮮烈さを表現するようお願いします。こちらが弦楽器などの各パートの楽譜になります」

「なるほど、かしこまりました。宮廷楽団一同、エリザベート様の婚儀までに死ぬ気で練習に励みます」


 その後、契約書にサインをする際には静かな曲がいいというので、『結婚行進曲』と並んで二大結婚定番曲とされるワーグナーの『婚礼の合唱』を、ピアノソロバージョンで弾いてみせた。


「いかがでしょうか。こちらは過去を追憶させるものとして良いかと思います」

「素晴らしい!さすがメリアスフィール様です」


 素晴らしいのは私じゃないけど、この二曲は不朽の名曲よね。どちらかは使うだろうと思って譜面を書いておいて良かったわ。さっそく今日から練習してもらえば、より完成度が上がるものね。


 その後、式場からの退場や結婚式後のパーティで流す曲を選曲していき、定期的に合同練習をする段取りをつけ、その日の打ち合わせを終えた。

 これで、今回もパーティ料理は食べられないことが決定してしまったけど、他ならぬエリザベートさんの結婚式なら我慢するしかないわ。


 こうして、お茶会に春のコーデに演奏練習会と、私は六月の挙式に向けて忙しい日々を送ることになった。


 ◇


「メリアは王家直属の筆頭錬金術師に転属となった」

「え!?どういうことですか?」


 寒さが和らぎ春めいてきたころ、私はエリザベートさんから辺境伯家から王家への転属を言い渡されていた。


 前から辺境伯家では厳しいものがあったそうだけど、ブーレン王国で水の女神の巫女になったり、キルシェ王国でSランク冒険者になったり、神獣を引き連れて帰ってきたせいで、主に対外的な対応で辺境伯家の許容範囲を天元突破してしまったらしいわ。


「人員などの便宜は図るが、メリアには王都に独立して邸宅を建ててもらうことになる」

「そんな・・・ブレイズさんや料理長ともお別れなのね」


 と思ったら、ブレイズさんも料理長も王家直属になって、ついてきてくれるそうだわ。


 ブレイズさんは、Sランク聖女パーティのメンバーを無位無冠で放置しておくわけにはいかないだろうということで、騎士爵を授与されてそのまま私の護衛任務にあたるそうよ。


 料理長については、王宮の料理長が度々、辺境伯邸にに行っていたら外聞が悪かろうという理由で、王家召し上げの上で私につけるそうだわ。


 執事には、イストバード山の領事館を管理しているバートさんをつけてくれるそうで、薬草産地の管理を統合して、メイドさんや警備員、庭師といった諸々の手配をしてくれるという。


 結局、私自身の直属として認められるのは身の回りの世話を統括するメアリーさんのみで、他は王家からの人員で回すわけね。私に貴族としての統治能力がないのだから仕方ないことだけど、なんだか、こんがらがってきたわ。


「引き換えと言ってはなんだが、ライルが辺境伯家直属の筆頭錬金薬師となり、カリンは私がアジュール公爵となった際に、アジュール公爵家筆頭錬金薬師となる」


 もともと、ライル君をエリザベートさんの管理下に置く思惑で動いていたそうだけど、私が王家直轄になったせいで、それぞれ玉突き的な異動をさせることで調整したそうよ。


「なんだか大変なことになってしまったわね」

「まさか俺が騎士爵を受ける日が来るとは」


 エリザベートさんは、私がアジュール公爵家の地域限定商品として開発したローズティーを飲みながら、これでも穏便に調整できた方だと言って珍しくため息をついた。


「水の女神の神殿を建立こんりゅうして、神殿を中心とした水の都を築きあげてメリアを祭り上げるという案も、一部の公爵からあげられていた」


 ブーレン王国でしたように水の魔石を量産してもらうことになるがと断わりを入れながらも、エリザベートさんは、私のおかげでそれを実行し切るだけの国力が今のベルゲングリーン王国にはあると言う。


つつしんでお断り申し上げます!!!」


 私は、ブーレン王国の人々がおがんでくる姿や、子供たちが向けてくる限りなく純真な瞳を思い出して身震いした。

 水の都ヴェネツィアを再現するような都市計画を想像すると興味が湧くけど、神殿入りは御免だわ。虚像は内側から崩壊していくものよ。主に私の精神がもたないわ!


「メリアなら、そういうと思っていた。私が女公爵となった後も、肩肘張らない付き合いを頼む」


 そう言って、エリザベートさんは私に手を差し出す。


「もちろんです、今後ともよろしくお願いします」


 私は差し出された手を握り返すと、二人で屈託なく笑い合った。


 ◇


 薬爵として独立した邸宅を建てる準備に忙しい毎日を送る中、ついにエリザベートさんの結婚式の日がやってきていた。


「エリザベート姫様、御入場!」


 初夏の突き抜けるような青空のもと、ベルゲングリーン王都の中央教会で『結婚行進曲』が鳴り響き、陛下にエスコートされたエリザベートさんがバージンロードを歩いてくる。


 白いブーケを手にして胸元で綻びるような純白のウェディングドレスに身を包むエリザベートさんの頭上には、超微細加工技術の粋を集めたリーフモチーフのプリンセスティアラが輝いていた。


「なんという美しさだ・・・」

「あんな見事なティアラは見たことがないわ」


 ティアラの中心に戴く大粒のローズカットのサファイアを彩るように、微細に散りばめられたダイヤモンドカットの金剛石の反射光が煌めき、エリザベートさんの波打つ豪奢な金の髪を引き立てている様は、ただただ美しかった。


(ロイヤルウェディングということで伝統のクラウンティアラにするかどうか悩んだけど、スポーンのお淑やかな風情の姫様と違って、エリザベートさんは素がとても華やかで鮮烈だから、抑え目にして正解だったわね)


 私は幾度となく練習した『結婚行進曲』のピアノパートを演奏しながら、足元のつま先から頭のてっぺんまで完全な調和を目指して調整された美に、デザイン担当としてやり切った満足感に満たされ満面の笑みを浮かべた。


 その後、神像の前まで着くのを見計らって『結婚行進曲』をフェードアウトさせ、『婚礼の合唱』のピアノソロに移行する。


 神前で誓いの言葉を述べ、王侯貴族特有の婚儀に関する契約書へのサインを済ませた後、誓いのキスをする団長さんとエリザベートさんに、参列者ともども祝賀ムードに包まれた。


 ◇


 ピアノソロを終えた私は演奏者としての役目を終え、薬爵として外で待機する参列者の列に並び、瑞兆の演出のため水の女神の錫杖を手にして、青龍に教会上空をゆっくりと通り過ぎるように合図を送った。


 そうして全ての役割を終えた私は、宮廷楽団によりウォルトンの『戴冠行進曲』が演奏されるなか、参列者に祝福されながら団長さんにエスコートされて退場していくエリザベートさんを見送る。


(色々大変だったけど、近しい人が結婚して幸せになるのを見るのは何度見てもいいわ)


 そう思いながら、役目を果たしたとボーッと退場していく二人を眺めていたところ、不意にエリザベートさんがブーケをトスするのが見えた。


 そのブーケの行方を追って中空に目をやると――


 トサッ


 私の手の中に純白のブーケがおさまった。


(え!?私が受け取っちゃったよ!)


 びっくりして前方を見ると、エリザベートさんがしてやったりといった顔で笑っていた。


 その笑顔に、ウェディングドレスのパーツとしてブーケを描いた際、デザイン画に添えた注釈を見たエリザベートさんとのやり取りが、フラッシュバックのように思い出された。


『ここにブーケをトスするとあるが、何の意味があるのだ?』

『ライブラリによると、投げられたブーケを受け取った女性は次に結婚することができるといわれているそうです。幸せのおすそ分けですね』


(あはは、次は私の番ですって?そんなにうまくいくものかしら)


 そう思って引き攣った笑みを浮かべる私は、ふと陰った日差しに上空を見上げた。そこには輝く太陽のもと、瑞兆として大空を駆ける青龍の姿があった。


「おお!青龍が王国の空を飛んでいるぞ!」

「なんたる吉兆!此度こたびの婚儀を祝福しているかのようだ!」


 参列者が思わぬ青龍の出現に歓声を上げる中、ちょうど十七歳を迎えた私に、仄かな期待を抱かせるような初夏の爽やかな風が通り抜けていった。

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