星渡の錬金術師
第103話 自重を捨てた薬爵邸計画
エリザベートさんの婚儀も終わり時間に余裕ができた私は、薬爵邸を建てるにあたり、家令兼執事を務めることとなるバートさんと相談するため、青龍でイストバード山の領主館を訪れ、新しい薬爵邸について話を詰めていた。
「本当に王都の外でよろしいのですね?」
「ええ、陛下も青龍で直ぐ来れる距離の王家直轄領なら、どこに建てても構わないって仰せになられたわ」
研究棟の中庭で乗り降りする分には、たとえ王都の近隣の町に建てても一時間どころか三十分もかからずについてしまうのだから、必ずしも王都に邸宅を建てる必要はない。だったら、離れた場所に建てればお茶会も少なくできて一石二鳥じゃない。
というか、エリザベートさんの結婚式の出来栄えに、我が娘もと婚儀のトータルコーディネート依頼が殺到して、このまま王都にいるとメリメリ時代卒業とばかりに、お嬢様全員のウェディングを演出しまくらなくてはならなくなりそうなのよ!
そんな私の悲鳴に、ブレイズさんはエリザベートさんの結婚式を思い出すように言う。
「お前がいれば衣装や装飾はおろか、料理に音楽、果ては青龍の瑞兆演出までなんでもありだからな」
「そんなわけで、コンセプトは王都から距離を置いた小さな水の都。神殿は御免だけど、水の都はロマンがあるわ!」
町ほどの規模の敷地に水路を張り巡らせた緑の庭園を築きあげ、ガラスの温室に天体望遠鏡を備えた天文台、時計塔に無料開放の大図書館といった学術施設を立てまくり、王都ではできないような通信・通話・エレベータ・上下水道完備の一歩先の都市、もとい、邸宅の構想をバートさんに説明していく。
「コンセプトはわかりましたが、この白金貨一万枚はどこから出てきたのですか?」
そう言って、バートさんは私が支度金としてテーブルに置いた白金貨の山を指し示した。
「ポーション以外にも色々作っていたら、しばらく商業ギルド証の残高を確認しないうちに、一万枚が霞むほど貯まっていたわ。一万枚は単なる商業ギルドの引き出し上限よ」
王都に邸宅を建てろと言われて、まとまったお金があるか確認した時、あまりの残高に唖然としたわ。前からわかっていたけど、お金は予想以上に使いきれないほど貯まってしまう。
蒸気馬車開発にグルメにファッション、楽器みたいなエンタメと無駄遣いしているつもりでも、実は、そうしたことをすると逆に半端なく儲かっていた。
それに、通信網に使う光ファイバーや通話網の導声管など、国家規模の通信インフラ整備の材料を何ヵ国も受注している。よく考えたら、ちょっとやそっとじゃ使いきれないわ!
もはや小市民が考えつく贅沢では消費できないというなら、薬爵邸をヴェネツィア規模の邸宅にしてしまっても構わないでしょう。お金で人と物を動かして、せめて未来に残るものにリソースを振り向けるようにしたいわ。
「しかしこれは・・・何年もかかりますよ」
バートさんは、私が書いた水路が縦横無尽に張り巡らされた都市計画図と、それに隣接した南の海に続く河川につながる運河を見て唸った。
「実際に住む邸宅を作った後、それ以外の整地は建設機械を作って整備するから、今までよりはだいぶ早く終わるはずよ」
この際自重を捨てて、テッドさんに土木建設機械を作ってもらい、大規模工事で舗装された陸路と、水の魔石を利用して海へ直通する運河を作ってしまうことにした。
そんなわけで、今は有り余るマネーパワーで、蒸気ブルドーザ、蒸気ショベル、蒸気ロードローラーを量産してもらっている。これで土木建築技術も大幅アップするわ。
王都まで、キルシェの原油の残りカスを買い取って、アスファルトとコンクリートで舗装した一直線のハイウェイを引いて、高速第一号にするのよ!
たとえ全部終わるのが十年、二十年後でも構わない。それだけの期間、お金を放出し続ければ、それに従事する人たちの生活も安定しているはず。少し早いけど、民間のゼネコン会社を作ってもいいわね。
「私がポーションや錬金術由来の物品を作って、お金が集中する。そのお金を土木工事でのインフラ整備や、学術施設建設や先端農業施設などの運営管理に賃金として落として、市場に還流させる。そうして、お金を得た人々はポーションや便利な魔道具を買えるようになり、お金のサイクルが完成する。それが経済というものじゃない?」
そう言って、私はバートさんに笑いかけた。
「なるほど。それでは邸宅の使用人やメイド以外にも、土木建築、治水、物流など幅広い人材を雇い入れて、住まわせて構わないのですね」
「ええ。ただ最初のうちは住む場所もないし、主要都市を日次で回る青龍定期便を出して大量移動で作業に当たってもらうわ」
重力で空間拡張した船でも浮かせれば、超高速大量輸送の青龍便の完成よ。そんな大雑把な計画を耳にしたブレイズさんから物言いが入った。
「おいおい、ついに自重を捨てたのか」
「自重してたら、市場から貨幣が消え失せて、遠からず一般市民がインフレに喘ぐわ」
それに、運河が通れば河川から海の幸を運んでこれるのよ?つまり、冷凍マグロ、カニが食べられるわ。私の道楽でみんなも幸せになれるなら、それに越したことはないでしょう。
こうして、過剰な貯金を吐き出すことを主目的とした薬爵邸の長期計画が進められることとなった。
失敗したとしても、半年か一年もすれば、最低限、住める場所はできるはずよ。憧れの薔薇の庭園も計画図に書いてしまったから楽しみだわ!
◇
「小さいけど望遠鏡ができたわ!」
暦を知る上で、天体観測は欠かせないと思って錬金術を使って望遠レンズを作ってみたけれど、どうにも精度が足りない。ガラスの一様化と整形後に、レンズを研磨して磨く職人が必要ね。
「望遠鏡ってのはなんだ?」
「ガラス表面での光の屈折を利用して、人の目では見えないような遠くを見るものよ」
そう言ってブレイズさんに望遠鏡を渡して、太陽は見ないように注意した後、窓の外から外壁の外をのぞいてみるように言う。
「うお!なんだこりゃ!近隣の町まで見えるぞ!」
「夜空に輝く星々を観測するのに使うのよ。でも、衛兵さんとか敵情視察をするような人にとっても便利かしら」
そんな私の言葉を否定するようにブレイズさんが声を張り上げた。
「便利なんてもんじゃないぞ!王宮の中まで丸見えじゃないか!」
「そういう
とにかく警備上問題があるからと、ブレイズさんから一般流通はさせないように言われた。早くも学術都市計画の一角である天文台の目玉が門外不出になってしまったわ。
そう思いつつ、私は太陽とは逆の空を何気なく望遠鏡で見回していたところ、青い緑の大地を備えた美しい惑星が目に飛び込んできた。
「え!?」
思わず目を離してから、もう一度見てみたけど、やはり見間違いではない。なんと、近くに緑の大地と海が広がる惑星が浮かんでいるわ!
私は水の女神の錫杖を取り出し、あの星について、長い年月を生きてきたであろう青龍に聞いてみることにした。
「北の空に緑の大地と海が広がる惑星が見えるんだけど、青龍は知らない?」
『それは、この惑星と対をなす二重惑星だ』
「ええ!?そんな惑星配置ってあり得るの?」
『創造神様の御力をもってすれば造作もないこと』
聞くところによると重力以外に神力でバランスを保っていて、こちらの惑星と似た環境を維持しており、あちらでは別の文明が発展しているという。
「スペースシャトルは流石に作れないから向こうには行けないわね」
『フェンリルなら
「こんなに距離が離れているのに?」
『神力で繋がっているから、その繋がりに乗れば楽に転移できるのだ』
そうでなければ、あれだけの距離を移動するのは無理だというけど、神力で二つの惑星を同じ環境に維持してどうするのかしら。
そんな私の疑問が錫杖を通して伝わったのか、青龍が答える。
『可能性の追求には、一つより二つの方が早いそうだ』
私は前々世以上に奇跡的な天体配置を目の当たりにして、無限に広がる宇宙の可能性に胸をときめかせるのだった。
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