第101話 長い旅からの帰国

「えっ!本気で言っているの?」

「ああ、これが姫さんからの光報だ」


 なんと、龍の姿を隠さず堂々と乗り込んでこいという。光報を受け取って内容を読むと、ベルゲングリーン王国では青龍は瑞兆とされていて、数百年も姿を消していたことから、現在の王朝は不興ふきょうを買ったのではと、良からぬ噂が立つこともあったのだとか。


 つまり、そこに私が青龍と共に颯爽さっそうと現れて、不名誉な噂を払拭ふっしょくせよというわけね。


「でも神殿送りにされて清貧生活を送るのは御免よ」

「そこは頻繁に青龍と共に飛び回れば、水の巫女とは神殿に篭る役どころではないと、周囲は勝手に解釈するって書いてあるぞ」


 つまり合法的に旅行し放題というわけね!そう思って喜んでいたら、光報の最後の一文が目に飛び込んできた。


 <早く帰ってこい、お茶会の予定が詰まっている。あと春のコーデも忘れずにな>


「え?あと半月はコタツでゴロゴロ出来るはずじゃ・・・」

「青龍を隠さないなら、高速で移動する手段があるのに遊んでいたことがばれてしまうだろう」

「はうぅ!?」


 こうして私の楽しい冬休みは終わりを告げた。


 ◇


「お土産を持ってきたわよ!」


 青龍に運んでもらって辺境伯邸についた私は、海路で一足先に戻っていた料理長にリンゴと蜂蜜ハチミツ、代表作として行きがけに作ったホットケーキとアップルパイを出して見せた。


「簡単なものなのに、なかなか芳醇な味わいですな」

「単体でも美味しいけど、カレーに混ぜるとマイルドな味わいになったりするのよ」


 その後、錬金術でリンゴから作ったシードルと蜂蜜ハチミツから作ったミードを渡し、発泡酒という今までにないお酒を堪能してもらい、今後、料理との組み合わせを研究してもうことにしたわ。


「この薔薇の香りをつけたミードはなかなか女性受けしそうですな」

「シードルも発酵時間が短ければ甘くて女性向けよ。発酵時間が長い方は辛口の発泡酒で、ブレイズさんでも焼肉と一緒にバンバン飲んでいたわ」


 ふむふむと私が旅でブレイズさんに振る舞った料理を逐一メモにとる料理長。今から思い返しても、キルシェは鹿や猪、マグロ、カツオ、ワカサギと、食材にあふれたいい国だったわね。


 ◇


 料理長にお土産を渡したあと、料理長に手伝ってもらいながらリンゴや蜂蜜ハチミツを使ったお菓子を作った。

 その後、青龍に運んでもらって王宮の離れの研究棟に顔を出し、エリザベートさんやライル君、カリンちゃんに連絡を取って、アップルパイやリンゴのタルトタタン、ハチミツカステラ、ハチミツプリンをお土産として振る舞った。


「おいし〜い!!!」


 ふふふ、カリンちゃんの年頃にハチミツプリンはジャストミートよ。ライル君は、そろそろ甘いお菓子は年齢的に厳しくなってきたでしょうし、コーヒーを淹れてあげましょう。


 そうして一息ついた頃、エリザベートさんが本題とばかりに話を切り出した。


「さっそくだが、青龍の姿を見せてくれないか」


 私は頷くと、魔法鞄から水の女神の錫杖を取り出し、外に待機していた青龍に合図をして小型化して窓から入ってもらい、錫杖を居合わせた面々に向けて触れてもらうように促す。


「神獣との会話には、水の女神の錫杖のような神器が必要だそうです」

『水の女神の眷属として、巫女であるあるじに仕えている。よろしく頼む』


 エリザベートさんは青龍の姿と錫杖を通して聴こえた念話に驚いたのか目を見開いた。その後、すぐに冷静さを取り戻して能力をはじめとしてあれこれと聞いていく。


「では、メリアは水の女神の巫女で相違ないというのだな」

『無論。他の神器を持てば、火・風・土の女神の加護も得られよう』


 なんだか話の雲行きが怪しくなってきたので、少し強引に話の方向を変える。


「そういえば、巫女になったことで強い効果を持つ神仙水を作れるようになったんですよ」


 そう言って、私が祈りを捧げることで得られる神仙水を使って、ライル君やカリンちゃんにポーションを作ってもらう。結果としては、私がポーション瓶に触れた状態なら私と同じ六倍の効能が得られ、触れずに讃美歌は私が歌う場合は五倍、触れずにライル君やカリンちゃんが讃美歌を歌うと四倍の効果になったわ。


 私が触れているといないで一段階、讃美歌の効果にも一段階の差があることがわかったけど、神仙水を作り置きして渡しておけば、私がいなくても一段上のポーションが四倍濃縮で作れるから、ずいぶんと効率をあげられるわね。


「メリア以外に、神仙水を作り出すことができた巫女はいたのか?」

『然るべき信仰心を持つ巫女なら、通常の神仙水は作れるだろう。水の女神の加護に加えて創造神の加護を持つあるじと同等の神仙水となると・・・千年以上前に一人いたかどうかだ』


 神仙水の二段の差は創造神様関連ということね。となると、私がいなくなったら四段落ち。讃美歌無しで一段上の等倍効果のポーション、讃美歌ありで二倍濃縮ということかしら。


 それでも、信仰心を持つと水の女神様に認められた巫女と協力すれば、中級ポーションの材料で上級ポーションが作れて、さらに讃美歌効果で二倍の効果を持たせられるのだから、すごい発見だわ。


「火や風、土の女神様の加護を全て得たらどうなるのだ?」

『わからない。前代未聞だな』


 ひょっとして、現在の三段上の九倍濃縮ポーションが作れるようになるのかしら?一本で九日間も寝ずに働けるなんて恐ろしいわね。


 そんなブラックな未来像を振り切るように話題を転換することにした。


「ところで、婚礼の準備は滞りなく進んでいるんですか」

「そういえば一つ頼みがあった。要所でピアノの演奏をしてくれないか?」


 青龍を飛ばして祝賀ムードを演出し、今までとは違うと印象付けるために、新しい曲にして欲しいそうだわ。


「わかりました。当日までに宮廷楽団の方とも相談して婚儀に相応しい曲を用意します」


 その後、キルシェでの天然資源開発やリンゴや蜂蜜ハチミツを使った新しいお酒、Sランク冒険者になった顛末などの長い旅で起きた出来事をあらためて報告し、道中で書き溜めた春のコーデの展開やお茶会などの今後の予定を詰め、研究棟を後にした。


 ◇


「こんにちは、テッドさん。はい、お土産よ!」

「おお、メリアの嬢ちゃんか。もう旅から帰ってきたのか?」


 帰りがけにテッドさんのところに寄った私は、研究棟で振る舞ったお菓子と、錬金術で擬似熟成して作ったシードルとミードをお土産に渡した。


「リンゴっていう果物と蜂蜜ハチミツで作ったお酒で、発泡酒の方は焼肉と良く合うの。数年もしたらキルシェから流通するようになると思うわ」

「ほう、そりゃ楽しみだ。いつもありがとよ」


 それから忘れないうちに日本刀の製作を依頼しようと、フィルアーデ神聖国で書いていた日本刀の鍛造工程と外型図面を渡した。


「簡単に言うと、反りによる引き切りの切れ味、浸炭による硬化、軟鉄と硬鉄の積層構造がもたらすしなやかさ。その三位一体を具現化したのがカタナよ」

「おいおい、こりゃ鍛冶師の秘伝のたぐいだぞ!」


 中身は全くの偽物と断わり、私は常温鋳造で作っておいた鍔付きの大小二本の模造刀を魔法鞄から出して、テッドさんに渡した。

 テッドさんが刀を鞘から抜くと、クンッと一重鎺ひとえはばきに差し込まれた美しい波紋を持つ刀身が姿を現した。


「長い方が火炎の打刀うちがたな、短い方が氷結の脇差わきざしよ」

「やっべぇ・・・芸術品じゃねぇか」


 テッドさんは息を呑んで美しい日本刀の輝きに見惚れているようだった。


 しばらくすると我に帰ったのか、私が刀を振るっているところを見せてくれというので、試し斬りスペースでブレイズさんに模造剣を渡して、以前に見せた飛燕百二十八連撃を受けてもらった。


 キキキキンッ!・・・トスッ


「やっぱり氷炎効果は効くわね」


 木刀と違って数合もしないうちに模造剣は金属疲労を起こして半ばから吹き飛び、折れた剣先が地面に突き刺さった。


「ブレイズよぉ!嬢ちゃんの得物は本当はそいつか!」

「ああ、見ての通りだ。護身用に作ってやってくれ」


 私は神聖錬金術で特殊効果を付与した聖炎セイクリッドフレイムの魔石と氷獄コキュートスの魔石、それから硬度大強化と斬撃大強化の魔石を二つずつ、それから納刀した時の抑えとして鞘用に逆属性の魔石を渡して、それぞれの効能を説明した。


 小さい魔石だけどパワーはあるわよ!


「なんだ嬢ちゃん、雷は使わないのか」

「雷はゴミ箱に捨てることにしたわ」


 私はキルシェでSランク冒険者になった経緯いきさつを話すと、テッドさんは笑って了承してくれた。


「ハッハッハ、この俺がSランク冒険者の武器を打つ日が来るとはな。わかった、任せとけ!最高の氷炎刀を用意してやる」

「よろしく頼むわ」


 ふふふ、これで『神雷無双』とはおさらばね!


 私はテッドさんの店を出ると、ウキウキ気分で口笛を吹きながら商業ギルドに向かい、化粧品原料やポーションを卸して、帰国後の用を全て終えたのだった。

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