第100話 神仙水の意外な出所
「エーレンさん、またしばらくお世話になります」
「寒い中大変でしたでしょう、ゆっくりしていてください」
私はカツオブシの件のお礼にと、キルシェの特産品で作ったシードルとミードを渡しつつ、キルシェでの成果を大まかに話した。
「今後は、神聖国を経由して、これらの新種のお酒や、そのお酒の元となったリンゴや
「なるほど、それは楽しみですね」
その後、海路を通った事で往路では挨拶する機会のなかった教皇様に先触れを出し、都合の良い日に私が大神殿を訪問する段取りをつける説明を受けた後、メイドさんに案内され、しばらく泊まることになる客室に移動した。
「だいぶ早く着いてしまったわね」
「雪解けまで、一ヶ月くらいは余裕があるな」
実際にはすぐに帰れるのに一ヶ月も休んでしまうなんて、いけないことをしている気分になるわ。ひょっとしてワーカーホリックになっているのかしら。
そんな私は自らの心の安寧のために、ポーション作りや春のコーデのデザイン、化粧品原料や魔石作りなどに取り組むのだった。
◇
数日後、旅の疲れが十分に取れた私は、大神殿に挨拶に訪れていた。
「これはメリアスフィール様、ずいぶん早い御到着で」
「お久しぶりです、教皇様。今年できた赤ワインをお供えに参りました」
正確には、三年ものの赤ワインの純水な水分を錬金術で神仙水と置換したお供え用の品だけど、鑑定したら神酒に変わっていたわ。
前回の神酒と同様、教皇様に許可をもらうって礼拝堂に入り、創造神様の前の台座に神酒となった赤ワインを置いて、静かに目を閉じて祈りを捧げた。
(三年ものの赤ワインです。いつかオールドビンテージにたどり着いてみせます)
<楽しみにしている>
返事が聞こえたような気がしたので目を開けてみると創造神様の像が光っていた。次は来年の冬に三年ものの若いウイスキーができた頃に、また報告に来たいものね。
創造神様に跪く教皇様と協会関係者たちの祈りが済むのを待って礼拝堂を出ると、教皇様が遠慮がちに聞いてきた。
「ところで、肩の上の巨大な
「・・・わかってしまいますか」
よく考えたら、青龍が姿を消せると言っても、
私は観念して水の女神の錫杖を魔法鞄から取り出して青龍に姿を見せるように伝えた。その上で錫杖の先端を教皇様に触れてもらい、青龍とも会話できるようにして経緯を話した。
「というわけで、ブーレン王国でこの錫杖を賜った時に水の女神の加護を得てしまい、キルシェの湖に隠れ住んでいた水の女神の眷属である青龍がお供についてきてしまいました」
『我の存在を感知できるとは信心深い事だ。その信仰心、大切にするがいい』
ついでに予定より早く到着した種明かしもして、今後は他国を経由せず、青龍に運んでもらって空から直線的に移動することになると説明したわ。
「おお!水の女神様の加護を授かるとは、さすがメリアスフィール様。すぐに火、風、土の女神を祀る神殿にも連絡を取って神器を届けさせましょう」
「いえ!結構です!」
私は慌てて、あまり
「かしこまりました。ベルゲングリーン王国の王家で適切な取り扱いが決まるまで、このことは私の胸に留めておきます」
「ありがとうございます」
ふう、神器なんて錫杖だけでお腹いっぱいよ。それに神器ともなれば、運河のあるブーレン王国のようにあるべき場所に配置されているはずだし、有事でもなければ一箇所に集めるものでもないでしょう。
(フェンリルの仔はちょっとグラッと来るけど、ぬいぐるみで我慢よ!)
などという思考が、気を利かせた青龍を通して教皇様に伝わっていたことを知るのは、ずっと後のことになるのだった。
◇
「そろそろ少しは雪解け水が出ているんじゃないかしら」
フィルアーデ神聖国に滞在して半月になり寒さが緩んできたので、青龍に頼んで白糸の滝まで運んでもらい様子を見に行くことにした。以前であればそれなりの難所であった峠越えも、今となっては一時間もしないうちに着いてしまう。
『
切り立った岩場から、ほんの微量ながら水が滴り落ちているのが見えた。
「ええ、ありがとう。あの岩場の元に降りてちょうだい」
青龍に運ばれて岩場の直下にきた私は、さっそく雪解け水を鑑定してみると、
神仙水(−):ごく微量の
去年と変わらない結果が得られた。
「今年も神仙水になっているから、毎年確保できそうね」
『この辺りに玄武が眠っているせいだが、水の女神の巫女である
なんと、錫杖を持って祈りを捧げるなり青龍が水を支配下に置いて操作するなりすれば、白糸の滝に来なくても神仙水を得られるという。試しにコップの水を支配下に置いてもらって渦を起こしてもらい鑑定をかけると、
神仙水:
白糸の滝の雪解け水より高品質の神仙水になっていたわ。
「雪解け水よりも品質がいい神仙水になっているんだけど?」
『
むしろ巫女である私が祈りを捧げた方が、単に青龍の支配下に置かれた水より、強力な神仙水が得られるという。
そこで、試しに水の女神の錫杖を神仙水に浸して祈りを捧げて鑑定をかけてみると、
神仙水(++):
なんだか聖水の一種になっていたわ。なるほど、神仙水は聖水の一形態というわけね。この水で試しに中級ポーションを作ったらどうなるのかしら。私は讃美歌を歌いながらポーション作成を行なってみた。
「父なる創造神と母なる大地の
(魔力神仙水生成、水温調整、薬効抽出、薬効固定、冷却・・・)
チャポン!
どれどれと鑑定で見てみる。
上級ポーション(+++):軽い欠損や重度の傷を治せるポーション、効き目最良、六倍濃縮
六倍というと一本で上級ポーション六本分ということかしら。
まさか、雪解け水の神仙水を利用した普通の上級ポーション一本で一日寝なくて済んでいたものが、六日は徹夜できてしまうとか?とんでもないものを作ってしまったわ!
水の女神様の加護はポーションと相性が良すぎるわね。雪解け水はもう必要ないわね。
そういえば、どうして玄武はこの辺りに眠っているのかしら。ライブラリによると西の中央山脈にいるはずなんだけど。
『我が東から西に移動した影響を抑えるために、数百年前に移動してもらった』
あらら、錫杖を握っていたせいで思考が漏れていたわ。
「その理屈からすると、あなたが東のベルゲングリーン王国に移動するなら、玄武は西に戻らないといけないんじゃない?」
『問題ない。百年もすれば気候バランスの変化に気がついて元の
百年とは、ずいぶん気長なことだけど、すぐにどうにかなるわけではないなら安心だわ。そう思って
「もういいのか?」
「ええ、神仙水は水の女神様に祈りを捧げれば自分で作れるそうだわ」
そう言って、青龍が支配下に置いた水や私が祈りを捧げた水の方が効果が高く、上級ポーションも今までの三倍から六倍のものが作れるようになったことを説明した。
「ほう、そいつはよかったな。また疫病が流行しても倍の早さで対応できそうだ」
「そうね。でも流行する前に潰すのが、薬師本来の役目よ」
そう言って、疫病の駆逐に大いに世話になった感謝を込めて、白糸の滝に祈りを捧げたのだった。
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