第99話 青龍との邂逅
「えっ、もう冬休みは終わりなの?」
私は寒冷地にふさわしい冬のコーデをデザインしていた手を止めた。まだキルシェに居座るつもりで現地の服飾店に依頼する予定だったのに残念だわ。
「ああ、キルシェは広いからな。今のうちから移動を始めてフィルアーデ神聖国で待機しろって指示がきたぞ」
そう言って、ブレイズさんは通信士が書いた光報を寄越した。
「ブーレン王国で一体何をしたのか報告するように書いてあるわよ」
「それは返事しておいたから問題ない」
光報によると、ブーレン王国が中立国からいきなり友好国に変わったそうだわ。南西の大陸への足掛かりができたし、いつか南西の大陸にも旅行してみたいものね。
◇
「大変お世話になりました」
私は駐在大使のフランツさんにお別れの挨拶をすると、自分が着用するつもりだった寒冷地での女性向けデザイン画を置き土産として渡した。フランツさんは柔らかな物腰で女性にモテそうだし、ファッション外交も有りかもしれないわ。
「ほう、これは先進的なデザインですね。パーティなどで流行に敏感な貴婦人に働きかけて、自国の服飾文化を広めてみせますよ」
それから、原油からナフサを精製して錬金術で作ったプラスチックのペレットと、それを金属と同様に常温鋳造で成形したタッパーやスポンジ、プラスチック容器に石油用のポリタンクを魔法鞄から出し、今回の灯油以外の原油の有効利用について簡単に説明した。
「プラスチックあるいは樹脂と呼ぶ物質で原油を元にしてできています」
錬金術無しだと加工の過程で有毒物質による処理が必要で、まだ技術移転が難しいので今回はキルシェの役人に伝えるのは見送ったこと、化学的な技術が発展してきたら提案するに値することを付け加えたわ。
「ガラスのように透明なのに柔らかい容器だ。外交カードとして有効に使わせてもらいます」
こうして役目を終えた私はフランツさんと握手を交わし、大使館を後にした。何年かしたら、通信と通話のインフラ整備が進み、資源豊富で独特のファッションが花開く豊かな国になりそうね。
◇
「キルシェはいい国だったわ」
特に夜会とか演奏会とか独唱会とかないところが。キャンピングカーに揺られながら、そう独りごちると、ブレイズさんから私が知らなかった裏事情を告げられた。
「打診はあるにはあったが、Sランク冒険者のインパクトが強くて強く求められなかったそうだ」
Sランク冒険者になるような強者がダンスや歌が得意なわけがない。聖女殿のイメージを崩さないために誇張された噂だろうと
「そういえば、少しでも雪解け水が出ているなら神仙水が出ているかも自分で確かめられそうね」
「まだ春先にも入っていないから、前みたいな滝は拝めないぞ」
「いざとなったら水の女神の錫杖を掲げて、讃美歌を歌って雨乞いでもするわ」
加護以外は鑑定不能だったけど、水に関してなら少しはご利益があるはずよ。
そう言って錫杖を魔法鞄から取り出すと、先端のアクアマリンから
◇
「下がっていろ!」
「待って!神獣よ!」
キャンピングカーから飛び降りて、出会い頭に雷神剣を繰り出そうとしたブレイズさんを間一髪で引き留めると、水の女神の錫杖を手にして青龍と相対した。青龍からは、帝国で出会ったフェンリルの仔とは比較にならない規模の
「青龍って東の海にいたはずよね」
『水の女神の巫女、いや使徒か?疑問に答えよう』
不思議なことに念話が使えるようだわ。青龍の話によると管理対象の竜達が大移動して東から姿を消したため、管理の都合で後を追って移動し、この湖で人目に付かないよう過ごしてきたという。
「それはご苦労様だけど、どうして姿を現したのよ」
『その錫杖を持ち、水の女神の加護を得た正統な巫女が目の前に現れたとき、その者に仕えるよう女神から命じられている』
ええ!?巫女じゃないわよ、ごく普通の錬金薬師だわ!そう思ってお断りしようとしたところ、
『何を言う。どこからどう見ても創造神の使徒で、なおかつ、水の女神の加護を得た歴代でもこれ以上ない正統な巫女ではないか。我の
考えてる事が筒抜けだった。どういう事か聞いたところ、この水の女神の錫杖が神獣と心を通わせる以心伝心の力を持っているそうだわ。
そこで、試しに錫杖をブレイズさんの腕に接触させたところ、ブレイズさんにも青龍との会話が聞こえるようになった。
「でもそんな大きさで人目についたら大騒ぎよ」
『大きさなら自在に変えられるし姿も消せる。ほれ、この通り』
そう言うとワンちゃんサイズになって目の前をふよふよと浮いて消えたり現れたりしてみせた。ああ、どうせならフェンリルの方が可愛くて良かったわ。
『フェンリルを従えるには風の女神の加護を得る必要がある。水の女神の錫杖に相当する神器、風の女神の翼が必要だ』
火の女神の剣に土の女神の盾もあるのだとか。どこにあるのか知らないけど、別にコンプリートしたいわけじゃない。それに巫女に祭り上げられるのは御免よ。
とりあえず青龍には必要ない時は姿を消して自由に過ごしてもらう事にしたわ。
「といっても、必要になる事もないでしょう」
『空を飛んで、その馬車ごと
なんですって!?気球無しで空を飛ぶ事ができるじゃない!私はあまりの便利さに絶句した。
『もっとも移動に関しては風の方が優れている』
青龍の飛行は重力操作の力によるのだとか。フェンリルなら風が吹く場所になら瞬間移動すらできるそうだけど、青龍は音速を超える程ではないそうよ。旅客機くらいかしら。
「それでも十分じゃない」
これで南東の大陸や南西の大陸にも気軽に行けるわ。そんなことを思いつつ、私は今後の世界を股にかけた食材探索の可能性に胸を膨らませるのだった。
◇
「これで夜通し魔獣と戦うことなく旅が楽しめるわね」
さっそく青龍に頼んでフィルアーデ神聖国まで運んでもらうことにした私は、紅茶を飲みながらキャンピングカーの窓越しに空から見るキルシェの美しい自然を楽しんでいた。遠くに見える地平線のパノラマが実に雄大だわ。
「随分と移動が楽になったが、帰ったら説明が大変だぞ」
「ゆっくり移動して青龍のことは黙っていればいいじゃない」
ブレイズさんは顎に手を当てて少し考える素振りをみせたあと、メリットとデメリットを提示した。
「空を飛ぶ説明をすると目的地に一直線で行けるが、説明しないと辻褄合わせのため通過する国で謁見が必要だろう」
「説明しましょう。人間、正直が一番だわ!」
ブーレン王国で水の女神の錫杖を譲り受けて正統な巫女として加護を受けたおかげで、水の女神に従属する神獣である青龍をお供にすることができ、空を飛べるようになりました。めでたしめでたし。
ほら!事実は簡単なことじゃない。
そう言うとブレイズさんは呆れた顔をしてツッコミを入れてきた。
「その事実こそが厄介なんじゃないか」
そのまま伝えると、ベルゲングリーン王国に水の女神の神殿が建てられ巫女として祭り上げられかねないという。
「そうなったら青龍と共に国外逃亡するしかないわね」
百歩譲って巫女であると認めたとして、食材探索はおろか、お肉やお菓子無しで清貧な食生活を送ることになる?
冗談じゃないわ!
「お前な・・・」
結局、ブレイズさんの方でエリザベートさんと相談して良い具合に調整するから、余計なことは考えないように言われてしまったわ。ブレイズさんはともかく、エリザベートさんならなんとかしてくれるでしょう。
私は遠くに見えてきたフィルアーデ神聖国の冬景色に
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