瑞兆の錬金術師

第98話 油田と石油ストーブ開発

「俺を『神雷無双』の聖女パーティに入れてく「却下よ!」」

「『神雷無双』の聖女殿、俺に武器を授けて「あげないわ!」」


 まったく、その二つ名を呼ぶなというのよ。魔石を受け取りに冒険者ギルドにきたら、とんだ目にあったわ。

 久しく現れなかったSランク冒険者ということで、冒険者ギルド本部で大々的に宣伝されてしまったせいで、招かれざる客が大勢押し寄せてきて大迷惑よ。


 次々とブレイズさんの神雷の警棒で無力化されていく冒険者たちを尻目に、受付のおじさんにギルド証を見せ、先日の大型魔獣討伐の魔石を受け取った。

 受付のおじさんは後ろの様子を指差して、私の今後の為とでもいうかのように親身な様子で話しかけてきた。


「一人や二人連れてったらどうだ?二人じゃ厳しいクエストもあるだろ」

「フリークエストしかしてないから問題ないわ」

「フリークエストだけでSランクか。前代未聞だな」


 大体、私が目指すのは美味しい料理とお菓子、それを彩るワインに囲まれた素晴らしきスローライフなのよ?そんな波瀾万丈の冒険者ライフを送る予定はないわ。


「私は薬師なの。旅行や薬草を採取するついでに、魔獣や食べ頃のドラゴンを倒して美味しい肉料理を作れれば、それで満足なのよ」

「本気かよ、Sランクは言うことが違うわ」


 私は礼を言って受付カウンターを離れ出口の方を向くと、押し寄せた冒険者たちを処理したブレイズさんが待っていた。


「もういいのか?」

「ええ。大きめの魔石がたくさん手に入ったから、灯油精製の魔石も楽に作れそうだわ」


 導声管の納入済んだので、もう一つの要望である天然資源開発を進めるにあたって、原油から灯油を大量抽出するための手頃な魔石が必要だったけど、これだけあれば十分ね。必要経費のお代はリンゴと蜂蜜ハチミツよ!


 ◇


 キルシェの役人に案内され原油の沸き場所に行くと、以前、井戸を掘ったら臭い油が滲んできたという。滲むだけでは足りないので、井戸の中に木枠きわくをはめて振動増幅の魔石で簡易掘削機を作って更に深く掘削してもらったところ、原油が湧き出した。


「よくこんな浅いところに油田があったわね」


 後日、ベルゲングリーン王国から蒸気ポンプを運んでもらって大量に汲み出す仕組みを作るとして、差し当たっては原油から石油の一種である灯油のみを抽出する効果を付与した魔石で灯油を精製する様子を見せ、この魔石を組み込んだパイプと灯油を溜め込む貯蔵タンクの設計と製造を、役人に随行してきたキルシェの鍛冶師にお願いする。


「引火すると水では消火できないので、技術向上するまでは必要量だけ小分けに汲み出すようにしてください」

「そんな危険なもん、使えるのか?」


 私はこの日のために作った超小型石油ストーブを魔法鞄から取り出し、精製した灯油をコップ一杯ほどのタンクに注いで蓋を閉め、調整レバーで灯油とストーブの芯を連結させると、小粒の火炎の魔石を接近させて火をつけ、調整レバーで丁度いい火加減に調整した。


「こんな感じで金属製のタンクに入れた石油を綿状のものを通して暖房に利用するの。錬金術の都合で小さいけど、もう少し大きく作れば家の中では十分なはずよ」

「こりゃあったけぇ!まさか『臭い水』にこんな使い道があるとはな」


 原油はキルシェのあちこちにあるらしく、『臭い水』として認知されているという。北の国は原油といい天然ガスといい天然資源に恵まれているわね。


「灯油を染み込ませるストーブの芯は、このストーブのようにガラス繊維を使うと消耗せずずっと使えるんだけど、錬金術なしだと製造が難しいから綿で代用してください」


 見本として作った超小型石油ストーブの芯は、中は木綿で先っぽはガラス繊維といった二層構造なんだけど、ガラス繊維を製造するのが今の技術水準では難しいので、綿を消耗品のように使う芯と錬金術で作ったガラス繊維を使う芯の二種類を用意して見本として見せた。


「一応、錬金術なしの作り方の概要図面も書いたわ」

「・・・なるほど、こいつはすぐには出来ねぇわ」


 ガラス繊維は融解したガラスを遠心力で吹き飛ばして作るんだけど、いきなりそこにたどり着くのは難しいということで、製造方法の概要と図面だけ渡して、未来に向けた研究テーマということで研鑽を積んてもらうのよ。

 テッドさんも遠心分離機を作ったことだし、職人さんが試行錯誤すればいつかは作れるようになるでしょう。


 その後、灯油を分離する効果と残存成分を樹脂状に固化して保存する効果を付与した大型魔獣の魔石をポーチ型の魔法鞄に入れて役人さんに渡し、個人的な利用に幾許かの原油を貰い、私はキルシェの天然資源開発の役目は終わりを告げた。


 ◇


「もういいのか?長旅をしてきた割にあっさり終わったな」

「密閉性の精度の問題で天然ガスより簡単だったわ」


 私とブレイズさんは、石油採掘をした村からキャンピングカーに戻り、魔石オーブンで焼いたアップルパイを食べながら紅茶を飲んで一息ついていた。


「新しい酒は問題ないんだろうな」

「ウォッカと違って蒸留器もいらないから大丈夫よ」


 あとはそうね。マグロやカツオを運ぶ冷凍車の開発だけど、どうせキルシェとベルゲングリーンとで往復するなら、テッドさんに作ってもらった方が確実だわ。

 キルシェに作るとしたら、マグロ用超低温冷凍庫かしら。マグロをマイナス60℃の超低温で保管しないと酸化してしまうから、かなり強めの氷結効果を付与しないといけない。でも、さすがに需要が見えていないうちに、他国にマグロの貯蔵庫を作らせて欲しいとは言えないわ。


 となると用は済んだけど、フィルアーデ神聖国の峠は凍ったままだから帰れないのよね・・・あれ?ひょっとして長期休暇というやつなのかしら!


「それなら来る前に要求していた観光ができるかもな」

「なによそれ、聞いてないわよ?」

「お前がお茶会でダウンしてた頃、先方に保養地でも用意してもらうかと言ったろう」


 そう言われると、そんなことを聞いた覚えもあるような。でも、何気ない風景すら美しいキルシェで保養地なんて言われても、逆にピンとこないわね。


 ◇


「これは予想外だったわ。というか寒いんだけど!」


 どこの誰よ!凍った湖の上で穴を開けてのワカサギの穴釣りなんてマニアックなものを薦めたのは。


「よくわからんが、キルシェの宰相閣下によると、こうしていると日頃の忙しさを忘れて自然に帰った気分になるそうだ」


 そう答えてブレイズさんも穴を開けた場所に糸を垂らす。


 チャポン!


「それはまた・・・宰相閣下はずいぶんお疲れのようね」


大国なのだし、内務官に任せて悠々とした生活を送れそうな身分に思えるのだけど。


「通信網に続いて導声管の通話網整備の指揮で手足となる貴族たちは出払っているそうだ」

「それは頑張ってとしか言いようがないわね」


 それにしてもワカサギなんて・・・ワカサギの塩焼き、ワカサギフライ、ワカサギの唐揚げ、ワカサギの佃煮、ワカサギの味噌煮、あら?結構いけるわね。


「ワカサギが美味しいのは認めましょう。でもどうせならスケートでも楽しみたいところね」

「なんだそのスケートっていうのは?」


 私は靴の裏にブレードの刃をつけて氷上を滑る遊戯を説明すると、常温鋳造で簡単なスケート靴を作り、あたりを火炎の魔石をつけた鉄のローラーでならすと、颯爽さsそうと滑ってみせた。今生では初めてだけど、案外、いけるものね。


「こんな感じの冬のスポーツよ!」


 そう言って仮設リンクの中央でトリプルルッツを決めると、元の場所に戻ってブレイズさんにもスケート靴を作ってあげた。


 ブレイズさんはスケート靴を履いて、早速・・・こけた。


「お、おい!立てないんだが!?」

「アッハッハ!ブレイズさんにも苦手な運動はあったのね!」


 私は腹を抱えて笑いながら近寄ると、両手を取ってブレイズさんを助け起こした。そのまま手を引いて補助をしながらバック方向に滑らせると、おっかなびっくりといった風情で、ゆっくりと前に進んでいく。


「一時間足らずで慣れて、凄いスピードで滑ったりして遊べるわよ」

「本当か?それまでに何回転ぶかわからん」


 これならスキーやスノーボードとかも、案外楽しかったかもしれないわね。気球で山の頂上まで登って一気に滑降かっこうするのも気持ちよさそうだわ!


 こうして私はワカサギ釣りでの魚料理とウインタースポーツを大いに楽しんだのだった。


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