第97話 神雷無双の聖女パーティ

「お待ちかねのイノシシ肉を使った鍋よ!」


 酒、砂糖、しょうゆ、みりん、みそ、そしてカツオブシの出汁だしを使ったベースに、薄切りにしたイノシシ肉を、野菜、根菜、エノキ茸、薬味ハーブ、豆腐と一緒にじっくり煮込んだわ。灰汁あく取りも錬金術で直接除去したので完璧だわ。


 私は小皿に柑橘系の果物で作ったポン酢もどきを注ぎ、ご飯をよそってシャワー室から出てきたブレイズさんに差し出した。付け合わせはリンゴのサラダと根菜のお浸しよ。


「うめぇえ!相変わらず米の吟醸酒とよく合うぜ!」

「兵隊さんもいるんだから、飲み過ぎて雷神剣をぶっ放さないでよ」

「わかってる。大丈夫だ」


 私も自分の分のご飯をよそい、鍋の肉を掴み取りポン酢もどきにつけて食べてみると、口の中でジューシーな肉汁がはじけた。

 いくらでも食べられそうな気分になるけど、キャンピングカー並みのノーザンヒュージボアは二人ではとても食べきれないわ。


「急に魔獣が出なくなったけど、やっぱり大勢でいると襲われにくいのかしら」


 窓からキャンピングカーを囲むようにして野営をする兵士の様子を窺うと、特に魔獣に襲われた様子もなく、交代であたりを見回っているようだった。


「それもあるかもしれんが、あれだけ倒したんだ。もう周囲に大物はいないだろ」

「百匹から先は数えていないけど、魔法鞄がいっぱいになってしまったわ」


 王都に着いたら真っ先にギルドに卸さないといけないわね。保存用の冷凍庫も作ってまとめて渡すことにしようかしら。食べたことないけど、見た目からして牛種っぽいビッグホーンレッドブルとかは美味しそうだわ。


 そんなことを考えているうちに具が無くなったので、用意しておいたうどんで再度煮込み、溶き卵を落として、うどん締めにした。


「イストバード山の時に食ったイノシシ鍋も美味かったが、寒いキルシェだと格別だな」

「かなり時間を食ってしまったけど、今日中に王都に向かうの?」

「兵士もいるから夕方までには着くだろう。食べ終えたら出発だ」

「わかったわ。じゃあ、これをあげる」


 そう言って私はキュアポーションをブレイズさんの目の前に差し出した。


「いや、大して飲んでないしコレは必要ないんじゃないか?」

「飲酒運転は厳禁よ、特にブレイズさんはハンドルを握ると性格が変わるから事故を起こす可能性が高いわ!」


 その言葉にブレイズさんは渋々といった表情でキュアポーションを受け取ると、一気にあおった。これで安心ね。


 さあ、王都に向けて出発よ!


 ◇


「あれが王都ね、とても綺麗だわ」


 街道の先、丘の上に建てられた城を取り囲むように街の建物が立ち並び、夕暮れ時に灯り始めた街灯が、城郭都市をオレンジ色に彩っていた。


「このまま大使館に行くか?」

「できれば獲物を冒険者ギルドに置いて行きたいわ」

「わかった」


 門は随行する騎馬隊のおかげでフリーパスで通過することができ、道案内をする小隊長と数人の部下を除いて、騎馬隊の兵隊さんとはお別れとなった。私は残る副隊長さんたちに窓から手を振ってお別れの挨拶をすると、小隊長さんの案内で街の一角にある冒険者ギルドに向かった。


 城郭都市の中ごろにある冒険者ギルド本部に到着し城壁に囲まれた門をくぐると、広い敷地に複数の闘技スペースが設けられ、冒険者たちが修練をしたり昇格試験を受けている様子がうかがえた。


「中央の奥に見える建物が冒険者の受付になります」

「わかったわ、ありがとう」


 キルシェ王都にある冒険者ギルドは本部というだけあって、冒険者の受付、事務処理、職員宿舎など、機能別に建物が別れているのね。


 私はギルド本部の施設に興味を惹かれながらも、足早に受付建物に向かうのだった。


 ◇


「道中の獲物なんだけど、大型魔獣が沢山狩れたので魔石以外は腐らないうちに適当に街の人に配布するなりして処分して」


 私は魔石冷凍ボックスと大型魔獣を沢山収納した魔法鞄をセットで冒険者ギルドのカウンターの上に置いて、受付のおじさんにお願いした。


「大型魔獣といっても、ここはキルシェ王都のギルド本部だ。ちょっとやそっとの量は問題ないからそのまま出せ」

「またなの?仕方ないわね・・・」


 私は一体ずつ出し始めた。えっと、ラジカルジャイアントフォックス、ノーザンヒュージボア、ビッグホーンレッドブル、クレイジービッグコカトリス、クレイジージャイアントモンキー・・・


 ドスン!ドスン!ドスン!


「待てやァ!限度ってものを知らんのか!床が抜けるからそいつを引っ込めろォ!」

「なによ、まだ一割も出してないわよ」


 私は出した獲物を魔法鞄に収納すると、改めて魔石冷凍ボックスに納めた。


 大型魔獣が消えて人心地ついたのか、受付のおじさんは私とブレイズさんの後ろで控えていた小隊長に気が付き、今度は小隊長に向けてクレームをつけ始めた。


「なんだ隊長さんじゃねぇか。騎馬隊でまとめて狩ってきたなら、初めからそう言ってくれや。人が悪いぜ」

「いや、我々は誓って、一切、手を出していない。お二人と合流した時には、既に何十体もの大型魔獣が死屍累累ししるいるいと倒れ伏し、残りも屠畜場とちくじょうの豚のように簡単に処理されていった」


 主人から授けられた剣を掲げる、嘘偽り無き騎士の誓いの礼をして証言した小隊長に、受付のおじさんは大声を張り上げた。


「二人で数十体だと!?そんな馬鹿なことがあるか!」


 なんだか時間がかかりそうね。もう夕方で時間もないし、早く大使館に行ってシャワーでも浴びたいわ。


「なんでもいいから、早く手続きをお願いします」


 私は冒険者ギルド証をカウンターに出して手続きを進めるよう急かした。


「二人連れのAランクパーティ・・・まさか!お前らがイーサのギルド支部を崩壊させた『神雷無双』か!?」

「なによ、その物騒な二つ名は!それに崩壊させたのは修練場だけよ!」


 人聞きが悪いわね。せめて前世のように『氷炎の竜心調理師ドラゴンハートコック』とか、もっと女子力じょしりょくを感じさせる名前にして欲しいわ。これだから冒険者ギルドは!


「すまん、まったく女子力じょしりょくを感じないんだが?」


 私の独り言を聞き拾ったのか、ブレイズさんがツッコミを入れてくるけど気にしない。これはラストの語感、そう、気分の問題なのよ!


 結局その日は獲物が多過ぎて確認しきれないというので、あとは任せて大使館でお休み下さいという騎馬隊の小隊長の言葉に甘えて、私はギルドを後にした。


 後日、王宮でまとめて連絡してくれるなんて、キルシェの隊長さんは気が効くわ!


 ◇


「道中お疲れ様でした。謁見は数日後になるので、ゆるりと休んでください」


 大使館で出迎えてくれたキルシェ駐在大使のバーンドレッド伯フランツさんは、なかなか品のいいナイスミドルだった。

 私はお土産と今後のお酒の安定供給の意味も込めて、道中で作ったシードルとミードを差し出した。


「これは旅の途中で見かけたリンゴと蜂蜜ハチミツで作ったシードルとミードというお酒です。帝国でも現地でウオッカというお酒の酒造を提案したので、倍の提案を用意しました」

「おお、これはご丁寧に。これで外交もしやすくなるというものです」


 私はシードルとミードの説明をして、道中で生産してきた導声管を収納した魔法鞄をフランツさんに渡すと、後の打ち合わせは後日ということで今日は早々に休ませてもらうことにした。


「ようやく眠れるのね」


 キャンピングカーに居れば建物で過ごすのと大して変わらない生活を送れるとはいえ、夜に襲ってくる魔獣の脅威に対応するために上級ポーションで眠らない生活を送ってきたことから、睡眠は至高の贅沢に思えてきたわ。


「次に訪問する機会があったら、最低でも一個小隊くらいは連れてこないと駄目だな」


 あんなに間断なく襲ってこられたら一個小隊で足りるかわからんが。そう付け加えるブレイズさんも、既に眠気が襲ってきているのか欠伸あくびをしていた。


 やがてメイドさんの案内でそれぞれの部屋に着くと、その日はぐっすりと眠ったのだった。


 ◇


「キルシェ王の名の下に、『神雷無双』の聖女パーティをSランク冒険者として認めることとする!」


 数日後、キルシェ王に謁見した私は、プラチナプレートのSランク冒険者のタグと、生死を問わず絶望的な状況下で勇猛果敢に戦い抜いた勇者にのみ贈られるという、金竜勇者勲章を授与されながら、内心で大いに首を捻っていた。


 どうしてこうなったのかしら。私は横に控えるフランツさんの「グッド!」とでも言いたげな満面の笑顔を見つめながら、事前に説明されたこれまでの経緯を思い返した。


 あのあと、気を利かせ小隊長は、私とブレイズさんの大型魔獣の群れとの戦闘の一部始終を事細かくギルド本部長に報告し、百体以上の大型魔獣を厳しい寒波に苦しむ王都の人々に無償で提供するという英雄的な行為を讃え、是が非でもSランク冒険者に推挙するよう、主人あるじであるキルシェ王に働きかけたという。


 なんで野生の魔獣を狩ったくらいでSランク冒険者になったり、絶望的な状況下で戦った戦士に贈られるという勲章がもらえるのかサッパリわからないけど、どうせ気を利かせるなら『リンゴ一年分を授与』とか、『蜂蜜ハチミツやマグロの安定供給の確約』とかにして欲しかったわ。


 なお、Sランク冒険者の認定に必要な三カ国以上の王族の承認は、通信網で三国同盟の王様とフィルアーデ神聖国の教皇から、簡単に同意を得られたらしい。

 通信網が発展するのも考えものね。


「ありがとう存じます」


 そんな内心の思いを引っ込め、私は機械的に返答を返し、笑顔で淑女の礼を取った。


「『神雷無双』の聖女殿には、早速、二種類の新たな酒を作る提案をしてもらったという!しんに於いては、聖女殿への協力を惜しまぬようここに命ずる!」


 キルシュ王の言葉に両脇に控える重臣たちが一斉に頭を下げるも、その無骨な二つ名に、私は作った笑顔の口の端を引き攣らせながら、


(帰ったら絶対に氷炎剣を作って、神雷無双という二つ名を返上するのよ!)


 そう、心の中で強く決意するのだった。

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