第96話 キルシェ王都への旅路

「今度はどれくらいかかるのかしら」

「もらった地図によると三日くらいだから今日中には着くな」


 北にいくにつれ寒さが厳しくなり、キャンピングカーの外に出た時の毛皮の防具のありがたみが増してきたわ。こうなったら、錬金術で皮をなめして厚手のコートを自作するしかない。さあ、早く出てくるのよ、ミンクのコートに匹敵するような魔獣さん。


「現実的なところではキツネやウサギの毛皮が一番かしら」


 狙うは高級品の代名詞ノースホワイトフォックス。でも、もっと雪が降るような北に行かないと生息していないってライブラリにあるわ。


「お客さんだ」


 ブレイズさんの言葉に思考をやめて顔を上げると、前方三百メートル先に、この間のルナティックジャイアントディアと同じくらいの体長をしたキツネ色の魔獣がこちらをうかがっているのが見えた。ラジカルジャイアントフォックスかしら。


「もっと小さいフォックスちゃんじゃないと毛が太過ぎるわね」

「どうする、吹き飛ばすか?」

「他国の街道にクレーターのような跡を付けるわけには行かないでしょう」


 とはいうものの、キツネは投棒なげぼうの要領で横倒しにはならないわ。ここは幻惑ポーションでも作って矢で打ち込むとしましょうか。


 私は帝国で天然ガスの危険性を見せる時に用意した洋弓を魔法鞄から取り出した。そして讃美歌を歌いながら幻惑草で効果三倍の幻惑ポーションを作り、筒状の矢尻を作ってポーションを流し込んだあと先端を錬金術で状態変化させた薄い氷で覆った。


「さて、行くわよ!」


 ブレイズさんに合図して、キャンピングカーを出てラジカルジャイアントフォックスに近寄っていくと、二百メートルを切ったところで猛然と突進してきた。

 私は洋弓を構え、五十メートルの距離まで引きつけて首に矢を命中させると、道の端に横っ飛びに移動した。


 ズシャッ!クァァ!クァァー!


 身を起こして道の中央を見ると、ラジカルジャアントフォックスが平衡感覚を喪失して、地面で鳴き声を上げながら足掻いていた。


「今よ!」

「まかせろ!」


 ブレイズさんは地面で足掻いているラジカルジャイアントフォックスに素早く近づくと、首の急所に雷神剣を突き立てた。


 ズンッ!


 ラジカルジャイアントフォックスは体を一瞬ビクンとさせると、力無く倒れ伏した。しばらくして安全を確かめて近寄って毛並みを確認してみると、思った通り、私が身につけるような毛皮をしてなかったわ。使うとしたら絨毯じゅうたんかしら。


「これなら倒れたまま放置しても良かったわね」

「一体何をしたんだ」


 私は三倍効果の幻惑ポーションを打ち込んで平衡感覚を失わせて、しばらく立てなくしたことを説明した。


「パラライズポーションで麻酔を打ち込む方が確実なんだけど材料がなかったわ」

「お前は本当に猟師に向いているな」

「先人たちが研究した薬の副産物よ」


 元々は外科的な手術のために研究したのでしょうから、猟師とはちょっと違うのよね。私は錬金術で血抜きをしたあと、魔法鞄に収納して冷凍室にしまった。


「ちょうどいいから朝食をとりましょう」

「さっきのヤツを食うのか?」

「キツネは臭いがきついのよ、かなり処理しないと厳しいわ」


 それに朝から肉をかぶりつくわけないでしょう。それに最近は狩猟肉ばかりで、たまには普通のピザトーストを食べたくなってきたところよ。


 私はキャンピングカーに戻ると、起きてから用意していたハムやチーズ、野菜などを挟んだサンドイッチとリンゴジュースを出し、食べている間に魔石オーブンでピザトーストを焼き始めると、部屋にチーズとケチャップの美味しそうな匂いが立ち込めた。


「港町の通信では、さっきみたいな大型魔獣は街道を巡回する竜騎兵が処理するって聞いてたんだけどな」

「寒さで凍えているんじゃないの」


 丁度いいくらいに焼けたピザをブレイズさんに出して、自分の分として焼いたピザトーストをオーブンから取り出しながら答えた。きっと冬の間は街と街を移動しないのね。


 私は北欧のような外の風景を眺めながら、とろけるチーズとベーコン、それにケチャップが奏でるハーモニーを楽しむのだった。


 ◇


 一方その頃、街道の安全を確保するためにメリアを出迎えにきていた竜騎兵は、メリアから半径百キロメートルの地点で立ち往生していた。


「小隊長!騎竜たちが、どうしてもこれ以上先に飛ぼうとしません!」

「どうなっているんだ!もう聖女殿はこの先まで来ているんだぞ!」


 ベルゲングリーンの大使から聖女殿のキルシェ本土への到着の知らせを受け、竜騎兵一個小隊により出没する大型の魔獣を一掃する予定だったが、港町から通信網の中枢都市イーサまでの街道にしても、そこから北上する街道にしても全く近づけないでいた。


 これでは大型魔獣や大規模な魔獣の群れに襲われて聖女殿が亡くなってしまう可能性があると焦っていたが、イーサ領主の連絡によると道中の魔獣を気にした素振りもなく、問題なく到着してすぐに出発してしまったという。


 キュィーン!バサバサッ!


「あ、また竜が後退しようとしています!」

「やむを得ない、王都に戻って騎馬隊の出動を要請する。お前たちは旋回して待機だ!」


 こうして半径百キロメートルをさかいとしてドーナツ状に飛行する竜騎兵に追い立てられ、野生の大型魔獣がメリアに押し寄せようとしていた。


 ◇


「ねえ、ブレイズさん。いくらなんでもキルシェの猟師さんたち大変じゃない?」

「奇遇だな。俺もおかしいと思い始めたところだ」


 数分おきに襲ってくる大型魔獣を、幻惑ポーションを使った洋弓によるストッピングと、雷神剣によるトドメの一撃という流れ作業で感慨もなく仕留めていたけれど、数十体を超えたところでなんだかおかしいと思い始めていた。

 数をこなしたおかげで、矢尻ではなくポーションを矢の形に固形化して直接打ち込めば、矢の消耗もなくいくらでも撃てることに気がついてしまったわ。

 また新たな戦闘知識がフォーリーフのライブラリに刻まれてしまったわね。


「さっきの大きなイノシシっぽいのは美味しそうだったけど、フッ!」


 ドスッ!


「そうだな、イストバード山で食べたようなイノシシ鍋を頼む、ハアッ!」


 ザクッ!


 でも、こんなに一杯食べられないわよ。王都に着いたら恵まれない人に寄付するしかないわね。これだけあれば、一冬ひとふゆは余裕で越せるんじゃないかしら。


 ドスッ!ザクッ!ドスッ!ザクッ!ドスッ!ザクッ!・・・・バリバリッ!ズガァァァーン!!!


「お?王都から迎えが来たようだぞ」

「よかったわ。そろそろ昼食の支度をしたいと思っていたところよ」


 その前に回収しなくちゃいけないわね。私はそこら中に倒れ伏した大型魔獣を魔法鞄に詰め込むと、キルシェの騎馬隊が寄ってくる方を向いて姿勢を正した。


 ◇


 迎えに来た騎馬隊の小隊長は、屠畜場とちくじょうで豚が処理されるかのように次々と流れ作業でほふられていく大型魔獣の姿に唖然あぜんとしていた。

 時折、まとめた数が押し寄せても、目も眩むような雷光と共にまとめて消滅する鬼神のような戦いぶりに、配下の兵士と共に呆然と立ち尽くすしかなかったのだ。


 やがて大型魔獣の群れが一掃され、獲物を魔法鞄の中に全て収納したあと、こちらを伺う様子を見せた二人に、ようやく我に帰った小隊長は声をかけた。


「せ、聖女殿を迎えにあがりました・・・が、メリアスフィール様で相違ございませんか」


 小柄な少女は自分の問いに頷くと、怪我どころか息一つ乱した様子もみせず淑女の礼の姿勢を取り、昼食の支度をすると言って噂に聞いた蒸気馬車の中に消えていった。


 自分は夢でも見ていたのだろうか。


 一瞬抱いたそんな疑問を強烈に否定するかのように、後に残された護衛騎士から魔獣の返り血とおぼしき強い血臭が漂い、小隊長を現実に引き戻すのであった。

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