第95話 Aランク冒険者

「おいおい嬢ちゃん!物には限度ってもんがあるだろォ!?」

「だから置き切れないって言ったじゃない」


 冒険者ギルドのカウンターで魔法鞄ごと獲物を渡したところ、嬢ちゃんみたいな二人パーティの量なら大したことないから丸ごと出せというので、百匹近くの獲物を出したところで止められたわ。二人でそんなに獲物を持ってくる奴がいるかですって。

 毎晩、料理の匂いに釣られて寄ってくるんだから仕方ないじゃない。


「特にこいつは一人や二人で狩れるもんじゃねぇだろ!」


 パァンパンと、ルナティックジャイアントディアの腹を叩く受付のおじさん。キャンピングカーより大きいから当たり前だけど、二人じゃ食べきれなかったのよ。


「吹き飛ばさないよう工夫したけど、毎日、鹿肉ジンギスカンじゃ食べ飽きたわ」

「おい兄ちゃん、この嬢ちゃんの頭の中はどうなってる」

「聞いての通り食い物の事で一杯だ」


 獲物の検分を始めてブツブツ言い始めたおじさんに、私は冒険者ギルド証を出して先の処理をかした。どうでもいいから、はやくショッピングに行きたいわ。

 おじさんは私のギルド証をひったくるようにして奪い取ると、驚いたように大声を上げた。


「Dランクだと!?」

「ブレイズさんが一晩でやってくれました」

「嘘つけ!半分くらい太刀筋が違うのが混じってるぞ」


 チッ、細かいところを見てるのね。でも狼を何匹狩ろうと大したことじゃないわよ。

 そう言ったところ、ランクアップ試験を受けさせられることになってしまったわ。


「冒険者ランクなんてDでもFでも売却できて解体サービスが受けられれば、それでいいじゃない」

「そういう訳にはいかん。緊急時の対応にも関わるからな」


 なんでも突然魔獣の群れが襲って来た時に、迅速に適正配置する際の目安にするのだとか。そういう事なら仕方ないわ。早く済ませてしまいましょう。


「なにをすればいいの?」

「そうだな、そっちの兄ちゃん相手に打ち込みして見せてくれ」


 私とブレイズさんは案内されるままギルドの修練場に移動すると、備え付けの武器から好みの得物えものを使って始めるように言われた。

 私は備え付けの木刀を二本取って上下太刀の構えを取り、ブレイズさんは練習用の剣を正眼に構えて相対あいたいする。


 目の前のブレイズさんを見据え、軽く息を吸ってゆっくりと吐いて地脈を木刀に伝わらせると、瞬歩で間合いを詰めて、前世の氷炎剣で慣れ親しんだ師匠直伝の回転連撃を放った。


「飛燕百二十八連斬」


 カカカカカカカカ…キンッ!


 回転に合わせて際限なく加速して行く連撃に、性格に似合わず器用に受けていたブレイズさんの持つ練習用の剣が、百二十八回目の斬撃を受けて半ばから折れた。やっぱりカタナの形状は使いやすいわね。

 私は適度な運動に爽快感を覚えつつ、昔の修練を思い出すように中央に戻って礼をした。


「これでいいの?」

「・・・」


 受付のおじさん、もとい、ギルドの支部長は、無言でブレイズさんと私から折れた剣と木刀を受け取ると、まじまじと観察しながら呟いた。


「おい兄ちゃん、この嬢ちゃんの腕前はどうなってる」

「見ての通り・・・と言いたいところだが、本来は魔石を付けた薙刀ナギナタという槍の変形武器が主武装メインウェポンだった」


 それから私の方を向くと、ブレイズさんはため息を吐くように言った。


「お前、本当はその木刀の形状の二刀流が最も得意なかただろ」


 明らかにきちんとした剣の師範に教え込まれた技だ。練度があからさまに違う。どうして最初からそれを使わないのか。そう矢継ぎ早に聞かれたので私は正直に答えた。


「これだと獲物の返り血で服が汚れちゃうじゃない」


 私の言葉にブレイズさんは更に深いため息をついた。そのあと、帰ったら必ずテッドさんに護身用の刀を作ってもらうよう言われたわ。安全第一ですって。


「じゃあ、最後に魔石を付けた武器で技を放ってみてくれ。あと、随伴の兄ちゃんも本気でな!」

「ブレイズさんのは、ちょっと危険じゃないかしら」

「大丈夫だ!ここはちょっとやそっとじゃ壊れないよう頑丈に作られてる!」

「・・・はい」


 ――その日、ギルドの修練場は崩壊した――


 ◇


「まったく、とんだ出費になってしまったわ」

「だから裏打ちで十分だって言っただろ」


 ギルドの支部長が本気で来いというのよ?応えてあげるのが筋というものでしょう。


「でも、これで試験とはおさらばね」


 私はAランク冒険者の金のタグを取り出して見せた。これ以上は、複数の国の王族から三人以上の推薦を貰わないと上がらないらしいわ。


「そんな簡単な条件じゃ、いつ昇格試験の打診がくるかわからん」

「複数の国の王族なのよ?誰が推薦するっていうのよ」

「むしろ、お前が望んで推薦しない国があるとでも思っているのか」

「望んでないわよ!」


 めんどくさいわ。そんなことより、早くショッピングに行きましょう。私は遅れた時間を取り戻すように、街の商店街に繰り出すのだった。


 ◇


「ハチミツがこんなに置いてあるなんて意外だわ」


 養蜂でもしているところがあるのかしら。そう思って店主に聞いてみたら、人の頭くらいの大きさのハチの魔獣というか魔虫がいて、遠くから矢で巣を落とすことで大量に採れるらしいわ。


 私は折角だからと何瓶も買い込んだ。これでまたカレーがマイルドな味わいになるわね。その他にも、王道と言えるホットケーキやマドレーヌ、パウンドケーキを作っても相性抜群だし、ハチミツ紅茶としても楽しめるのよ。


「こいつは甘くて苦手だな。酒は作れないのか」

「またお酒なの?一応ミードっていうハチミツ酒が作れるけど」


 私は試しにと、道端にキャンピングカーを出してキッチンスペースに向かい、買い込んだハチミツを一瓶開けると、水で二、三倍に薄めた蜂蜜を錬金術で擬似発酵させてから濁りを取り除き、何も加えないストレート、薔薇の香りを付けたもの、リンゴの香りを付けたものの三種類のミードを作り出した。


 そこからストレート以外にロックやソーダ割り、ホットミルク割り、スパイス系のフレーバーティー割りといったバラエティを出していく。


「こんな感じね。飲んでみればわかるけど、どちらかといえば女性向きよ」

「確かに。悪くはないことはわかるが、好みではないな」


 冬じゃなかったらクレーン湖畔にいった時に作ったワインのシャーベットみたいに氷菓ひょうかにしてもいけるわね。

 でも、パンケーキにかけたりして普通に味わった方が美味しいわ。


 そう思った私は、おやつとしてホットケーキを焼くと、熱々のホットケーキの上にバターとハチミツを掛けて、コーヒーと一緒にブレイズさんに差し出した。


「これが、ハチミツの王道というものよ。朝食なんかにいいわね」

「なるほどなぁ、こいつはなかなかいける」


 小腹が空いていたのか、ブレイズさんの皿のホットケーキはあっという間になくなったわ。私も久しぶりのホットケーキに相好そうごうを崩して頬張った。


「そういえばギルドの修練場での試験のとき、練習用の剣はなんで折れたんだ」

「二本の木刀の片方を陰の地脈で強化して、もう片方を反対の陽の地脈で強化して交互に叩くと、内部で膨張と伸縮が繰り返されて金属疲労を起こして折れるのよ」


 氷炎剣は、それにプラスして寒暖差を利用して武器破壊するの。薬師に伝わる数少ない対人技というわけね。


「数合受けて嫌な感じがしたから、受ける場所を少しずつずらしたんだがな」

「初見で飛燕百二十八連撃を最後まで受けた人なんてほとんどいないわよ」


 本当は同じ場所を狙って十数合やそこらで折ってすぐ終える予定だったのに!初見で対策してくるなんて、やっぱりブレイズさんは天才肌なのね。


「それはさておき、ウォッカにシードルにミードと、原料的に国外じゃないと量産が難しいお酒が増えてしまったわ。ちゃんと軌道に乗るといいけど」

「それは王都に行けば解決するだろ。帝国ではウォッカを伝えたから友好国には倍の種類を伝えると言えばいい」


 なるほど。いつもの方便パターンね。ミードはお菓子に使えるし、シードルも発泡酒という意味では貴重だから、是非成功させないと!


 私は心の中のメモ帳に、リンゴとハチミツの輸入と加工品生産依頼の二つを明記するのだった。

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