第94話 通信網の中枢都市に向けた旅路
「観光旅行をするならキルシェ一択かもしれないわね」
フィヨルドのコントラストが美しい港町もよかったけど、東に進むにつれて山と湖が織りなす牧歌的な風景が広がり、遠くからこちらを伺う見事な角をした鹿をみると、無性にジンギスカンが食べたくなるわ。
「前半は風景だったのに、後半は食欲に
「仕方ないでしょ、甘いアップルパイを食べていたらガツンと肉が食べたくなるものよ!」
あれからキャンピングカーの中で魔石オーブンを使ったアップルパイやタルトタタンを作ったけど、甘いものを食べるのは私しかいないのよね。さすがに、丸ごと一皿を食べたらしょっぱいものが恋しくなるわ。
「お客さんだ」
「またなの?これがなければ牧畜とか盛んになったでしょうに」
毎度おなじみ、ノースホワイトグリズリーと思ったら違うわね。大きな暴れ鹿、ルナティックジャイアントディアかしら。
「ちょっと、かなり大物よ」
「そうだな。ちょっと離れてろ」
ブレイズさんは真打ちの雷神剣を握ってキャンピングカーから・・・って、折角のジンギスカンが吹き飛んでしまうわ!
「ちょっと待って。私が
「はあ?大丈夫なんだろうな」
「まあ見てなさい。歴代の錬金薬師に受け継がれた狩りの技を見せてあげるわ」
私は猛烈な勢いで走って来るジンギスカン、もとい、ルナティックジャイアントディアの足と足の間を狙い、狩猟で転倒させるのに使う
キャァー!ドシャッ!
足を絡められて悲鳴をあげて横倒しになるルナティックジャイアントディア。
そこでブレイズさんが素早く近づいて裏打ちの雷神剣を構えると、上段から裂帛の気合を入れて一気に首を刎ねた。
「ハアッ!」
ズバンッ!
「やったわ!」
私はバンザイをして道端の草葉の陰から出ると、キャンピングカーを超えるような体長の獲物を確認した。
「太い首が見事に真っ二つね。大したものだわ」
「それはこっちのセリフだ。まるで熟練猟師の発想だ」
「高原での鹿狩りは薬師の基本よ!」
「そんな薬師の基本があってたまるか」
そんなことより早く血抜きをして、魔法鞄に入れて冷凍室に積み込まなくちゃ。私は投擲した
「これで当分ジンギスカンの肉には困らないわね!」
本当にキルシェは獲物が豊富だわ。道を走っているだけで向こうからお肉がやって来るんだもの。これなら帝国と違って農業なんてしなくても猟師をしていれば生きていけるわ。
そんなことを呟いていると、キャンピングカーの点検を終えて戻ってきたブレイズさんからツッコミが入った。
「お前が考えているような猟師はいないと思うぞ」
「そんなことないでしょう。これだけ
キルシェ用に蒸気馬車を作るにしても、もっと頑丈にしないとダメかもしれないわね。前々世のサファリパークのファミリージープを更に堅牢にする感じで退治しなくてもやり過ごせないといけないわね。
私はそんなキルシェ専用ジープの構想を考えながら、キャンピングカーに乗り込んだ。
◇
「今日はここで野営だ」
「夕飯はできているわ」
リンゴでマイルドにした鹿肉カレーライスと、擬似熟成期間短めの甘いシードルと擬似熟成期間長めの辛口発泡酒にしたシードル、それからリンゴを刻んで作ったサラダに鹿肉ジンギスカンの鉄板焼きよ。
ジュワー!
火炎の魔石で熱した鉄板にルナティックジャイアントディアの鹿肉を乗せると、一気に食欲をそそる匂いが立ち込めた。
「こいつはうめぇ!」
「やっぱりリンゴがあると一味違うわね」
鹿の焼肉には赤ワインとスパイスを混ぜ込んで作った特製のタレを錬金術で浸透させていて、特製のタレはごま、カレー粉とスパイス、砂糖、日本酒、赤ワイン、長ネギ、薬味ハーブ、すりおろしリンゴ、醤油で臭みを消すように工夫したわ。でも、
「こんな匂いを周囲に撒き散らして魔獣が寄ってこないかしら」
というか、今までの道中を思えば野営なんて言っても眠れないんじゃない?甘いシードルのグラスを傾けながらそんな疑問をぶつけると、ブレイズさんは私の目の前に上級ポーションの瓶をぷらぷらさせながら良い笑顔で答えた。
「俺たちには、そんな時の強い味方があるだろ」
まったく、上級ポーションを栄養ドリンクと勘違いしてるわね。神仙水で上級ポーションを湯水のように使えるようになってしまったのは良いことなのか悪いことなのかわからなくなってきたわ。
「そんなに呑んだら戦えないでしょう。食後にキュアポーションを飲んで酔い覚ましするのよ」
「大丈夫だ、問題ない」
そう言って鹿肉ジンギスカンを食べては、発泡酒となったシードルをカパカパと空けるブレイズさん。無理もないわね、焼肉に発泡酒は相性が良すぎるわ・・・っと。
「お客さんよ」
そう言って、私が寄ってきたノースホワイトグリズリーの方に目を向けると、隣から目も
バリバリッ!ズガァァァーン!!!
そっと目を開けると、寄ってきたノースホワイトグリズリーは周囲の草や土ごと消し飛んでいた。
「大丈夫だ、問題ない」
「問題あるわよォ!」
もう!熊に雷神剣をぶっ放すなんて完全に酔っ払ってるわね。酔いが覚めたら周りの惨状を見て自分でどう思うかわからないけど、戦闘に支障はなさそうだから放置しておくことにしたわ。というか、これなら私が戦っても文句は出なそうね。
その後一晩中、辺りは雷神剣の雷撃と
◇
翌朝、東の空が
「おい、なんだか周りが酷いことになっているんだが?」
「覚えていないの?あれだけ楽しそうに魔神剣を振るっていたのに」
「いや、あの木の幹についている
「・・・それは少しお手伝いしただけよ」
ほら、あれもこれも雷神剣じゃないと周囲の抉れた大地を
どうやら、なかったことにしたようね。
私は魔法鞄を冷凍室に入れると、目覚ましのコーヒーを淹れてあげ、いつもの導声管生産を始めるのだった。
◇
あれから数日後、丘を越えた向こうに青い屋根の二階建ての建物が立ち並ぶ街が見えた。街の中心を通る川に浮かぶ荷を運ぶ船や、川を渡る石造りの橋、川の両脇に植えられた針葉樹林の並木道がとても美しい。
「キルシェは本当に景色が綺麗な所よね。普通の街が観光スポット並みだわ」
「通信網の中核都市に据えられるだけある。建築技術も進んでいるようだ」
それからしばらくして街の門をくぐると、中心街に向けてキャンピングカーを進めた。馬なしの蒸気馬車が珍しいのか、道行く人々から注目の視線を浴びている。
「なんだか目立っているわよ」
「街の中心の領主館に着いたら徒歩に切り替えるぞ」
キャンピングカーを領主館の前で停止させて魔法鞄に仕舞っているところで、使用人が館から迎えに出てきた。
「メリアスフィール様ですね、連絡は受けております。どうぞこちらへ」
「お構いなく。導声管を納めたら先を急ぎますので」
私は続いて出迎えに出てきた街の領主に、今まで作ってきた導声管の半分を収納した魔法鞄を渡すと、軽くお茶を飲んで歓待を受け、街の紹介を聞いたあとで挨拶をして領主館を後にした。
「イーサの街は商業も盛んだというし、ショッピングが楽しみね」
「先を急ぐんじゃなかったのか?」
「ブーレン王国で嘘も方便と教えてくれたのはブレイズさんじゃない」
「お前な・・・」
というものの、その前に道中の獲物を処分しなくちゃ腐ってしまうわ。私は冒険者ギルドに向かって歩を進めるのだった。
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