第93話 キルシェ辺境の街
あれから何度かノースホワイトグリズリーやノースホワイトウルフと遭遇しつつ、数時間かけて最寄りの街についた。
そこで腐る前にと、私とブレイズさんは獲物の解体のため冒険者ギルドに立ち寄った。
「これって食べられるのかしら」
ブレイズさんは冒険者ギルドに登録していなかったので、私がフリークエストとして獲物十数体を出してみせながら、肝心なことを聞いた。
「おいおい、ずいぶん大量に持ってきたじゃねぇか!」
「旅の道中で、降りかかる火の粉を払い続けた結果よ」
受付のおじさんは積み上げた獲物を確認すると頭を掻いて答えた。
「食べられねぇことはないが、こいつらは雑食だから
なんてことなの!血抜きをして持ってきたのに無駄だったわ。
「そう、邪魔したわね」
「待て待て、報酬を渡すからギルド証をよこしな」
私は冒険者ギルド証を渡し、フリークエスト達成の処理をしてもらった。報酬は現地通貨調達のために現金でもらうことにしたわ。そうして
「全部私が倒したわけじゃないんだけど」
「護衛が倒しても実技試験のないDランクまでは関係ねぇ」
今はそうなのね。詳しく聞いてみると、要は獲物を持って来れるならギルドとしては文句ないそうだわ。私はお礼を言って裏手の解体所に回ると、受付で獲物の即時売却を依頼した。
「魔石は抜いてあるので、毛皮とかは処分価格でお願いします」
「本気かよ、結構いい値がつくと思うぞ?」
私が旅の途中で急いでいると伝えると、受付のおじさんは毛皮は市場価格の半額処分、肉は孤児院に流すことになったわ。
フリークエスト報酬も合わせると金貨数十枚になったし、冒険者って結構いい稼ぎなのね。そう言うと、
「いやいや、普通の冒険者は二人でこんなに持ってこないからな」
何人かパーティを組んで倒すから人数分だけ分け前は減るそうだわ。痛んだ武器や防具の手入れもしなくてはならないし、連続して狩れるのはノースホワイトグリズリーで言えば二、三体だという。
そういえば防具の話を忘れていたわね。私は防具を売っているお店の場所を受付のおじさんから聞き出すと、お礼を言って解体所を後にした。
「私の防具と言っても、適当なものがあるのかしら」
「胸当てとマント、それに魔石を付けられる小さい盾でいいんじゃないか」
「なんだか普通ね。ここは格好良くエリザベートさんみたいな白銀の鎧を!」
「お前の背格好じゃ特注品になるから時間的に無理だろ」
そう言ってブレイズさんは私の背丈を測るように手を水平にさせ、私の頭と自分の胸の辺りを行ったり来たりさせた。
ちんちくりんで悪かったわね!もう期待せずに行きましょう。
◇
「こんにちわ。ギルドの紹介で防具を作ってもらいに来ました」
店主のおじさんは私とブレイズさんをじっくりと見たかと思うと、首を傾げるようにして答えた。
「そっちのえらく
「つかないですね」
ではさようなら、というところでガシィとブレイズさんに肩を
「いや、こいつは自分から魔獣の群れに突進していくから必要だ」
「今回はノースホワイトウルフに囲まれたとき以外は大人しくしていたじゃない」
まったく。ちょっと魔石を付けた状態の
「ほぉ、ちょっとその時の様子を再現してみてくれ」
それによって防具も変えるというので、私は試し斬りできる場所に案内してもらった。
再現というので、危ないから中心から十五メートル以上離れるように言い、ブレイズさんを置き去りにする形で中心付近に瞬歩をかけ、魔石付きで孤月回転演舞を放った。
ヴヴンッ!バリバリバリッ!
私を中心として半径十メートルが
そこで私は回転を納めて薙刀の石突を地面に突き立てると、流れるような動きでブレイズさんに向かってVサインをして、
「というわけだ、おやっさん」
「ほんとに防具要らなくねぇか!?」
ポーズまで再現するなと呆れたように右手で顔を押さえていうブレイズさんに、店主のおじさんは目を見開きながら直角になるほど首を
結局、回転の邪魔になるので盾は無しということで、ポンチョのケープマントの代わりに厚手の毛皮を羽織り、同様に毛皮を腰巻き風スカートにした服の延長のような防具を着ることになったわ。
「ありがとう、オシャレで暖かくて良い感じよ!」
私はお礼を言ってギルド証で決済を済ませると、防具屋を後にした。
◇
「ここから東に行ったところに通信網の中枢拠点があるそうだから、そこで導声管を半分くらい渡してから王都に向かうようにとのことだ」
防具を揃えた後、この街の領主を訪れて通信網を使わせてもらい、駐在大使と連絡を取ったところ、用意できた導声管が当初の三倍近い長さだったことから寄り道をすることになったわ。寄り道は歓迎なんだけど、
「狩猟で捕獲した鳥獣の肉を使ったジビエ料理くらいしか見るべきものは無さそうね」
冒険者が活躍する国というより、要は狩猟民族なのよ。肉だから焼けばそれなりの味は出せるからハズレはないけれど、素朴な味わいだわ。というか、ドラゴンはどこに行ってしまったのよ。キルシェに一杯いるんじゃなかったの?
「ドラゴンは滅多に人里に降りて来ないそうだぞ」
それどころか、野生のドラゴンは北に飛び去ってしまったとか。寒冷地が好みというと、アイスドラゴンでも多いのかしら。
「ところで天然ガスは見つかったの?」
「それは聞いてないな。原油とかいうのは見つかったそうだぞ」
天然ガスが見つからないとなると、灯油とか精製できるようにして石油ストーブでも考えないとダメかしら。
灯油とガソリンは沸点の違いから分離できるけど、気化させた油を冷やして回収するなんて今の技術では危険よね。ここは魔石で灯油を直接分離するのがいいわ。ガソリンは危険で排気ガスの処理が面倒だし、しばらくは樹脂状に固化して保存することにしましょう。
そんなことを考えながら街中を歩いていると、店の軒下にカゴに入れられたリンゴが目に入った。
「すみません!カゴにあるリンゴを全部売ってください!」
こんなところで出会えるとは思わなかったわ。これでアップルパイやリンゴのタルトタタンが作れるわね。それにしてもこんな時期に採れるなんて、少し品種が違うのかしら。私は決済を済ませて一つだけ食べてみると、味はリンゴそのものだった。
私は半分切り分けてブレイズさんに渡してあげる。
「こりゃうまい果物だな」
「お菓子やジャムにしたり、カレーをマイルドな味わいにしたりも出来るのよ」
「酒はできないのか」
「果汁を発酵させればシードルっていう醸造酒ができるわ」
発酵時間によって甘口にしたり辛口に調整できて、長く発酵させれば発泡酒として楽しめるのよ。でも、これだけじゃウィリアムさんのところで作ってもらうにしては量が足りないわね。
「王宮に行ったら報酬としてリンゴをもらおう」
「それもいいけど帝国と同じように現地で酒を作ってもらった方が早いわ」
ウォッカに比べれば蒸留もしなくていいし簡単だもの。料理用だけ、なんとか鮮度を維持して輸入できる方法を検討しないといけないわね。
私はリンゴの輸入方法を考えながら、甘酸っぱいリンゴのお菓子やジュースに思いを馳せるのだった。
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