神雷の錬金術師

第92話 キルシェに向けた旅路

「フィッーシュ!マグロ来たわ!」


 せっかく沖合に出ているのだから、クラーケンの肉片をエサにして常温鋳造で竿さおや釣り針を作り、錬金術で樹脂製の釣り糸を作って一本釣りを始めたところ、二百キロのマグロが釣れてしまったわ。エサが良かったのかしら。


「嬢ちゃん、えらく大物を釣り上げたじゃねぇか」

「こんなデカい魚も食うつもりか?」

「まあ見てなさいよ、新鮮な刺身を食べさせてあげるわ!」


 私は寄生虫対策のためキュアポーションを振り掛けた後に、錬金術で細胞を維持するように特殊冷凍をかけて害虫が死滅したことを鑑定で確認した。


 その後、うろこや頭、ヒレなどを手早く処理すると、シミターで頭から肛門まで開いて内臓を取り出し、背鰭せびれを解体した後に中骨に沿ってシミターを差し入れ、尾に切れ目を入れた。

 それから、腹側の身も中骨に添って切り、半身を縦半分に切り、中骨に沿って半身の半分を切り離し、残りの半身も切り離した。いわゆる三枚おろしの完成よ!


 ここから更に、残っているヒレや中骨を剥がし皮をいで、刺身として細かく切り分ける前段階の大きな切り身、サクを何本か切り分けたわ。


「後はサクを細かく切り分けて刺身にしたり、寿司や鉄火丼、酒蒸しのステーキと、思う存分、腕を振るってちょうだい!」

「わかりました、お任せください」


 私はマグロの解体手順を見ていた料理長に後の調理を任せた。私は、中骨に付いた中落ちや腹などのすき身を掻き出し、長ネギを細かく刻んで混ぜ合わせていく。


「ふふふ、これでネギトロ丼も食べられるわね」

「嬢ちゃん、手慣れすぎだろ」


 そんなことないでしょう。こんな大物はさばいたことないわ。シミターを買っておいて正解だったわね。ヒータイトの店主が見たら泣きそうな使い方だけど、一級品というだけあって、大物でもサクサク切れるわ。


 やがてマグロの解体が終わると、料理長の調理が終わるまでの時間、更なる大物を求めて一本釣りを再開するのだった。


 ◇


「カァー!こいつは吟醸酒とよく合いやがる!」

「ネギトロ丼も鉄火丼もクソうめぇ!」

「おい!このトロの握り寿司が信じられねぇほどうめぇぞ!」


 ガツガツガツガツ!


 大食堂に集まった船乗りたちによって、凄まじい勢いで減っていく料理と日本酒。私も久しぶりにトロの握りが食べられて涙が出そうよ。


「まるでこのために生み出されたかのように、醤油と山葵ワサビが良く合う」


 料理長も刺身と醤油と山葵ワサビのコンボが奏でる味のハーモニーに、更なる料理の探求に余念がないようだわ。


 あれからマグロやカツオが何匹か釣れて冷凍保存したことだし、もしもキルシェに着けなくても思い残すことはないわね。いえ、これをベルゲングリーンに輸送するだけの冷凍技術と輸送手段を伝えないと、確保した量を食べ終えたらそれでおしまいよ。


 私はキルシェに着いた後の水産物の輸出手段について思考を巡らせるのだった。


 ◇


「よーし!キルシェの港が見えてきたぞォ!」


 船長の声に甲板に出てみると、狭い湾や入り江が複雑に入り組んだ海岸が見えてきた。ベルゲングリーン王国の東海岸は遠浅の海に浮島が多かったけど、こちらはフィヨルドみたいで、切り立った崖とか岩場のようなところが多いのね。これなら大きな貨物船でも楽々入れる港が作れそうね。


 なお、ここはキルシェ王国の場所としては西南端で不凍港であり、これより北に行くと冬は凍って入港できないそうだわ。


「ここから数日かけてキルシェの中央にある王都に行って、まずは出来たばかりの駐在大使館で駐在大使に会うぞ」

「わかってはいたけど寒そうね」


 私は帝国向けにデザインした厚手の制服風プリーツブレザードレスに蝶ネクタイを付けた格好をしていたけど、寒さ対策として上からポンチョのケープマントを上から羽織った。


「途中で街とかに寄らないの?」

「とりあえず近くの街から通信で連絡を取って指示を待つ」


 なるほど、それまでは街をぶらぶらしていられるわね。


 その後しばらくして陸に近づくと、入り組んだ入江の一つに入り、奥にある港に付けて蒸気船は停泊して長い海路の旅が終わりを告げた。


「嬢ちゃん、長い様であっという間だったが俺たちはここまでだ」

「ありがとう、船長さん。料理長はこのまま船に乗って行くから、料理を楽しんで帰ってね」


 私は船長さんと握手をして、お別れの挨拶をした。降り立った波止場から改めて蒸気船を見上げると、これまで一緒に旅をしてきた乗組員さんたちがみんな甲板に出て手を振っていた。私も手を振り返して別れを惜しんだわ。


「よし、キャンピングカーの用意はできたぞ」

「わかったわ、じゃあまたね。船長さん、みんな!」


 キャンピングカーに乗り込んで出発した後、遠ざかっていく蒸気船に、私は見えなくなるまで手を振った。


「近くの街といったが、五時間くらいはかかるぞ」

「ええ!そんなに遠いの?」


 そういえばキルシェ王国はブリトニア帝国と同じくらい広いんだったわ。ちょっとした港町にまで光ファイバーを通していられないのね。でも神聖錬金術で更に拡張したキャンピングカーなら無理して街に急がなくても、そこら辺で野営したとしても快適に過ごせるわ。


 私は窓から異国の自然の風景を眺める。なんだか前々世のノルウェーみたいな場所ね。なんでもない場所なのに、フィヨルドの青い入江と針葉樹林の緑のコントラストが息を呑むほど美しいわ。


 キキッー!


「お客さんだ」

「え?」


 急に停まったかと思えば、キャンピングカーの前方にノースホワイトグリズリーが立ち塞がっていた。初めて冷蔵庫を作った時に使った魔石を思い出すわね。


「お前はこのまま座っていろ」


 そう言ってブレイズさんは雷神剣の裏打ちを手に運転席から飛び出して行った・・・と思ったら、相変わらず気負いもなく首をねてしまったわ。殺気無しで首狩りとは、ひょっとしてブレイズさんは、ああ見えて天才肌なのかしら。ところで、


「ノースホワイトグリズリーって美味しいの?」


 倒れたノースホワイトグリズリーを道端に寄せて、運転席に戻って出発しようとするブレイズさんに、私は思わず聞いてしまった。だってノースホワイトグリズリーは寒冷地にしかいないから、わからないもの。


「一応、血抜きして持っていくか」


 最近の魚尽くし料理から、ブレイズさんも熊肉を使った料理に多少の興味は湧いたのか、思い直して血抜きの作業に入った。私もついて行って、錬金術で血液を抽出して血抜きを加速させ、魔石だけ取り出してキャンピングカーの冷凍室の魔法鞄に収納した。


「すっかり忘れていたけど、キルシェは大陸でもっとも冒険者が活躍する土地柄で、冒険者ギルドの本拠地があるほど魔獣が沢山いるんだったわね」


 今更言うのもなんだけど、そんな場所にこんな軽装で来ていいのかしら。私は制服風のシティファッションで、防具無しの自分の服装を広げてみせながら聞いてみた。


「言われてみればそうだな。クラーケンとかで感覚が麻痺していた」

「乗り降りするのも面倒だし、誰も見ていないから自重じちょうしない飛び道具をキャンピングカーに装着したらどうかしら」


 神雷の魔石を使って二本の電極に逆方向の大電流を流して、ローレンツ力で鉄球を叩き込む。スイッチは魔石に電極を当てるだけの簡単な構造よ。


「・・・試しに見せてみろ」


 私は常温鋳造で銅のレールを二本と弾とする球体を作ると、神雷聖歌で三倍増しにした魔石で、金属の台座に固定した二本の電極に逆方向に大電流を流し、遠くの針葉樹に向けてレールガンを発射した。ファイエル!


 ガァァァーン!メリメリッ、ドスゥーン!


 まあ、後ろの大木もまとめて幹が吹き飛んでしまったわ。美しいフィヨルドの景観を損ねる森林破壊行為はいただけないわね。でも、


「これならホワイトグリズリーが立ち塞がっても木っ端微塵ね!」

「却下だ!!!」


 こんな戦術兵器を付けた高機動蒸気馬車の存在が発覚したら、軍事バランスが崩壊してしまうとか。はぁ、せっかく作ったのにお蔵入りだわ。


 結局、次の町で何か適当な防具を買うことで落ち着いたのだった。

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