第91話 魔石の力で運河を通過

「ブーレン王国に着いたが運河が止まっているそうだ」


 ブーレン王国の運河はいわゆる閘門こうもん方式で、四つの水門で区切った三つの区間を順にABCとすると、まず出口側のBC間を開けて同じ水位になるまで水を流し込んで水位を上昇させた後に閉じ、次にAのエリアに船で入った後に門を閉じてAB間の門を開いて水位を同じにすることでAのエリアに入った船をBのエリアに航行させ、その後に門を閉じ、今度はBC間の門を開いて船をCエリアに移動させてBC間の門を閉じ、最後にCエリアの出口の水門を開けて水位を下げることで海に出る。


 要するに、通行するには大量の水を流し込んでやる必要があるのだけど、干ばつによる水不足で運河を運用するだけの水が足りず、船を通すことができなくなっているそうだ。


「普通に考えると四つの選択肢があるのかしら」


 一つはブーレン王国から陸路で北上してキルシェ王国を目指すルート、もう一つは南西の大陸をぐるりと迂回して向こう岸につくルート、三つめは水不足が解消するまで待つ、最後にあきらめて引き返すの四つね。


「引き返すわけにはいかないし、迂回する時間もない。いつ解消するかわからない大雨を期待することもできない。消去法で陸路だな」


 ブレイズさんの言う通り、現実解としては陸路をいくルートだけど、AとCの区間でエレベーターのようにダイナミックに上下するときに船から見下ろす風景は壮観だというし観光スポットとして見ておきたい。

 というわけで、私は第五の選択をすることにしたわ。


「仕方ないわね、水の魔石を大量生産して運河に必要な大量の水を供給してあげようじゃないの」


 ここがベルゲングリーン王国なら蒸気ポンプで水を汲み上げる方式を取り入れればそれで済んだのだけど、持ってきていないものね。だったら、神聖錬金術で強化した水の魔石を大量投入して、貯水池に恒久的に大量の水を発生させてやるまでの話よ。


「そんなことできるのか?」

「クラーケンの巨大魔石もあるし、水の女神の讃美歌を歌いながら、八並列で水の魔石をどんどん作って順次貯水池に投げ込んでいけば、そのうち満水になるでしょう」


 私たちが通過した後も水の魔石から発生し続ける水については、干ばつにあえぐ人たちが使えばいいわけだし、一石二鳥だわ!


「わかった。ブーレン王国の役人に話をつけてくる」


 こうして翌日から、水の女神の讃美歌を歌いながら魔石を投入するだけの簡単なお仕事が始まることとなった。


 ◇


「麗しき水の女神、我らに恵みの雨をもたらす慈愛の女神よ・・・♪」

(八並列錬金術、流水特大効果付与・・・)


 ポチャン、ポチャン、ポチャン・・・


 私が讃美歌を歌いながら魔石を大量生産していく両脇で、ブレイズさんや船長さんをはじめとした乗組員のみんなが、冒険者ギルドから買い入れた魔石を私に渡し、効果付与が終わった魔石を受け取っては貯水池の四方に降ろした網の中に水の魔石を投入していく。

 伝説級の効果を付与した水の魔石はあふれるような勢いで水を放出してくれるけど、普通に考えて、運河に必要な水を用意するってとんでもなかったわね。

 運河を一回使うだけで、閘室こうしつエリア一つ分の十万ガロン、四十万リットル弱にも及ぶ水が海に放流されるから、魔石一万個、八並列でも千二百五十回くらいの効果付与をしないと水の供給が上回らないじゃないの。三分で一回として六十二時間半かしら。


(なんだ、上級ポーションがぶ飲みで三日以内で終わるわね!)


 帝国の疫病が発生した際のブラック体験を思えば十分の一以下の苦痛だと思うことにしたわ。ブーレン王国の市場で南西の大陸の輸入品とかを見る計画が時間的にできなくなってしまったけど、これが終わればカツオブシ王国、もとい、キルシェ王国まで直行よ。カツオブシがあるのだから、少なくともカツオの叩きは期待していいはずだわ。


 そんな妄想で自らを奮い立たせながら、三日目の朝を迎えようとしていた。


 ◇


「あれが今代こんだいの祝福の聖女様よ」

「もう三日目になるのに睡眠もとらずに讃美歌を捧げ続けておられるのじゃ」

「水の女神様の化身に違いない、ありがたや・・・」


 三日目の朝になる頃だろうか。時間的都合でぶっ続けで行ってきた放水ブラック作業の現場に、現地の人が拝みに来るようになったのは。

 私は自分が運河という名の観光スポットを楽しむために、キルシェの水産物という欲望にまみれた想像をたくましくして頑張っているだけなのに、ところどころ聞こえてくるとかとかいうセリフに、恥ずかしくて穴があったら入りたくなってきたわ。

 そんな尊敬の眼差しで拝まないでちょうだい。特に子供たち!そんな綺麗な瞳で汚れた私を見ないで!


二徹にてつ程度では肉体的な苦痛はないけれど、精神的苦痛が半端なくなってきたわ)


「我が主人あるじは干ばつに苦しむブーレン王国の民のなげきをいやすために、三日寝ずの祈祷きとうを捧げているところでございます」

「ベルゲングリーンの聖女殿、ありがとう。余と臣民たちはそなたから受けた恩を決して忘れることはないであろう」


 なんだかブレイズさんが、ひざを折って胡散うさんくさいセリフで王冠を被った偉そうな人の応対おうたいをしているような気がするけど気にしたら負けよ。祈祷の邪魔にならぬように帰ると聞こえてくるけど、いつの間にか祈祷きとうを捧げている設定にしたらしいわ。ここは瞑想めいそうしていることにしましょう。

 そんな予期せぬイベントをやり過ごして三日目の夕方になる頃に、既定の量の魔石への効果付与が終わり、貯水池から水が溢れ出るように海の河口に向かって流れるようになった。


 ◇


「よし!運河に向けて出発だ!」


 ようやく運河の観光スポットを楽しめる日がきたわね。私は甲板に出ると、水が水門が閉められて水位の上昇とともに、眼下に広がる景色が高所からながめるそれになっていく様子を感慨かんがい深く見つめていた。


「まったく何が祈祷きとうを捧げているところよ。恥ずかしくて仕方なかったわ」

「そう言うな。嘘も方便というだろう」


 ブーレン王国では市場を回れなかったけど、ブレイズさんの機転で、干ばつ被害がら立ち直ったあかつきには、ブーレン王国からお礼として特産品を送ってくれるように取り計らってくれたという。


「私は久々に護衛騎士のありがたみを感じたわ!」

「まったく現金なやつだ」


 そんなやりとりをしているうちに、水位が上がり切り運河の中央エリアへの水門が開かれた。両脇にはブーレン王国の人たちが立ち並び、「ありがとう祝福の聖女様」と叫んでは手を振ってきている。

 私は帝国の歌劇舞台を思い出して両手を上げて声援に応えた。ブーレン王国の特産品を楽しみにしているわ、そう心の中で付け加えながらね!


 ◇


「よーし!運河を抜けたぞ。あとはキルシェの西海岸まで直行だ!」


 船長さんの合図で面舵一杯に切り、蒸気船は北に向かって進路を取った。運河を超えて甲板から部屋に戻った私は、精神的な疲れを癒すように暖かいミルクティを淹れてコタツでゆったりとした時間を過ごしていた。


「運河越えは、なかなか貴重な体験だったわ」

「あんな方法で船が陸地を横断するなんて思わなかったぞ」


 ベルゲングリーン王国では、あんな運河はなかったとか。そこまで水資源が豊富なところはないし、今となっては蒸気馬車で大量輸送も可能だから必要性も乏しくなってしまったわ。


「貿易が盛んになれば、あの運河はますます重要になっていくでしょうね」


 ひょっとしたら地続きの南西の大陸以外にも、西の大海を越えた先に新大陸があるかもしれない。そうしたら東の国々からの新大陸に向けた貿易船の航路として、運河を利用しない手はないはずよ。


「そういえば、ブーレン王国の王様からこんなものを預かっていたぞ」

「なによ、その大層な錫杖しゃくじょうは・・・」


 ブレイズさんが魔法鞄から取り出した錫杖しゃくじょうは総オリハルコン製で繊細な装飾が施され、先端に神楽鈴と馬鹿でかい真球のアクアマリンが付いていたわ。どう見ても祭具の類じゃないの。


「水の女神をまつる神殿の巫女頭が代々伝えてきたものらしい」


 なんでも巫女頭が祝福の聖女様にこそ相応しいと、私が生きている間は水の女神様の筆頭巫女の証としてお持ちいただくように言われ、断り切れなかったらしいわ。

 試しに持ってみると、何か体内の気が吸い寄せられたかと思うと先端のアクアマリンが煌々と輝き、全身が暖かい感覚に包まれた。なんだか嫌な予感がして鑑定してみると・・・


 水の女神の錫杖:所有者に水の女神の加護を与える。神話級。効果鑑定不能。


「これは貰ってきたらまずいものでしょう!返してきて頂戴!」

「無茶を言うな、もうブーレン王国の陸地は見えない距離だぞ」


 本物中の本物、ズバリ言えば神具じゃないの!私に渡すものなんて神社の土産みやげ店で量産しているようなもので十分なのよ。うぅ、魔法鞄に仕舞っても暖かい感覚が残ったままだわ。これはひょっとして永続えいぞく加護かごというやつなのでは?


 私はなかば力技で行った運河越えの思わぬ副産物に、頭を抱えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る