第90話 クラーケン襲来
「船乗りの人達の食欲って凄いのね」
あれだけ山盛りに
「あれは
食べ過ぎでお腹をさすっているけれど、朝に胃腸回復用に薄めたポーションを全員に飲んでもらったから、問題はないはずよ。
本当は朝に出港する予定だったけれど、漁師の人に頼んである程度の蟹を漁獲して冷凍室に積み込むことになり、昼過ぎに出港することになったわ。
そんな私は、昨日ブレイズさんに頼まれた警棒の製作をしていた。
「はい、できたわよ。神雷の警棒、名付けてビリビリくん二号よ」
「ありがとよ。ところでなんだそのネーミングは」
「物騒な名前って言うから、可愛い名前にしたんじゃない」
「・・・神雷の警棒でいい」
そう言うと、ブレイズさんは畳んだ警棒を振ってシャキーンと伸ばし、ゴムの持ち手の感触や構造、重量、間合いなどを一通り確かめると、元の長さに戻して腰に差した。
「それ、ブレイズさんに必要なの?」
「お前の警護だと相手がお偉いさんの場合もあるからな」
私自身が偉い人相手に対処すると面倒な問題が起きるし、これなら相手が剣を持っていても、金属の剣で警棒に触れたら反撃することなく電撃で終了で楽だと言って笑った。
「次はどこの港に停泊するのかしら」
「ブーレン王国の国土は細長く南西に伸びているらしいが、その中央の運河を通るらしい」
そっか、南西に地続きの別の大陸があるのね。前々世のパナマ運河みたいな感じなのかしら。それだと寄港というよりは、海の検問所を通過するといったところね。
南西に広がる地続きの大陸にも興味が湧くけど、今回の旅では寄ることはできない。世界は広いわ。運河がある街で輸入品が流通していることを祈ることにしましょう。
◇
「
午後になり船長さんの合図で蒸気船が港から離れる。私は次第に遠ざかっていくヒータイトの街並みに、潮風に
「さようなら、カニ味噌の国」
「名残惜しいが仕方ないな」
帰りは陸路だから、積み込んだ分が無くなったらしばらくタラバガニとはお別れよ。私は後ろ髪を引かれるような思いを断ち切ると、部屋に戻って導声管の量産作業を始めた。
◇
ブーレン王国に向かってヒータイト王国の港街から出港して、数日経ったある晴れた日の昼下がり、それは襲来した。
「大変だ!クラーケンが出たぞ!」
「なんですって!?」
急いで甲板に出てみると大きなイカが後ろに見え、乗組員の人たちが
「ブレイズさん!雷神剣の出番よ!」
「おう!まかせろ!」
私はブレイズさんがこれから放つ攻撃の巻き添えを避けるため、乗組員を船内に退避させるよう船長さんにお願いした。そして、船長さんの指示で乗組員が一斉に退避したところで、ブレイズさんの雷神剣の一閃がクラーケンに突き刺さった。
バリバリッ!ズガァァァーン!!!
私は激しい光により条件反射により閉じた目をゆっくりと開いた。
動きが鈍っている様子から効いてはいるようだけど、海中で雷撃が拡散して陸地で放つほどの成果を上げられていないようだわ。
「ブレイズさん、雷神剣を貸して!」
「どうするんだ!?」
私はブレイズさんから雷神剣を受け取ると、魔石に掛けた斬撃大強化、硬度大強化、大電撃の効果を消し、代わりにオペラ曲『テンペスト』、讃美歌、神雷聖歌を順に歌いながら、斬撃嵐特大強化三倍、硬度特大強化三倍、神罰電撃特大強化三倍の効果を、大きな魔石の許容量一杯に付与した。
「雷神剣を強化したわ!もう一度お願い!」
「よし!下がってろォ!」
ブレイズさんが裂帛の気合を入れて大剣を振り抜くと、動きの鈍ったクラーケンが巨大な嵐に切り刻まれながら空中に舞い上げられ、続いて図太い特大の雷が空と海を繋いだ。
ドゴォォォーン!!!
「きゃああああ!」
直後に襲った激しい揺れに手摺を強く握って耐え、しばらくして揺れが収まり恐る恐る前方を見てみると、ズタズタになって力無く海に浮かんだクラーケンの姿が目に入った。
「やったわ!」
私は前方に立つブレイズさんのそばに走り寄って喜びをあらわにした。一方で、ブレイズさんは振り抜いた体勢のまま固まり、絞るような声で聞いてきた。
「おい、なんだこの馬鹿げた威力は」
私は、特大の嵐により真空の刃で切り刻みながら対象を空中に打ち上げ、空中という不可避の体勢で特大の神の
「これで海に隠れている魔獣が出現しても安心ね!」
「ぜんぜん安心できないんだがァ!?」
ヴヴヴ・・・ヴィヴィ・・・
鞘に納めても微妙に振動しながらパリパリと帯電している様子に、ブレイズさんは
「えぇ・・・せっかくの真・風雷神剣なのに」
「これじゃあ安心して眠れん。前の雷神剣でも何発か撃てば十分だろ」
仕方ないわね。テッドさんに真・風雷神剣の勇姿を見せたかったわ。
私は言われる通り、錬金術で魔石に掛けた効果を打ち消して元の斬撃大強化、硬度大強化、大電撃の効果に付与し直した雷神剣を手渡した。
そうしているうちに、あたりが静かになった様子に気がついたのか、避難してもらっていた船長さんや乗組員の人たちが甲板に戻ってきた。
「嬢ちゃん、クラーケンは追い払ったのか?」
「あそこに浮かんでいるわよ」
私が指を刺した方向を見た船長さんは、ぷかぷかと浮かぶクラーケンの死骸を目にすると、心底驚いた表情を見せた。
「嘘だろ・・・勇者でも追い払うのがやっとだったはず」
「そうだわ!クラーケンを引き揚げてイカ祭りをしましょう」
どう見てもイカにしか見えないし、イカの刺身、イカそうめんやイカの丸焼き、イカの
「おいおい、伝説のモンスターまで食べちまうのかよ」
「ビールや日本酒のつまみに最高よ」
「「「仕方ねぇなァ!!!」」」
まったく仕方なくなさそうにテキパキと水揚げし始める船長さんと乗組員さんの姿に満足しつつ、私は料理長にレシピの相談に行くのだった。
◇
「「「乾杯!」」」
クラーケンに襲われ絶体絶命と思われた危機を乗り越えた船乗りさんたちは、祝賀ムードに包まれていた。中央のテーブルにはクラーケン討伐の証としてバスケットボールくらいの巨大魔石が飾られている。
料理としては、イカスミボロネーゼ、シーフードパスタ、シーフードピザ、イカ飯をメインに、イカの煮物、イカのあんかけ、ワサビと
食後の飲み会も考えて、錬金術で
「これが、昼間に見たイカの料理よ!」
「「「くっそ、うめぇええええ!」」」
ガツガツガツガツ!
大食堂に集まった船乗りたちによって、凄まじい勢いで減っていくイカ料理とビール。私もイカスミボロネーゼやイカ飯を食べられてご満悦よ。
「ブレイズの旦那ァ!こんなの毎日食ってたら普通の料理が食えなくなっちまうんじゃねぇか?」
「もう何年も前からとっくに食えなくなってるから今更だなァ!」
酔っ払って、はっはっはと笑う船長とブレイズさん。
「カニミソといいイカスミといい、ここまで美味いとは」
イカスミのボロネーゼを食べて味の探求に忙しい料理長。
とにかく、クラーケン襲来という大きな危機をみんなで乗り越えられてよかったわ。そう言って私はイカ料理に舌鼓を打ちながら、幸せな気分に浸るのだった。
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