第89話 神聖錬金術の効果

「ものすごい効率だわ!」


 三倍のスピードで出来ていく導声管に気を良くした私は讃美歌を歌い続け、気がつけば一つの都市を網羅する分を作っていた。神聖錬金術があれば、今までの三倍働けてしまうのよ。これって凄いことじゃない?


「いつまで働いているんだ。もう日が暮れたぞ」

「え、もうそんな時間だったの」


 いけない。新しい錬金術の境地に舞い上がっていたわ。

 私は導声管を魔法鞄に仕舞い込むと、フローラルの紅茶を淹れてのどうるおした。素晴らしいけど、ずっと歌っていないといけないところが玉にきずね。


「急に歌い始めてどうしたんだ。お茶会で歌い続けて疲れたんじゃなかったのか」


 私はブレイズさんにも紅茶を淹れてあげ、新たに発見した神聖錬金術の事を話し始めた。


「というわけで、讃美歌を歌えば錬金術の効果が三倍になるのよ」

「ほう、それは讃美歌だから効果があるのか?」


 そう言えば試してなかったわね。私は少し考えて、モーツァルトの『魔笛』第2幕から「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」をチョイスし、歌いながら火炎の効果を付与して出来た魔石を鑑定してみた。


 煉獄の魔石(+++):地獄の業火の効果が付与された魔石。伝説級。効果三倍。


「・・・まずいわね」

「おい、物凄くヤバイ気配を感じるんだが?」


 私は慌てて付与した効果を消して、今の物騒な魔石は無かったことにした。趣向を変えてキャンプファイアーの歌にしたら大火炎の魔石になったわ。その後、冬の歌や雪の歌、嵐の歌と試していく。どうやら歌の内容によって増幅効果が違うみたいね。


「つまり神雷聖歌を歌いながら雷撃の効果を付与すれば雷神剣の威力が三倍に!」

「しなくていい」


 どうしてよ。真・雷神剣をその手に握りたくないのかしら。私は即答したブレイズさんにブーブー文句を垂れた。

 まあいいわ、そのうち面白い効果が付与できるようになったら考えることにして、話を元に戻しましょう。


「話を元に戻すと、創造神様への讃美歌だから創造力が増幅されて生産効率がアップしたようだわ」

「そりゃ便利じゃないか。これで今までの三倍働けるな」


 そう言われると、便利なのかどうかわからなくなってくるわ。効率が三倍になっても同じ時間働いていたら意味がないじゃないの。歌い続けていられる時間も限られているし、これは三倍の生産効率で空いた時間はゴロゴロとしていなさいという神の思し召しなのよ!

 そう言ってコタツにダイブした私に呆れながら、もう夕飯の時間だぞと言って部屋を出ていくブレイズさんに、慌てて身を起こすと後に続いて部屋を出た。


 ◇


 翌朝、エルザード王国の港町から出港する前に、蒸気船に使用していた空間拡張の効果を三倍にした。そうすると、縦横奥行きが三の立方根、つまりそれぞれ四割増しくらいに拡張されたわ。ますます室内空間が広く快適になったわね。


「ヒータイト王国の港に向かって出港だ!」


 船長さんの合図で蒸気船が港から離れた。私は遠ざかっていく港町の様子に、何か淡い寂寥せきりょうの念を覚えてつぶやいた。


「さようなら、長ネギの町」

「お前、それしか頭に残ってないのか」


 他に何があるっていうのよ!まったく、次のヒータイト王国の市場に期待したいところね。

 そう思っていたのだけど、ヒータイトは治安が悪いから気をつけるように釘を刺されてしまったわ。なんでも伝統的な軍事国家で町人でも武装しているのだとか。切り捨て御免でもするのかしら。


「物騒ね。無頼漢を役人に引き渡しても換金できるか心配だわ」

「物騒なのはお前だ。問題を起こすなよ」


 仕方ないわね、後で安心安全な神雷の警棒でも作っておきましょう。私は軽くうなずくと、また導声管の生産のために自室に戻るのだった。


 ◇


 数日後、ヒータイト王国の西南に張り出した半島にある港町に寄港した。船から降りて早速とばかりに市場に向かうと、鋼鉄の武器が並んでいた。


「期待はずれだわ。食材が置いてないじゃないの」


 いえ、置いてあったけど兵糧としての不味い塩漬け干し肉と硬い小麦のブロックバーだったわ。ヒータイトは娯楽というものをどこかに置き忘れてしまったようね。何も買わないのもなんだから、旅の思い出としてお土産みやげさんの木刀感覚で何か買って行こうかしら。

 適当に鑑定して回ると、居合いあいに使えそうな質のいいシミター見つけた。


「これください」

「隣の兄ちゃんのなら、もっと重い剣の方がいいんじゃないか」


 私が使うと言うと店のおじさんは私を上から下まで見て、嬢ちゃんみたいな子が使う剣じゃないと素気無すげなく断った。


「大丈夫です、使えます」

「冷やかしなら他所よそでやってくれや。うちの品はどれも一級品だ」


 だから買うんじゃないの。会話がみ合わないわね。仕方ないので論より証拠と、案山子カカシを切ってみせるからそれを見て判断してもらうことにしたわ。

 私はシミターを手に軽く腰を落として居合の体制に入り、軽く一息ついた後に振り抜いた。


 ザンッ!


「まあまあね」


 日本刀じゃないから完全ではないけど、ルイーズさんにもらった直剣よりは楽だわ。私はシミターを納刀しておじさんに返した。


「嘘だろ・・・」


 二つにわかたれた案山子カカシを拾い、店のおじさんは私と切り口を交互に見て呆然と呟いた。その後、私が商業ギルド証を出して目の前に見せると、我に返ったのかシミターを売ってくれた。お土産ゲットよ!


 ◇


 市場からの帰り道で、ブレイズさんが先ほどのシミターについて言及してきた。


「なあ、それ要らなくないか?」


 さっきの居合を見て、本当は違う武器で行う技であることを見抜いたという。


「旅の思い出のしなだからいいのよ。でも良くわかったわね」

「そりゃ、抜くスピードが命の技で三日月刀シミターじゃな」


 帰ったらテッドさんに日本刀でも作ってもらおうかしら。折り返し鍛造とか焼き入れで反りを作るコツを伝えれば、テッドさんなら作れるかもしれないわ。


「そんなことより、作物はヒータイトには何もないの?あれは市場は市場でも武器市ぶきいちじゃない」

「時期が時期だからな。作物は厳しいんじゃないか?」


 そうだったわ。冬の手仕事で鍛冶というわけではないでしょうけど、冬なら鉄火場の暑さも夏場よりは気にならないのかもしれないし、今の時期に武器市ぶきいちがたつのは仕方ないことよね・・・っと。

 後ろから接近するひったくりとおぼしき気配を感じとり、私は身を引いてかわしつつ、交差するタイミングで腰にかけていた神雷の警棒を素早く首に押し当て、電撃を食らわせた。


 ビリビリッ!ドシャッ!


 周りを見ても誰もいないので単独犯のようだけど、どうしたものかしら。顔から地面に突っ込んだまま電撃でピクピクと麻痺しているひったくり犯の様子を見ながら、ブレイズさんに問いかけてみる。


換金所ぶたばこはどこかしら」

「そんなものはない」

「それなら、神雷の警棒が試せたことだし、このままにして帰りましょう」

「なんだ、その物騒な名前の棒は」


 私は三段式に縮めた警棒を振ってシャキンと伸ばしてみせると、神雷聖歌で三倍増にした雷撃効果による非殺傷の機能を説明した。


「草薙の鎌だとザックリしちゃうかもしれけど、これなら携帯にも便利で安全でしょう?」

「そりゃ便利だな。俺にも一本作ってくれ」


 私は了承して警棒を縮めると、倒れた強盗未遂犯を置いて船へと戻った。


 ◇


 船場に戻って来ると、前回と同様に船長はビールで乾杯していた。やがて帰ってきた私たちに気がつくと、ジョッキを掲げて話しかけてきた。


「よう!なんかいいものは見つかったか?」

「ヒータイトは武器ばかりで何もなかったわ」


 私はシミターを見せて肩をすくめた。


「まあ、この時期じゃな。市場に行くよりは港の魚屋でも見た方がマシだ」

「それを早く言ってよ!」


 私は教えられた魚屋に向かって走ると、そこで信じられないものを見つけた。


「こ、これはまさか・・・タラバガニじゃないの!」

「ああ、そいつは魚じゃねぇ。網に引っかかった余計なもんだ」


 店主のおじさんの説明に愕然とした。まさか捨てているというの、このカニの王者とまで呼ばれるタラバガニを!

 それをすてるなんてとんでもない!私は網にかかったというタラバガニをすべて買い取ると言うと、変わった嬢ちゃんだと笑いながら網に絡まっているものを外して好きなだけ持ってけと言われてしまったわ。商品扱いされていないんじゃ輸入もできないわね。

 私は、お礼を言いながら魚屋の裏手に回ると、タラバガニが沢山網にかかっていた。先のことは後で考えるとして今、夜はカニ鍋パーティよ!


「おいおい、嬢ちゃん。そりゃ魚じゃねぇだろ!」


 大量の蟹を抱えて帰ってきた私を見て船長さんが仰天していたけど、そんなことを言っていられるのも今のうちよ。


「今夜は今まで食べたこともないほど美味しい料理を食べさせてあげるわ」


 それまでビールはほどほどにしておくことね。カニとビール、このタッグにかなうものはないわよ!


 ◇


 その夜、私は料理長と手分けをして作った蟹尽くしの料理を蒸気船の大食堂に並べた。柑橘系の果汁と酢で作ったポン酢と共に、カニ鍋、カニ蒸、オーブン焼き、バター炒めといったベーシックなカニ料理を最初に出した。

 その後、そんな素の美味しさを知った後のバラエティとして、カニクリームコロッケ、カニクリームパスタ、カニミソグラタンといった濃厚でジューシーな味わいも用意したわ。

 おかず以外に、カニピラフの他、カニ玉、カニ寿司、カニの押し巻き寿司、カニのチラシ寿司、カニ丼といったワサビ醤油が効くメニューもこれでもかとそろえたわ。

 その他にも、カニサラダや茶碗蒸しといったものも添えて、カニの美味おいしさを余すところなく伝えた。もちろん、キンキンに冷えたビールや日本酒の用意も抜かりないわ!


「これが、昼間に見たカニの実力よ!」

「「「くっそ、うめぇええええ!」」」


 ガツガツガツガツ!


 大食堂に集まった船乗りたちによって、凄まじい勢いで減っていくカニ料理とビール。私もカニ味噌をズズッとすすりながら一杯だけ飲んでみたけど、信じられないくらい美味しい。


「これを捨てるなんて信じられないことをするわ」

「まさか漁師たちが海の蜘蛛くもと呼んで捨ていたものが、これほどまでに美味しいとは思いませんでした」


 料理長は魚の仕入れの関係でかにの存在は知っていたようだけど、外見から誰も食べようとする者はいなかったのだという。ヒータイト王国の沖合でしか獲れないのかと思ったらそうではないのね。それならロブスターやエビが見つかる日も近いわね。


 私は更なる美食の予感に身を震わせながら、タラバガニの旨味を存分に味わうのだった。



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