第88話 キルシェに向けた海の旅

「ふわぁ〜、潮風が新鮮だわ!」


 この際キャンピングカーと同様に、空間拡張の魔石で蒸気船の中身をクルーズ客船にしてしまおうと自重なく魔改造した結果、かなりの快適空間と食糧が用意でき、クルーズ旅行気分を満喫していた。酔い止めポーションも飲んでいるから船酔いすることもないわ。

 クルーズ船に改造した直後、船長さんは船室の大部屋がコンサート会場のような中央広間に唖然としていたが、乗組員の部屋も大拡張して快適になったと笑っていた。


「またとんでもないものを・・・」


 私は風にさらわれるサイドテールの髪を抑えて、ぼやくブレイズさんの方に振り向くと、ニッコリとした表情で親指を立てて言い放った。


「別にいいじゃない。外から見えなければいいのよ!」


 その後、出発前の説明ということで、大食堂で昼食をとりながら船長のプードルさんから今回の航路の説明を受けたわ。

 まずはスポーンの南端、次にエープトルコの南西、それからエープトルコの西にある三国に寄港して北上し、目的地であるキルシェの西海外の港につけるという。


「それぞれの港では宿泊したりするの?」

「長旅になるから、船旅に慣れないアンタらのために合間に陸地で休む予定だったが、船内がここまで快適になったらなぁ」


 そこで一度言葉を止め、料理長のシーフードパスタを食べたり赤ワインを飲んだ船長さんは肩をすくめて続けた。


「どこの国の一流レストランでも、ここまでの料理と酒は出ねぇよ」

「恐縮です」


 船長さんの言葉に、料理長がお辞儀をして返す。今回は帝国にいった時と違って料理長もついてきているから、新鮮な魚介類でシーフード三昧できるというわけよ!


「真水は魔法鞄で大量に持っていけるから使い放題、無くなっても錬金術で純水をみ放題でノンストップで行けるはずだけど、せっかくだからエープトルコより西の国の市場を見て回って、新たな料理を生み出す食材を見つけたいわ」


 そうすれば、もっと美味しい料理が食べられるようになる。そう説明すると、船長さんは快諾かいだくしてくれたわ。これでキルシェへの船旅も楽しみが倍増するというものね。

 私はまだ見ぬ異国の市場に溢れる食材に思いを馳せ、期待に胸を膨らませるのだった。


 ◇


 その後、ベルゲングリーン王国の南の港町を出港した私たちは、スポーンの南端から迂回してエープトルコの西に隣接するエルザード王国の港町に寄港しようとしていた。


「よし、エルザード王国の港に着いたぞ」


 船を港につけた船長の合図に、桟橋さんばしから港の波止場に降り立つと、心地よい風が通り抜けた。

 船長さんの話によると、エープトルコ王国のすぐ西に位置するエルザード王国は中立国という微妙な立場だけど、市場で売り買いする程度は問題ないそうよ。

 そんなわけで、私はブレイズさんと一緒に、早速、港町の市場に出かけたのだけど、


「清々しいくらい何もないわね」


 期待して来たものの、エープトルコと隣接しているので置いているものに変わりなかったわ。いえ、正確に言うと私が色々と発見する前のエープトルコと同じかしら。よく考えたら冬に市場に来て色々置いてある方がおかしかったわ。


「あ、長ネギじゃない!」


 すき焼きと焼き鳥とチャーハンが美味しくなるわ。あと、ブリとネギの相性は最高よ。肝心のブリが見つかってないけど。

 とりあえず店にある分を全部買い占めておきましょう。


「すみません、長ネギをください」

「あいよ、量はどれくらいだ?」

「店にあるの全部で」

「はぁ!?」


 驚いているところに私が商業ギルド証を出すと、慌てて決済を済ませると、魔法鞄に大量の長ネギを押し込めた。


「驚いたな、嬢ちゃんみたいな子がこんなに大量に買い付けるなんて」

「なにか他におすすめはないかしら」


 残念、食べ物はなかったわ。強いて言えば香木こうぼくなのだとか。


伽羅きゃら沈香じんこう、それに白檀びゃくだんとは随分と渋い香木こうぼくを薦めてくれたじゃないの。線香が作れてしまうわ」


 そうね、夏になったら白檀扇子びゃくだんせんすとかあると良いかもしれないわ。帰ったら木工職人の人に頼んでみることににしよう。

 そう決断すると、私は白檀びゃくだんを多めに仕入れて市場を後にした。


 ◇


「ん?もう良いのか?」


 蒸気船に帰ってくると、久しぶりの陸地ということで酒場に繰り出しているはずの船長さんや乗組員の人たちがビールで一杯やっていたわ。まあ、積んできたビールやワインの方が港の酒場に置いてある酒より上だもんね。


 私はエープトルコから近いのでエルザードの市場も品揃えに大差なかった話をした。その後、ジョッキを片手に持つ船長さんの姿に、ふと思いついて提案した。


「ただ、ビールを飲んでいると言うのなら良いものがあったわ」


 せっかくだから、買ってきた長ネギを使って焼き鳥とネギの味噌焼きでも作ってあげましょう。私はキャンプ用の鉄板を取り出し、冷蔵庫から取り出した鶏肉を丁度良い大きさに切り分け、同じくらいの大きさに切った長ネギと交互に鉄串てつぐしに刺し、照り焼きと塩やきの味付けで焼き鳥を作っていく。

 それと同時に、ざく切りのネギを胡麻油ごまあぶらで軽く焦げ目をつける程度に焼き、味噌とみりんと胡麻粉を混ぜたソースを作って、焼きを入れたネギにらした。


「はい、おつまみの照り焼きソースの焼き鳥と長ネギの味噌焼きよ」


 これはビールに合うはず。私はまだ飲む歳でもないから錬金術で生成した柑橘ソーダで我慢するわ。


「うぉぉ、うめぇ!」

「これは使い道が多そうな野菜ですな」

「焼き鳥とネギがあれば何杯でも飲めるぜ!」


 ふふん、そうでしょうとも。やはり長ネギは万能だわ。これがあれば、肉も魚も一味違う一品が出せるというものよ!


「食べ物はこの一品だけだったわ」

「いや、十分だぜ。さすが嬢ちゃんだ」


 こいつはこれからの寄港も楽しみだと船長さんは言いながらカパカパとビールを空けていく。そんなに飲んで・・・大丈夫ね。キュアポーションで一発で酔いが覚めるわ。

 私は酔っ払いたちを尻目に船の客室に戻ると、キルシェの港に着くまでのノルマである導声管の製作に取り掛かかりながら、キルシェの要望についてエリザベートさんから聞いた内容を思い出していた。


 ◇


「蒸気機関などの技術協力はこちらの工房に習いにきてもらうとして、天然ガス開発は現地に行かねば無理か」

「そうですね、爆発の危険性がありますし」


 キルシェ王国もブリトニア帝国と同じで寒冷地のため、冬の暖という悩みは同じようね。私が到着する前に、帝国と同じような事前探索をするよう通信を使った光報で知らせてもらうことにしたわ。


「それと、駐在大使殿が通話網に感心したそうだ。導声管による通話網の整備はメリアに頼むしかない」

「わかりました。現地に行くまで蒸気船でそれなりの量を作リます」


 天然資源開発に蒸気機関や通話網の技術供与なんて同盟国並みの扱いね。外交に関わる判断なのだろうし、私は深く考えないことにしましょう。それだけ安定してカツオブシが供給されるというのなら、反対する理由もないわ!


 ◇


「そういえば声のトレーニングも欠かなさないよう言われたのだったわ」


 エリザベートさんとのやりとりの最後の言付けを思い出した私は、フォーリーフの先達である過去のシスターに敬意を表して、錬金術で導声管を作りながら讃美歌を歌い始めた。

 すると、なんということでしょう。今までの三倍のスピードで導声管が作られていくわ。まさかと思うけど、私は讃美歌を歌いながら内なる声で錬金プロセスを制御してポーションを作ってみる。


「父なる創造神と母なる大地のたなごころに〜♪我ら・・・」

(魔力神仙水生成、水温調整、薬効抽出、薬効固定、冷却・・・)


 チャポン!


 どれどれと鑑定で見てみる。


 上級ポーション(+++):軽い欠損や重度の傷を治せるポーション、効き目最良三倍増


 なんと、讃美歌には錬金術の効果を三倍に強化する力があることが判明してしまったわ!


「神聖魔法と錬金術の複合、神聖錬金術とでも名付けましょう」


 こうして、偶然の産物でフォーリーフのライブラリに新たな知識が加えられ、私は長い歴史で完成されたポーション製作に、更なるブレイクスルーを起こすことに成功したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る