祝福の錬金術師

第87話 お茶会という名の独唱会

「素晴らしい歌ですわ、メリアスフィール様!私達、夜会で聞いて以来、すっかりファンになってしまいましたのよ」

「ありがとうございます、お恥ずかしい限りです」


 まずは帝国で賞を取った二曲の歌を夜会のオープン・コンサートで披露しようというエリザベートさんの案により歌手デビューを果たしてしまった私は、帝国の歌劇舞台を思い出して歌手の仮面を被って声援に応えたわ。帝国でピアノの演奏が物珍しかったように、王国では声楽が盛んではなかったことから新鮮に聴こえたようね。

 その結果が、このプライベート・コンサートというわけよ。夜会にご婦人方との茶会に御令嬢のコーデの時間でも歌わされたら喉の病気になってしま・・・ったらポーションで一発で治ってしまうわ!

 私は紅茶を嗜みつつ、ご婦人方との応対をしながら内心で頭を抱えた。歌手の人は思っていたより大変だったのね。


 ◇


「えーい!」


 ボフンッ!


 お茶会がお開きになって王宮の離れにある研究棟に戻ってくると、私は研究室に設置したコタツにダイブし、癒しを求めて自作したフェンリルのぬいぐるみを抱えて横倒しの体勢で右へ左へとゴロゴロしてみせた。


「確かにお茶会を開けとは言われたけど、毎日とは聞いてないわ!」


 最初はエリザゲートさんを通した王妃様からのご招待により、全ての公爵夫人方がお集まりになる席でお茶会デビュー。それから、上は侯爵夫人から爵位順にお茶会の予定がビッシリじゃない。普通、仲の良いご婦人同士で開くもんでしょ。なんで私は全員なのよ!


「おいおい、いくら研究室だからっておそわった行儀作法マナーはどうした」

「私の精神的余裕マナーはもう品切れよ」


 呆れて注意するブレイズさんにフェンリルのぬいぐるみの足を広げ、腹話術で『ご主人は限界なんだワン、いたわってあげるワン』と悲痛な声で訴えさせる。


「じゃあキルシェから本国訪問の打診が来ているそうだが断るしかないな」

「行くに決まっているじゃない」

「限界じゃなかったのか?」

『茶会の百や二百でどうにかなるご主人ではないガウ!食材探索するガウ!』


 腹話術のフェンリルくんのセリフに呆れた様子を見せたけど仕方ないじゃない。カツオブシがある国なら他にもあるかもしれないわ。

 詳しく聞いてみると、どうやら帝国で色々と資源開発をしてきたことを聞き及んだらしく、同様に寒冷地にあるキルシェにも友好国としての対応をお願いしたいのだとか。


「つまり、帝国の前にウチの方が先だって言いたいのね」

「身もふたもない言い方をすればそうだな」


 そうなると外交問題だから王宮の判断次第ね。私は大人しく春のコーデをデザインしながらポーションでも作っていることにした。


 ◇


「キルシェに行くのはしばらく後になる」


 王宮の判断なのか知らないけれど、結局、お茶会が一巡するまで先延ばしということになったわ。

 研究室に訪れたエリザベートさんの説明によると、私からお茶会を断られたなどと噂が立って余計な憶測を生むと、社交界でどれほど爪弾きにされることかわかったものではないという。

 そこまで大層な存在になった覚えはないけど、仕方ないわね。


「あと、そのぬいぐるみとかいうものを幼い子息たちがいる貴族家に作って欲しい」

「これは、特に特殊な縫い方はしていないので、お抱え職人達で作れるのでは?」


 これもお茶会と同じで私が手ずから作ったものを贈られることに意味があるのだとか。ここまでくると、近所付き合いの域に入ってきたわね。いいわ、子供達のためにモフモフ・フェンリルを縫い上げてみせましょう。

 こうして私はお茶会という名の独唱会&演奏会とぬいぐるみ作りに明け暮れたのだった。


 ◇


「お久しぶり、テッドさん」

「おお、メリアの嬢ちゃんか。帝国はもういいのか」


 私は帝国での話をして当初の目的は果たしたけどピアノを百台も輸出しないといけなくなった話をした。


「一応、ピアノ収納用の魔法鞄を作ったから、作れば商人達で運べると思うわ」

「おいおい、ピアノより魔法鞄の方が何倍も高いぞ」


 そうかもしれないけど、運んでいるうちにせっかく職人が作ったピアノが壊れてしまったら悲しいじゃないの。それに、スピーカーとセットで携帯すれば、いつでもどこでもオープン・コンサートが開けるわ。

 私はそのような考えをテッドさんに伝えると了承してくれた。


「一応、先払いでお金はもらっているから、決済だけは今済ませるわね」

「おう、送り先は帝都の商業ギルド宛でいいんだな」


 とりあえず、少しずつでいいので出来た順に商業ギルドを経由して送ってもらうことになったけど、もし対応が厳しいようだったら、図面を起こして向こうの職人に作らせるようにお願いしたわ。


「あと帝国でもライ麦をもとにしたウォッカという蒸留酒を作ることになったの。これは錬金術で擬似発酵させて作った試作品よ」


 強いお酒なので、一応、飲み方も水割りや果実と混ぜて飲むように伝え、感想をお願いした。もし需要がありそうだったら、帝国から輸入することで文化的な交流がはかれるかもしれないわ。


「おう、任せておけ!」


 あとは・・・そうだわ、遠い未来では天然ガスも輸入するかもしれないし、王国でもガスボンベが作れるようにしておく必要はあるかもしれないわ。

 私は向こうで職人達に教えたガスボンベの作り方を、その時に書いた図面を使ってテッドさんにも伝えた。

 実際の実物はブレイズさんに取り上げられていたので、ブレイズさんに試しにガスバーナーやガスコンロを使って見せてもらい、天然ガスを使い切った状態で見本としてテッドさんに渡してもらう。


「機密性が高くなくちゃいけないんだけど、ガスボンベや真空装置のように気体に対して機密性のあるものを作るのは相当な加工精度や溶接技術を必要とするから、これが作れるようになれば技術が向上した証になると思うわ」


 帝国の鍛冶職人と競争ね、私は悪戯っぽく言った。


「はっはっは、そりゃ負けるわけにはいかねぇな!」


 テッドさんは笑って引き受けてくれた。これでガスコンロで中華鍋を振れるようになる日も遠くないわね!


 ◇


「そろそろキルシェに行けるのかしら・・・食材探しに」

「さあな、お茶会の予定は全て終わったが連絡は来てないぞ」


 そもそも、具体的に何をさせたいのか聞いてないし、今すぐに暖を取らないと人命に関わるところだった帝国と違って、要件がぼんやりし過ぎているわ。通信網だけはカツオブシ決済のために行き渡らせたはずだし、今の所、通信網だけが発達した帝国といったところなのかしら。


「夏の後半はあんなだったし、たまには気楽な旅でもしたいわね」

「そうだな。先方に保養地でも用意してもらうか」


 贅沢は言わないから蟹鍋とかブリみたいな魚介類が食べらればそれでいいわ。別に鉄火丼でもいくら丼のような冬の幸でも構わないのよ?

 どちらにせよ遅くとも春過ぎには戻ってこないと、エリザベートさんの婚儀を見れなくなってしまうわ。もう準備は万端だから私がすることはないけど、せっかく協力したのだから最終的な出来栄えは拝みたいところよ。

 そんな悶々もんもんとした日々を過ごしつつも、いつ指示が来てもいいように、商業ギルドへの化粧品原料の納品やポーションの作り貯めを行っていった。


 ◇


 月一の演奏会を終えたある冬晴れの朝の日に、キルシェ渡航の指示が来た。


「冬の峠越えを避けて、南の港から出港して海路を行くことになった」

「蒸気船で南から迂回なんて、ずいぶん長い旅になりそうね」


 スポーン、エープトルコ、さらにその先の西南諸国の港を転々と寄港してキルシェの西海岸につけるなんて、一ヶ月くらいかかるんじゃないの?

 確かに陸地がそばにあるから危険はないのかもしれないけど、壊血病にならないように、ビタミンCを摂れる果物や野菜を詰められる冷凍庫を作っていきましょう。


「なんだ、その壊血病というのは?」

「長い間、海の航海をしていると、保存食ばかりで新鮮な野菜や果物を食べなくなって、必要な栄養素が取れずに、血管が弱って口や鼻から出血したり体調を崩すのよ」


 今までは長くても数日だったから問題になっていないかもしれないわね。キュアイルニスポーションで直せるけど、わざわざ体調を崩す必要もないでしょう。

 それにしても、大航海時代の気分を味わえるなんて今から楽しみだわ。私はまだ見ぬ港町の風景を夢想しながら期待に胸を膨らませた。

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