第83話 暖を取る手段の考察
「聖女殿、久しぶりだな」
「ルイーズ皇女殿下、ご無沙汰しております」
私は錬金薬師としての礼をとろうとして、ここに来る前の礼儀作法の教えを思い出してカーテーシーをしてみせた。
「よしてくれ、人道支援に来て貰って堅苦しい思いをさせても仕方ないだろう」
それとは関係なく、もう少しフランクに接して欲しいと言われたので、お言葉に甘えて気を緩めることにした。
「状況はどうですか」
「西から薪を支給している。疫病の件が済んでから全く何もしなかったわけでもないので、多少の猶予はある」
なるほど、以前ほど切迫した状況ではないようね。私は支援の手段として火炎の効果を付与した魔石を恒常的に動作する魔石ストーブに設置して見せ、冒険者ギルドなどから魔石を融通して貰えば、どんどん付与して魔石ストーブを用意できると説明した。
「剥き出しで置いておくと火事になるので何か容器を用意してくれると嬉しいです」
「わかった。魔石とそれを格納する箱はこちらで用意しよう」
これで火炎の魔石を順次配給していけば当座は問題ないでしょうけど、どうせなら私がいなくなっても、ある程度は自己解決できる手段を残していきたいわね。
石炭、石油・・・は、ちょっと硫黄酸化物や窒素酸化物の脱硝処理や脱硫処理、それに
「これは、ちょっとした思いつきではあるんですけど・・・」
と断りを入れて、帝国は広いので天然ガスとかが沸いているところがあれば、
「すまない。石炭はわかるが原油と天然ガスとはなんだ?」
う・・・そこからですか。私は錬金術でメタンガスを生成して液化し、鉄で簡易ライターを常温鋳造で作り、火をつけて見せた。
「井戸などを掘った時に、泡を含んだ茶褐色の水が出るような地域がないか、過去の記録や住んでいる人に聞いていけば、このような燃える気体が地下にある地域を探り当てられるかもしれません」
そこから地下に眠るガスを液化して各地に送ることを説明した。将来的には、パイプラインも考えられるけど、それは街の中で配管できる程度の技術が備わってからの話ね。
「ほう、これは不思議だ。これがあれば火種もいらんな」
そうだった、当たり前だけどライターもないわよね。ガス式じゃなくて最初はオイルライターでやって欲しい気がするので、後でオイルを燃料にしたライターの図面を書くので鍛冶師や細工技師に渡して見せてもらうことになった。
原油は、そのまんま地上に湧き出ている黒い燃える液体と説明し、錬金術で主成分である飽和炭化水素のアルカンを分子構造から生成し、数百ミリリットルだけサンプルとした渡した。揮発性で、そのままだと流石に危険なので錬金術で完全密閉空間に閉じ込めたわ。
「自然に存在しているものはここまで綺麗ではありませんが、よく燃えます」
錬金術で密閉空間から数滴だけ取り出して燃やして見せた。
「ただ、燃やすと石炭と同様に有害なガスも発生するので、排気ガスを処理をする効果を付与した魔石に通して、無害化する必要があります」
これも、石油ストーブ化するには、それなりに鍛冶屋さんに丁度いい燃え方をするようにする必要があると話し、最初は比較的クリーンな天然ガスが望ましいと説明した。
「わかった。見つかるかわからんが、丁度、広く見て回るのでついでに探させよう」
「よろしくお願いします」
よし!これでうまくいけば、生産や処理するための魔石を作れば自立できるわね。見つかった時に備えて、精密なガス栓を備えたボンベと、ガスの噴出量と混合させる空気の量が調整できるガスバーナーやガスコンロみたいな部品だけでも作っておきましょう。
◇
あれから、私は魔石の集配の都合で帝国東部の中央の街ウルカンに数日かけて移動し、集まってきた魔石に火炎の効果を付与していくことになった。
「これだけ火炎の魔石があると危険じゃないか?」
「暖を取る程度の火力で長持ちするように効果付与してるから大丈夫よ」
武器や蒸気機関に使うレベルの火力の魔石がこれだけあったら、今頃、キャンピングカーの中で蒸し焼きになってるわよ。ブレイズさんは心配性ね。未だに雷神剣や蒸気機関初号機の実験の事を根に持って・・・って、そういえばブレイズさんには最強の盾をあげたはず。
私はふと思いついて氷結の大盾を使うように促した。
「心配なら、蒸気機関の実験の時に使った氷結の大盾を使えば無敵よ」
「なるほど、そりゃ盲点だった」
ブレイズさんが硬度大強化と氷結大効果の中級魔石を二つずつ組込んだ大盾を取り出して構えると、キャンピングカーの中で全てを凍らせるような冷気が襲ってきた。
「さすが私が作った大盾・・・って寒いわよ!」
パキーン!
盾のすぐ近くにあったコーヒーカップの表面に氷が張って割れた。慌てたように魔法鞄に氷結の大盾をしまって一息ついたブレイズさんに、割れたコーヒーカップをぷらぷらとさせてみせながら告げた。
「これが武器用と民生用の魔石の違いよ」
「ああ、この火炎の魔石は安全だって、よくわかった」
それと同時に、あの大盾がとびきり危険なブツだってこともな。ブレイズさんはそう付け加えると、割れたカップを片づけ始めた。
「まあ、出力が大きければ大きいで、直接に使わずに離れた場所で湯を沸かして、水道管のように各部屋に巡らせて温めるような間接的なやり方もあるわよ」
「なるほど、それなら離れた場所におけるな」
というか、氷結の大盾の威力で目が覚めたわ。帝国にくる時にタイヤチェーンなんて作ったけど、火炎剣並みの魔石を付与した槍を前方につけて走れば、除雪車になるって事をね!次に移動するまでに用意しておけば雪の中の移動も楽だわ。
「それはともかく、盾の効果で体が冷えちゃったから、紅茶でも淹れて一息つきましょう」
私はアールグレイ風味の紅茶を淹れると、私はストレートで、ブレイズさんにはカップが割れたコーヒーの代わりにブランデー紅茶にしたものを差し出し、擬似熟成して作ったウイスキーのボンボンショコラを出して摘んだ。
「帝国なら寒冷地らしくライ麦を使ったウォッカみたいなお酒も作れるかもしれないわね」
「なに?まだ別の種類の酒があるのか」
そりゃあるでしょう。でもその前に柔らかいパンとか調味料とか、帝国にはもっと他に作るべきものがあるわ。紅茶の茶葉を輸入するのと引き換えに、そういった足りないものを輸出してあげましょう。
そう言って紅茶を一気に飲み干すと、また効果付与作業に戻るのだった。
◇
次の日の朝、キャンピングカーから出て伸びをすると、目の前に白い毛をもふもふとさせた子犬が伏せっていった。尖った枝で足を傷付けたのか足から血を流しているようだわ。
どこかで見たような
ワフ?
いきなり怪我が直ったことに気がついたのか、白い子犬は一瞬不思議そうにして首を傾げ、傷ついていたはずの足をぺろぺろと舐めて確かめているようだった。
「もう直ったわよ、早く親のところに戻りなさいな」
子犬は嬉しそうに飛び回った後、ひと吠えすると森の方に走り去っていった。ライブラリの記録が確かならあれは・・・
「フェンリルってまだ生きていたのね」
私の前世の時代でも滅多に会えないと言われた北の寒冷地に住む神獣だった。
「朝から珍しいものが見れてラッキーだったわ。今日は何かいいことがありそうね」
朝のストレッチ運動を終えた私は、思わぬ瑞兆に気分を良くしながら、キャンピングカーに戻っていくのだった。
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