救国の錬金術師

第82話 冬の帝国への旅路

「コーヒーはソーサーを持ってはいけません!」

「・・・はい」


 おかしいわね。紅茶もコーヒーも私がもたらしたはずなのに、どうしてもうマナーができているのかしら。エリザベートさんはありがたくもマナーに詳しい女官をあてがってくれたけど、細かいことが多いのね。幸い、姿勢維持のような肉体的なものは以前から出来ていたのですぐに終わったけれど、それ以外はライブラリになかったので、聞いている側から自動的に知識として記録されていく。ライブラリって本当に便利だわ。


「結構です。メリアスフィール様は覚えがよろしくていらっしゃいますね、ダンスはお付きの騎士殿とよく練習されておきますよう」

「はい、ありがとうございました」


 先生に対してする礼の姿勢を維持したまましばらくすると女官の人は満足気な表情をして去っていった。


 ドサッ!


「はあ、きっついわぁ」


 扉が閉まると同時にソファに横倒しになり緊張をとく私に、ブレイズさんもため息をついた様子。


「まったくだ。なんで俺までダンスを覚えなくてはならんのか」

「第一の護衛騎士なんだから仕方ないでしょう。というか私だけ罰ゲームをさせる気なの?」


 二人とも運動神経が良かったので、普通の御令嬢ではできないようなステップも言われるまま軽々とこなしてしまったわ。それに、気をよくしたダンスの講師が際限なくハードルを上げていき、知りうる全てと構想段階のものも叩き込まれてしまったのよ。これで後世のフォーリーフはある程度のマナーとダンスが踊れるようになったはずだわ。


「大体、ブレイズさんも悪いのよ。普通に考えて空中に放り投げたりリフトするダンスが貴族の社交に必要になるわけないでしょう」

「お前だって言われるまま空中で三回転してたじゃないか」


 そんなの薙刀ナギナタを持って三回転する孤月回転演舞三段が撃てて出来ないわけないでしょう。でも普通の御令嬢を放り投げたらフィギュアじゃあるまいし、膝を壊したらどうするのよ・・・ってポーションで治るけど!


「不毛な言い争いはやめましょう。それより帝国の支援活動の予定はどうなってるの」

「もう明日にも出発だ、寒波が酷いらしいからな」


 疫病の根絶のために、死者の火葬や罹患者の血がついたシーツの焼却にまきを大量に消費した影響で冬を越すためのまきが足りなくなり、私がだんをとるための火炎の魔石を現地で量産する人道支援をすることになったわ。おりしも例年にない寒波が襲ってきて凍死者が出かねない状況なので、早めに出発することになったのよ。


「そう、今回は食材はちゃんと用意出来ているんでしょうね」

「当たり前だ。もう硬いパンだけの毎日は御免だからな」


 それにしても冬に寒冷地に行くなんてついてないわ。牡蠣かきやイクラ丼や蟹鍋カニなべやおでんが期待できるなら良いんだけど無理でしょうね。

 さすがに冬に気球には乗りたくないから、今回はキャンピングカーでゆっくり向かう予定よ。唯一の利点といえば、


「これでしばらくは行儀作法のレッスンから解放ね」

「そういうことだな」


 国境付近で新しい領都になる予定のローズブランシェに立ち寄り、メリアードの店舗の様子も見ていけるわね。


 ◇


「寒いみたいだから、クレーン湖畔に行く時とは逆に保温の魔石をアンダーウェアに仕込んで暖をとるようにしましょう」


 帝国に向かう道中、私はアンダーウェアに仕込む魔石をブレイズさんに渡した。窓を流れる風景を見ると、以前は気球で通った湿地帯の付近を通過しているのか、霧が立ち込めているようだわ。


「前がほとんど見えないけど大丈夫?」

「ちょっと厳しいな、もう少し灯りが欲しいところだ」


 なるほど、それならなんとかなりそうね。少し停車してもらうと、私は二個の魔石に発光の効果を付与し、鉄板で簡易的な反射板を作ってキャンピングカーのフォグランプとして左右に一つずつ設置した。電池切れはないけれど、寝る時は眩しくて仕方ないから箱にしまわないといけないわね。


「これで少しは見えるようになるかしら」

「ああ、十分だ」


 ブレイズさんはそう返事をすると、再び霧の中を進んでいった。


「ルイーズさんは元気にしているかしら」


 条約の締結が済んだ後、帝国に戻ってからは連絡を取り合っていない。条約締結はしたものの、通信網を整備するほど関係改善は進んでいないので、他国と違って気軽に連絡は取れないのよ。


「また、兵士の指揮をするそうだから、現地に行けば会えるだろ」


 なんと、それはもしかしてキュアイルニスポーションを量産して配布するあの体制を再現しようとしているのかしら?今回はちゃんと眠る予定なのよ。

 私は一抹の不安を抱えながら濃い霧の中を進んでいくのだった。


 ◇


「ここがアジュール公爵領の領都になる予定のローズブランシェなのね」


 ベルゲングリーン王国の主要都市と比べると整備がまだまだ進んでいないわね。この分だとメリアードで飲食する余力がある客の数はそれほど見込めないかもしれない。でも四、五年後を思えば、それほど小さな街というわけではないから、王国の領地として平均的なインフラ整備が進めば経済も活性化されていくのでしょう。


「一応、あそこがメリアードの支店らしいが見ていくか?」

「そうね、一般客として休息を取らせてもらいましょう」


 しかし私たちが店舗に入ると、ごく自然にVIP席に案内された。なぜか一発でバレたらしい。


「メリアスフィール様を見誤る店員など、ここにはおりませんよ」


 なんということでしょう。どうやら元帝国領であるこの支店では、私は疫病を根絶した聖女、兼、喫茶店メリアード設立者の一人として店に肖像画が飾られているらしいわ。

 少し気恥ずかしくなり、私は取り急いで昼食代わりにミートソーススパゲティーを二人前、食後にコーヒーと紅茶とショートケーキを一つ注文した。


「あの肖像画、実物よりかなり美化されてないか?」

「うっさいわね、内なる精神のあり方が滲み出た結果よ」


 しばらく待つとミートソーススパゲッティーと水が運ばれてきた。食べてみると、ちゃんと王都の本店と同じクオリティに仕上がっており、その後に運ばれてきた食後のデザートも申し分なかったわ。どうやらチェーン展開は上手くいっているようね。

 私は帰り際に精算する際、何か問題はないか聞いてみたところ、この辺りでもまきが不足気味だというので、火炎の魔石を渡して店舗の暖炉に設置して使ってもらうように話し、支店を後にした。

 どうやら、なるべく早く現地に向かった方がいいようね。


「どうする?まだ昼だけど一泊していくか?」

「いえ、このまま現地に直行して夜はキャンピングカーで過ごしましょう」


 ブレイズさんは了解と言葉短く返事をし、ローズブランシェから帝国領にある最寄の街に向けてキャンピングカーを出発させる。私は、遠ざかっていく街を窓から見ながら、エリザベートさんもなかなか大変な領地に配置されると知り、気を引き締めた。


 ◇


「そういえば、帝国は雪とか積もっているのかしら」

「多少は積もっていると聞くぞ」


 それだと、ノーマルタイヤじゃ滑って進まなくなるかもしれないわ。私はキャンピングカーの中で鎖の輪をひとつずつ常温鋳造で作り、トンカチで繋ぎ合わせてタイヤチェーンを作り上げ、雪道になったら駆動輪に巻きつけるように話した。

 その他にも、蒸気機関も周りに保温の魔石を置き、凍結を防ぐ工夫を施した。

 参ったわね、無理矢理魔石で常温を保つことができなければ、不凍剤とかを考えないといけない所だったわ。寒冷地仕様について帰ったらテッドさんにオプションの着脱機構を考えてもらうことにしましょう。


 それから三日後、私たちは無事に帝国領の南にあるローレンスの街に着いたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る