第81話 喫茶店メリアードの開店

「明日はメリアード本店の開店よ!もう一度、お客さまの挨拶から!」

「「「はい!いらっしゃいませ!」」」


 私は王都の喫茶店メリアード本店の内外装やメニューの最終チェックとオープニングスタッフの練度の再確認に駆り出されていた。

 私はオープニングスタッフの確認が済むと、内外装を確認してまわった。

 外観は硬度強化の魔石で強化された広いガラス張りが特徴なレトロな作りで、メリアードのブランドの紋章が私が作った特殊な塗料を使ってペイントされていた。

 カウンターには魔石で強化と冷却効果を施したガラスのショーケースにはケーキが並べられ、上の棚には紅茶の缶が据えられていた。


「なかなか良い雰囲気じゃない」


 奥の客席に移ると、四人掛けのシックなテーブルと椅子が程よい間隔で並べられており、私が指示した通り観葉植物が備えられ、店内の空間には私がオルゴールの譜面に落とした曲が静かに流れていて喫茶店らしい雰囲気を醸し出していた。

 二階席及び三階席への移動は、階段の他にテッドさんのところで設計してもらったエレベーターで移動する仕組みを実現できていた。

 なお、三階はビルさんの案で貴族専用席として各部屋ごとに一顧客専用という贅沢な作りになっている。


「空まで飛んじまう嬢ちゃんには今更だが、家の中で人を上下に運んじまう発想はなかった」


 と言うのは概要図面をみたテッドさんの言葉だった。それならついでにと、エスカレーターやムービングウォークも概要だけ紹介しておいたわ。百貨店や巨大モールができるような時代になったら役に立つこともあるでしょう。


「それにしてもさすがビルさんだわ。思った通りの出来栄えよ!」

「恐縮です、はじめが肝心ですからね。細心の注意を払いました」


 接客もマニュアル通り、メニューの暗記も完璧、出すお菓子や料理も手順書通り。人に依存しないよう一定のクオリティを出せるほどに仕上がっていたわ。私が再度チェックしなくても問題なかったんじゃないかしら。


「これで紅茶が広く伝われば、新たな喫茶の文化が広がるわ」


 あれからフレーバーティーの銘柄として、フルーツ系・フラワー系・ナッツ系・ハーブ系・スパイス系の五種類の銘柄を開発したわ。通常のダージリンと、以前に作ったアールグレイ風とフルーツとフラワーをミックスしたフローラルの二種類を合わせて八種類がオープニングメニューよ。


「お任せください。国中に、いえ国外にも展開して見せますよ」

「頼もしいわ!あと茶器の件もお願いね」


 喫茶店で使うブリティッシュ調のティーポット、ティーカップ、ソーサーのセットも、紅茶とセットで同様に広めていく必要があるので、高級路線はコリアード諸島の本格的なものを仲介し、町人のように一般向けには別途安価なティーセットを作ってもらうようにお願いしたのだ。誰もが工芸品レベルの茶器を用意できるわけではないものね。


「すでに試作品もこちらに用意しております」

「まあ、これなら問題ないわ」


 色柄はついていないし白磁ではないけど、一般家庭で使う分には十分なクオリティの茶器が用意されていた。よし、細工は流流りゅうりゅう仕上げを御覧じよね!


 ◇


 冬晴れのある日、王都で喫茶店メリアードの本店がオープンした。ふたを開けてみれば開店前から行列ができるほどの盛況を見せた。

 商業ギルドに化粧品にチラシを付けて紹介してもらう広告料の相談をしに行った時に判明したのだけど、まだ『広告』だとか『チラシ』だとかの概念がなかったのよ。五線譜量産の時に作った活版印刷を改良して沢山刷ったチラシを見て、是非、印刷機の特許登録をと言われてしまったわ。

 元々、近年の経済発展の度合いと比較して娯楽要素に乏しかったこともあり、チラシは思った以上の効果を上げ、他の都市からも裕福な商人が夫人を連れて訪れていた。


「いくらなんでも行列が長すぎじゃない?」

「はっはっは、参りましたな!これは二号店以降も早急に開店しないとさばき切れませんよ」


 ビルさんは笑いが止まらない様子だったけど、この分では四大都市の喫茶店も周囲から客を呼び寄せてパンクしそうね。オープニングスタッフは、さぞかし地獄の忙しさを味わっていることでしょう。私はスタッフの疲労回復に使ってもらうよう、そっと中級ポーションを渡した。

 でも、ポーションがぶ飲みブラック職場が一般化しないように気をつけないとね。悪しき時代の先取りになってしまうわ。


「中級ポーションならまだマシだろう。毎日眠れるからな」


 帝国の件で、上級ポーションがぶ飲みにより感覚が麻痺したブレイズさんがなにか不穏な事を言ってるけど、ああなったらおしまいよ!

 結局その日は、材料が先に尽きて満員御礼で予定より早めに閉店することとなった。


 ◇


「全部売れてたら嗜好の分析も何もないわ・・・」


 ケーキとかタルトは一人四個までにしないとダメなのかしら。思った以上に商人や町人に富が蓄積されているようで、全種購入とか平気でやらかしているようだわ。価格設定が需給に合っていないのかしら。でも、ビルさんと詰めてかなり高めに設定したはずなのに。


「貴族と同じで高ければ高いほどいいんじゃないか」

「ああ、ブランド効果ね」


 ブレイズさんの言葉に、私は参考にもらった一月分の帳簿の写しをパタンと閉じて考えるのをやめた。流行物はやりものだし、しばらくすれば落ち着くでしょう。

 今はそう、コタツに入ってゴロゴロタイムを楽しむのが私にとって最優先事項。緑茶をズズッと飲んで、かきもちをバリボリする、これが正義よ。


「これが今をときめく喫茶店メリアードの立ち上げに関わった最重要人物の真実の姿だ!と言ってまわりたくなる」

「やめてよ、ブランドイメージが壊れちゃうじゃない」


 頼まれていた水上バギー用の魔石への効果付与を行いながら、紅茶ではなく緑茶を飲んで、お菓子ではなく煎餅やかきもちを食べるような忙しない姿は見せられないわ。

 そう、美しい白鳥は水面下で激しく水をかく姿は見せないものなのよ!


「そういえば姫さんが用があるそうだぞ」

「何かしら、ウェディングドレスや装飾品は順調なはずだけど・・・」


 私は首を傾げつつも、ブレイズさんに明日に王宮の研究棟に向かうと先触れを頼んだ。


 ◇


「メリア、お茶会を開いてくれ」

「は?」


 なんでも、庶民はいつでも気軽に喫茶店でフレーバーティーや高品質のケーキにタルト、情緒あるオルゴールを聴けるのに、令嬢たちは季節のコーデの年四回しか、そのような機会は訪れないとエリザベートさんの元に陳情が行ってしまったようだ。


「貴族の御令嬢がうらやむようなクオリティじゃありませんよ。お菓子はお抱えのお菓子職人にでも作らせて、紅茶は買えば済む話じゃないですか」

「音楽が欠けているではないか。なに、メリアが得意なピアノを弾いてくれれば済む話だ」

「えぇ・・・」


 それって、いつぞやの『私はスイーツを食べられない生殺し演奏会』の再現じゃないですか。そう渋ったものの、私も一応は子爵家相当の当主なので、お茶会の一つや二つは開けるようにならないといけないだろうと。それが多少早まっただけと考えろということで、月一つきいちで、演奏会を主体としたお茶会を開くことになってしまったわ。


「私もお茶会に付き合ってやるから作法の教育は任せろ」

「・・・はい、よろしくお願いします」


 婚儀の準備で忙しいはずのエリザベートさんにそこまでしてもらったら断れないわ。というか、エリザベートさんも、こう見えてお姫様としての行儀作法はきちんと身につけていたのね。

 そういえば貴族籍に移ってから、お行儀とかマナーとか全く学んでこなかったわね。あれ?ひょっとしてダンスとかも踊れなくちゃダメなのかしら。冗談でしょう!?


 こうして私の平穏なゴロゴロタイムは終わりを告げ、行儀作法やダンスなどの特訓に明け暮れるのだった。

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