第80話 茶器の完成とブランデー紅茶
「これがベルゲングリーン王国の王都だというのか」
キルシェ王国で在ベルゲングリーン駐在大使に任命されたブランドー伯は、道を行き交う馬なしで走る蒸気馬車や、街中を歩く町人たちが様々な彩りに洗練された衣服で、裕福な商人の婦人は宮廷でも見ないような化粧をして闊歩している様子に絶句していた。
「明らかに文化レベルが、国の勢いが違う」
ブランドー伯は、当初は竜騎士にキルシェからベルゲングリーン王国まで直接運んでもらう予定でいたが、騎竜たちがフィルアーデ神聖国より東南には絶対に飛び立とうとしないトラブルに見舞われ、予定より大幅に遅れて到着することになっていた。
その道中、フィルアーデ神聖国から南のエープトルコに入り、東に向かってスポーン、ベルゲングリーンと移動していくにつれて、その発展度合いは目に見えて目覚ましいものとなっていく様子に驚かされてばかりだった。
まず、国境付近の街から直接、声で先触れを出すことができるなど考えられないと、ブランドー伯は国境でのやりとりを思い出していた。
「キルシェ王国から駐在大使として参りましたカール・フォン・ブランドーです」
<これは遠いところをお越しいただきありがとうございます。辺境伯に王都に用意しました貴国の大使館まで道案内を頼みますので、ごゆるりと旅をお楽しみください>
なんと、導声管なるもので辺境から王都まで連絡が付いてしまうのだ。ベルゲングリーン王国との通商条約締結で通信網が整備された時も、その非常識さに驚いたものだがベルゲングリーン本国は更に進歩した連絡手段を備えていた。
また、用意された大使館についても、その先進的な設備に驚愕していた。各部屋には捻れば水が出る洗面所、水どころかお湯が出てくる風呂場、水洗式のトイレ、厨房も惜しみなく魔道具が使われ、コンロ・オーブン・冷蔵庫と、見たことも聞いたこともないもので溢れていた。通信は当然のこと、導声管による通話器一つで王宮だろうと有力商会だろうと、王都のどこへでも直接連絡をつけることができた。
そして、王宮で歓待に出された料理の数々は、自国では王宮のパーティでも食べたこともないような美味いもので、ワインやデザートは天上の甘露かと思わせるようなものだった。
「貴国の料理は素晴らしいですね。これほどのものを私は口にしたことがありません」
「はっはっは、ファーレンハイト辺境伯邸と王宮の料理は特別ですよ」
なんと、これらの料理も噂の聖女殿がもたらしたものだという。次元の違う美味さに宮廷料理人が聖女殿が住まう王都の辺境伯邸に研修に出されたのだとか。
なんとしてもこの国の様子を余す所なくキルシェ本国に伝えなくてはならない、この別世界に来たかのような異国の地で、ブランドー伯カールは使命感に燃えるのだった。
◇
一方その頃、メリアはコリアード諸島から送られてきた茶器を見て喜んでいた。
「もうできたの!?すごいわ!」
まずは試作とばかりにブリティッシュ調のデザインのティーポット、ティーカップ、ソーサーが一通り送られてきた。想像以上に、コリアード諸島の陶芸家は出来るようね。
早速、私はメアリーさんに本来の紅茶の茶器はこういうものだと使い方を伝授して紅茶を淹れてもらった。
「ふわ〜、完璧だわ」
深い青と白のコントラストが美しい。これが最初に送られてきたと言うことは、複数の色を出すのが難しいのね。そちらはおいおいといことで、まずはこれを量産してもらってビルさんが始める喫茶店で使ってもらうことにしましょう。
「紅茶も悪くはないが俺はコーヒーの方がいいな」
ブレイズさんのような男性にはコーヒーの方がいいかもしれないわね。そうだわ、あまりお勧めはしたくないけど、ブランデー紅茶を見せてあげようかしら。
私はアールグレイ風味の紅茶をティーカップに淹れ、酒好きのブレイズさん用のカップにだけブランデーをたっぷり紅茶に落とし、次いで全員分、香り付けのために砂糖にブランデーを染みこませて点火してアルコールを飛ばした後に紅茶に混ぜた。
「ティー・ロワイヤルと呼ぶ紅茶の淹れ方よ」
「まあ、さらに香りが引き立ちますね」
最初にブランデーをたっぷり入れるのはブレイズさん用で普通はしないので注意してとメアリーさんに伝えた。
「こいつはいいな!これなら何杯でも飲める」
「何杯も飲むものじゃないわ、寒い日に体を温めるのにいいのよ」
ブランデー紅茶は大人用だから喫茶店で出すのは少し人を選ぶわね。酒癖の悪いお客さんがいて暴れられても困るし、完全に接客用もしくはVIP専用になるかしら。一応、ビルさんに隠しメニューとして伝えておきましょう。
私はゆっくり紅茶を楽しんだあと、通話網を使ってビルさんと港町サリールに連絡を付け、ブリティッシュ調の茶器の量産と隠しメニューを伝えるのだった。
◇
バリッ!ボリッ!
「上品な紅茶もいいけれど、コタツに入ったならば、この方が落ち着くわね」
私はお餅をスティック状に切り分け、醤油と胡麻油を塗って二、三分揚げて作ったかきもちを口に放り込み、緑茶をズズッと飲んで一息ついた。
「そっちの方がお前に似合ってるぞ」
「お嬢様のハイソな雰囲気に合わせるのは二時間が限界なのよ」
冬のコーデで御令嬢たちに紅茶を出して楽しんでもらった反動のストレス解消に、この庶民的な味は効くわ。
「それにしても、帝国は短めのスカートが流行るわね。寒くないのかしら」
普通、逆じゃないの?まあ、十代なら寒さは気にならないのかもしれないわ。新陳代謝がが違うものね。おかげでベルゲングリーン王国では出来なかった膝丈より上のプリーツやラップデザインスカート、キュロットパンツやショートパンツなんかもいけてしまう。厚手の長めのジャケットとセットにした秋から冬にかけたコーデは、感覚的にはクラシック調のベルゲングリーンより進んでいる気がする。
なお、試しに私が帝国向けのデザインを着て見せたらロングスカートにするように言われてしまったわ。ブレイズさんによると、
「お前も一応、ベルゲングリーン王国の令嬢の一人だろう」
だとか。そんな後付けで慎みだとか言われてもピンとこなかったけど、
「それにしてもエリザベートさんも忙しいでしょうに、よく帝国と王国の令嬢の間に立てるわ」
あれから、いくつも薔薇をイメージしたロイヤルウェディングドレスのデザインを王家御用達職人に送った。ベーシックなシースルーの薔薇柄のレース織りや、胸元で薔薇の花弁が幾重にも開くような大胆なデザインなど、結構攻めたものもデザインしたわ。エリザベートさんの豪奢に波打つ金髪に意志の強い瞳、引き締まった身体は何を着せても映える。
今頃、ああでもないこうでもないとエリザベートさんを着せ替え人形のようにして、検討用に綿で作った仮縫いのドレスを取っ替え引っ替えしていることでしょう。
というわけで、あとの組み合わせは王家御用達職人の選美眼に任せて、私はヒールのホワイトエナメル処理やティアラにつけるダイヤモンドやサファイアの加工を錬金術で行っていた。
ティアラは、散りばめるダイヤはダイヤモンドカット、アクセントにするサファイアはローズカットよ。私の錬金術と結晶構造の知識があれば、結晶構造に沿ったカットや自然の美しさを演出する部分とは関係ない内部の欠陥を完全補修できるので、妥協のない仕上げができるわ。
私は完成したティアラを戴く純白のウェディングドレスを着たエリザベートさんを想像しながら、錬金加工に勤しむのだった。
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